第55話 さよならの前に

「桜くん! 1歳の誕生日おめでとうございますでち!」


 パンパカパーンと、続けてパンパンとクラッカーが鳴らされる。夕方から始まった「桜の1歳の誕生日パーティー」は、多くの人で賑わっていた。 


 シュカ王子の王族の一家や、同盟国の王女など普段こんなに多くの人に囲まれたことがない桜は緊張のせいか全く笑わない。大好きな人参の積み木を持たせても、ぽろりと床に落としてしまう。


 そりゃ、そうだよね。普段関わるのは僕とシュカ王子ときなこくんだけなんだから。シュカ王子も、この事態を予想していなかったのか、僕らのほうを何度も目で見てくる。他国の王族とワインを片手に話しているというにも関わらず。公務失格だよ、なんて皮肉は僕に言えないけど。


 宴が落ち着き始め、桜の誕生日をお祝いに来た他国の王族が帰る頃だった。


 城の中庭で僕と桜、きなこくんと星空を眺めていた。半分に欠けた月が泳ぐ。まるで僕のこころのようだと思った。


 突如、びゅうう、という大風が吹いた。暗闇から黒衣の人影が現れる。その瞬間、ピカ、と僕の持っている角のネックレスが反射するように光った。人影はそれに反応し、僕と、抱っこしたままの桜を包もうとする。


「阿月様っ! 桜くん!」


 きなこくんが僕に手を伸ばすが、大風がきなこくんを吹き飛ばしてしまう。庭先のツツジの花壇にきなこくんの身体が埋もれてしまう。


「待てっ阿月っ、桜っ」


「シュカ王子……っ」


 異変に気づいたのか、シュカ王子が剣を抜いて僕らを囲う黒衣の人影に近づこうとする。しかし、圧倒するほどの風に王子の身体は地に伏した。見えない鉄球に押しつぶされるかのように、地面に押し付けられている。


「待てっ、行くなっ。お前と桜がいないと、俺はーー」


 シュカ王子の悲痛の声が遠ざかる。僕は桜を離さぬように、ひし、と抱きしめることしかできない。

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