第53話 選ぶ道
僕は果たして心を鬼にできるのだろうかーー。
桜のハーフバースデーで撮った写真を手に、自問自答する。
写真には、家族3人の仲睦まじい様子の姿があった。2枚目の写真はきなこくんも桜の隣で微笑んでいる。緊張している様子だったけど、それも新鮮でかわいいんだ。
いつの間にか季節が過ぎていた。赤ちゃんの成長というのは、遅いようでいて、とても速い。桜はやっと寝返りを打てるようになったかな、というくらいの0歳の男の子。
そんな男の子のお世話には、だいぶ慣れてきたところだ。桜は幸い大きな病にかかることもなくすくすくと成長していく。きなこくんがしっかりと桜の様子を見てくれているおかげだ。
桜が、まだ上手くは喋れないけど、「んー」と僕を呼ぶ声や、シュカ王子に頭を撫でられてふにゃ、と笑うときなんかはすごく胸が温かくなる。これが、家族の幸せっていうのかな。自分には、両親の記憶はない。おばあちゃんだけが心の支えだった。
おばあちゃん。聞いて。僕、王子様のお世継ぎを産んだんだよ。初孫だよ。ねえ、おばあちゃん。僕はどうすればいいんだろう。
どちらが正義かではなくて、ただ僕の一方的な想いでしかないんだ。
そうして、いよいよ明日は桜の1歳の誕生日。僕はジスからもらった角のネックレスを手に握る。普段は戸棚の隅に入れて隠していたのだ。このネックレスをシュカ王子と桜ときなこくんに見せるわけにはいかない。
裏切り者、と軽蔑されるだろうか。
反逆者、と罵られるだろうか。
君を、泣かせはしないだろうか。
ベッドに眠る桜の顔を見る。色白で、シュカ王子と同じく髪の毛が白い。ちょっとふさふさになってきた毛で、触り心地がいいんだ。
シュカ王子はどんな反応をするだろう。
僕は殴られても足りないだろうな。
僕のことを信じてくれたきなこくんにも、合わせる顔がない。
ただ一つだけ信じられるものがあるとすれば、どこへ行っても桜を幸せにするという信念だけ。
本当の父親はシュカ王子だけど、暴君なのかは僕も詳しくは知らないけど、メビウスの言う通りの暴政を民に強いているならば改革が必要だ。
ジスはそれを、5人ものオメガを召喚しては失敗に終わっていると聞いた。
ーー僕だけなんだ。ジスにとっても、僕はジスの為のオメガなんだよね。ねえ、そうだよね?
ネックレスに問うても、何も答えてはくれない。
ジスの計画通り、世継ぎ・桜を産んだ僕には、母性と父性の両方を得たような気がする。
でもね、僕は怖いんだ。僕には両親がいなかったから、桜のことちゃんと自分の子どもだって認識できるのかなって。僕が与えてもらっていない愛情を、桜に与えてあげられるのか不安でたまらないんだ。
ジスの言っていたように、シュカ王子の子どもをジスが育てることで、桜はきっと良い王子になるだろう。善政を行えるだろう。メビウスのような犠牲者を出さなくて済むかもしれない。これは、冥界の願いであると同時に僕の願いでもあったはずだ。なのにーー。
「っふぅ……ぅ」
なんで僕は今、こんなに胸が苦しいんだろう。張り裂けてしまいそうなくらい、悲しいんだろう。
願いは、夢はもうすぐ叶うというのに。
フォリーヌ王国に来てから、約1年半が経った。長いようで、短い旅だった。
「帰るんだ。僕の故郷へ。帰らないと……」
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