桜の降る日、君の隣で死ねますように

春瀬恋

物語との邂逅

(1)






 どうか君の明日が優しいものでありますように――。










 新千歳空港行きのチケットを手に、わたしは空港に降り立った。


 友達に囲まれ楽しかった高校を卒業し、この4月から大学生。

 今日、わたしは北海道に引越しをする。

 北海道の大学に入学をするため、新天地で人生初のひとり暮らしをするのだ。



 寂しくて心細くなってしまうから、家族のお見送りは断った。お母さんはぎりぎりまで「椿つばきのお見送り、本当に行かなくていいの?」と心配していたけれど。


 大きな荷物は先に新居であるアパートに送ってしまっているため、愛用のショルダーバックだけがお供の、身軽なお引越しだ。


 朝の便に乗っていくけれど、時間に余裕をもって空港に着いたため、手続き開始までまだ2時間ちょっとある。


 飛行機に乗るのは、中学校の修学旅行以来、人生2回目。ひとりでの搭乗である今回は、先生や友達がまわりに大勢いた前回とは訳が違う。

 慣れない空港に戸惑うかと思って早めの行動をとってみたけど、さすがにちょっと早すぎたかもしれない。


 朝早くの空港は、人が少ない。無人のターミナルにある大きな窓から、人影に邪魔されず空が一望できる。

 ちょうど日が昇るところだった。空はピンクと水色が混ざり、とても綺麗で壮大な様相を纏っていた。

 朝焼けの空を見ていると、なんだか無性に泣きたくなるのはなんだろう。綺麗なのに、綺麗だからこそ、眩しさが目に沁みてなぜかきゅうっと心が苦しくなる。

 旅立ちの日に見る朝焼けの空だからだろうか。


 目の前にある大きな空から目を逸らすように、ターミナルにある水色のベンチに座り、ショルダーバックを開く。

中を探っていると、右の人さし指からぶかぶかの指輪が滑り落ちそうになった。わたしの指のサイズではないから、いつも簡単に外れそうになる。

 指輪をはめ直しながら取り出したのは、一冊の文庫本だ。飛行機の中で読もうと思っていたけれど、手続き開始までの時間つぶしに使うことにした。

 その本とは、今話題の『君に贈る物語』だ。

 藤澤廻ふじさわ めぐるという彗星のごとく現れた新進気鋭の新人作家の物語は、出版されてたちまちSNSで話題になり、若者を中心に人気を博している。

 藤澤廻はメディアには一切の露出がなく、その素性に関しては謎のベールに包まれている。ネット上では「現役高校生」だとか「素顔は国宝級のイケメン」だとか、あることないことまことしやかに囁かれているらしい。


 わたしも友達から「椿も読んでみなよ!」と熱くおすすめされ、その推しに根負けする形で、昨日ついに手に取ったのだ。


『君に贈る物語 作者:藤澤廻』


 そう印字された扉をめくり、朝焼けの光に照らされながら、物語の中に足を踏み出した――。




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