(3)


 夜。家族が寝静まった頃、私はむくりとベッドから起きだした。

 壁に掛けた時計が指すのは、深夜12時。


 いつもは着ないようなデニムホットパンツに黒のライダースジャケットを着る。買ってはみたものの着る機会がなくクローゼットの中で眠っていた洋服が、こんなふうに日の目をみることになるとは。


 着替えた私は、ドレッサーの中にしまっておいた赤いリップを取り出して唇に引く。

 普段の私はつけても薄づきのピンクリップだけ。

 鏡を見ると、見慣れない少女と目が合う。赤いリップを塗るだけで、雰囲気も印象も変わる。


「……似合わなすぎ」


 ぽつりと、だれに向けたわけでもない不満がこぼれる。

 まるで子どもがお母さんのリップを借りて、必死に背伸びしているみたい。

 あの子はあんなに似合うのに。あの子――すみれは。


 この赤いリップは、双子の妹である逢沢菫が愛用しているものと同じだ。休日にこの赤リップをつけている菫がひどく大人びて見えて、こっそり同じものを買っていたのだ。


 父似である私と、母似である菫は、二卵性双生児で顔も性格も似ていない。菫は小さい頃読モをしていた経歴があるほど、容姿もスタイルも整っている。派手な顔立ちでオーラがあり、学校でも自然と人だかりの中心にいる。

 一方の私は、平凡な顔立ちに、なんの才能もない無個性。優等生という名のつかいっぱしりな役回りを演じることで初めて存在を認められる。

 いいこじゃないただの私なんてきっと、だれの目にも留まらず高校という戦場の中を生きてはいけない。


 ファッションもリップも、菫の真似。

 今夜だけは、優等生の私を捨てて、菫になるのだ。




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