第3話 僕はオメガ雇用の会社員

「新見! ちょっと来い」


「っはい」


 部署の責任者で1番偉い人・早川に、新見にいみ 阿月あつきはオフィスの一角にある会議室に連れていかれる。


 席に座るやいなや、飛ぶ罵声の数々。


「お前なあ! この稟議勝手に通しやがって。わかってんのか。お前みたいなオメガ雇用の人間には業務の1部を委託してやらせてるにすぎねえんだ。勝手な真似するんじゃねえ! 部署の長の俺が上に詰められるだろうがよお」


「す、すみません。でも、あの件はこの前申請者の方から特例だから稟議を通して良いと通達があって……」


 早川は黒縁のメガネの奥から僕を睨みつける。


「お前のそういうところがワンマンプレーで嫌なんだよ。他の人間の指示を鵜呑みにするな。あれはお前がなんでもかんでも頼まれたらハイハイやりますって言ったせいで生まれた歪みなんだからな。どう責任とんだよ!」


 早川は机をドン、と叩いて僕を責め立てる。


「すみません。すみません」


 僕は毎回行われるこのやりとりに失望していたし、理不尽なことを言われ続けるのにも辛くて身体がギリギリの頃だった。


「もういい。出てけ」


「すみません……」


 一度、離席しようとすると早川が阿月に聞こえるように愚痴る。


「オメガ雇用なんて高校生のアルバイトより使えねえんだから雇うんじゃねえよ」


 ガチャン、と扉を閉めてから僕は給湯室に向かう。そのまま、立ち尽くしてぽろぽろと涙を零していた。5分程泣いてから、切り替えるために顔を冷水で洗う。


(うん。引きずらない。働かないと、ご飯食べれないし。オメガの僕を雇用してくれる会社なんて少ないんだから、こっちが会社や上司を選ぶ余裕はないんだ)


 新見 阿月はこの間23歳の誕生日を、実家のおばあちゃんに祝ってもらったばかりだ。


 高校卒業後、オメガ雇用と呼ばれる形態のアルバイトとして、あちらこちらを働いていた。月に1度、だいたい決まった周期で1週間ほどの発情期ヒートが訪れる。その日はずっと、自慰にふけるか眠り続けるかの2択しかないほど重い症状が出る。症状を和らげる抑制剤は、20歳の頃から飲み始めるようになった。幸い、まだ職場では発情期になったことはないものの、オメガ雇用という形態を嫌悪する人、周りの同僚に迷惑をかけてしまい、嫌われているのは嫌でもわかる。どの職場でもそうだった。現在、ペットショップの本部の事務職の業務の1部を任されている。不幸中の幸いというべきか、阿月の発情期は一般的に言われる1週間ではなく、3日ほどで終わる。しかし、その3日間はベッドから出れず外出もままならない。


 阿月は真面目で一生懸命な反面、器用に物事を進めたり、不真面目な人を見るとすごく嫌な気持ちになってしまうことがある。それもあって、仕事という集団生活でのコミュニケーションに苦手を感じていた。

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