第6話

「阿月様には、この世界のこともお話したほうがよいですね」


「はい」


 ライアが静かに語り出す。


「阿月様は魔王ジス様により、冥界に召喚されました。冥界とは黄泉の国。地上で亡くなった方々の憩いの場です。怖いことはありませんよ。この世界には、ここ冥界と、天上の国という2つの世界があります。この2つは、太陽と月のように混じり合うことはめったにありません」


「そうなんですね。そうなると、僕はなぜ魔王ジス様に召喚されたのでしょう?」


 ライアはしばし考える素振りをする。


「そうですね。自分も詳しい理由は聞いていないので、今度直接ジス様に聞いてみたほうがよいかと思います」


「わかりました。詳しく説明してくれてありがとうございます!」


 僕はぺこりとライアさんにお辞儀する。おばあちゃんから、「ありがとう」と「ごめんなさい」をしっかり言える子になって、と育ててもらったことを思い出したからだ。


「こちらこそ。阿月様がおいしそうにパンを食べてくださり、自分も嬉しく思います」


 ライアの銀髪の上に天使の輪っかのような反射が見える。まるで狼のたてがみのようだと錯覚した。


「魔王様とはいつお話できますか?」


「ジス様もご多忙な方なので、今日の夜にはお話できるかもしれません。またお部屋にお迎えに行きますね。それまで、今日からはこちらのお部屋が阿月様のお部屋になりますので、ごゆっくりお過ごしください。では、失礼します」


 パタン、とドアが閉まり部屋には元の静寂が訪れた。


 夜に会うってことはあと6時間くらいもあるなあ。どうしよう。



 阿月はドアの近くにかけられた姿見で自分の姿をまじまじと目視する。阿月は長袖のアイボリー色のチュニックのようなものを身にまとい、腰から下にはややタイトめのサラブレッドの色のようなチャコールグレーのスキニーを履いている。自分で着替えた記憶がないから、おそらく魔王様かライアが着替えさせてくれたんだと思うけど……。恥ずかしいな、まだ出会ってまもない人に身体を見られるというのは。


 思い返してみれば、阿月はオメガとして23年生きてきたにも関わらず、運命の番と出会うどころかアルファとまともにデートしたこともない。オメガの中にも序列があり、顔が良く、家庭的で明るい性格のオメガがどんどんとアルファに迎えられていく。僕のような、地味で、暗めの陰キャオメガなんて迎えてくれるところはなかった。なるべく、メンズメイクとかもしてるし、黒髪マッシュのヘアセットだって頑張ってるのに……。


 そんかことをもやもやと考えていると、いつのまにか部屋に夕陽が差し込む時間帯になっていた。


 あと、少しで魔王様に会える……。


 あの優しい声、もう1回聞きたい。


 僕はベッドに横になり、部屋に飾られている青い花々を見つめる。勿忘草のように、淡いソーダ色。

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