第六章 真相
リビングに戻ると、長野はどこからか紐を取り出してきて香川の手首に巻いた。香川は特に抵抗もせずにただ「縛っても良いですけど僕はやってないですからね」と言うだけだった。宮城も特に止めたりするわけでもなく、長野の行為をのんびりと眺めていた。長野とて本気で香川を捕えておきたいわけではないらしく、手首を軽く縛っただけで足や胴体はまったく固定しなかった。
縛るのが済んで三人が各々の場所に座ると香川が言った。
「それにしても、紙に書いてあった『後悔しろ』って一体何なんですかね」
「犯人は黙ってろ!」
長野がすかさず声を上げる。宮城は冷静に質問に対する自分の考えを述べた。
「そういうメッセージってあんまり考える意味がないんだよね。たぶん動機と関連あるんだろうけど、人が人を殺したくなる理由なんて他人にはわからないものだから」
「それなら文言はともかく、筆跡で何かわかるんじゃないですか」
香川が懲りずに言う。
「わざと雑に書いてあるようだったからそれも意味ないと思うな。たぶん利き手じゃない方の手で書いたんだと思う」
「そうですかー」
香川は塩らしい表情をして、やっと両手首を縛られている人間にふさわしい顔になった。
「でも、俺もずっと気になってたんだよ」
長野が急に真面目になって言った。
「文言も筆跡も今のところ何の役にも立たないと言うならそれでも良い。でも、なんであの紙を使ったんだ? ずっと気になってたんだよ。わざわざ俺が今朝サインした紙を使う理由があったのか?」
「他に紙がなかったんじゃないですかね」
宮城が言った。
「まぁ、そうだな」
そうは言いつつも腕組みをして長野は考え事をしていた。さっきまでとはうって変わって真剣な表情だ。すると、あることに気がついたようにゆっくりと言った。
「いや、紙ならあるな。ほら、玄関の靴箱の上に注意事項の書いてある紙が貼ってあっただろ。どうしても紙が必要ならあれを剥がして裏面を使えば良い。どうせ玄関に行かなきゃ弓矢を取りに行けないんだし、キッチンにある書類を取っていくよりは人目に付きにくい」
長野は一人で頷く。宮城は黙ってその表情を見つめていた。長野は考えながら独り言のように続ける。
「もっと手軽な紙があったのになぜサインしてある紙を使ったのか。なぜならサインが必要だったから。なぜサインが必要なのか。契約書類だから必要なわけではない。犯人にとっては契約なんてどうでも良い。でも、サインは必要だった。アリバイのため? あぁ、そういうことか」
長野は一つの結論に達した。宮城と香川が顔を上げる。長野は確信を持って言った。
「犯人は犯行時刻を俺が書類にサインをした時刻よりも後にしたかったんだ」
聴いている二人は続く解説を待ったが何も言われなかったので宮城が訊いた。
「どういうことですか?」
「だから、あのサインした紙が密室の中にあったら犯行時刻は今朝七時以降ということになるじゃないか。でも、これはアリバイ工作で、実際には犯行は七時よりも前に行われていたんだよ」
「そうは言ってもあの紙が部屋の中にあったのは事実じゃないですか」
宮城がさらなる説明を求める。
「あんな石っころなんか後からでも入れられるだろ」
「後からっていうと?」
「俺とお前が部屋のドアを開けてからだよ」
「その隙に犯人が入って来たってことですか?」
「そんなわけないだろ。俺ら二人以外が部屋に出入りして気づかないわけがない。ついでに香川も後から駆け付けたけど、部屋の中には入っていなかったな」
「じゃあなんですか。僕たち二人だけが容疑者だとでも言いたいんですか?」
先ほどまで和やかだった雰囲気は一気に殺伐としたものに変わっていた。宮城の語気も鋭くなっている。香川はおどおどしながら二人のやり取りを眺めていた。
長野は髪をかき上げてからさらりと言う。
「まぁ、最初に部屋に入ったのは俺だし、お前はずっと俺の後ろにいたよな。窓から外を見て香川に声をかけようとしていたのも俺だったし。迂闊だったとは思うが、事実として俺には死角があった。その間に後ろで何をやっていたのかはわからない。紙で包んだ石をそっと置くぐらい大したことはないだろう」
長野の主張に宮城は激しく反論する。
「なんですか、急に名探偵ぶっちゃって。でも、それなら僕がさっき言った推理はどうなるんですか? 千葉さんが窓際で射抜かれるためには、窓際に注意を向けさせなければいけないですよね。千葉さんは泥酔していましたから、窓をこつんと叩く程度の小石じゃ起きないと思いますよ。それこそ窓ガラスを割るほどでなければ。ドアが開くまで室内に石がなかったとするなら、一体何が窓ガラスを割ったんですか?」
長野は五秒間、窓の外を眺めて黙考した。そして答えに思い当たった。
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