Scene.12 約束
「圭一さんの部屋から、他の部屋の物音ってする? うち以外で」
「特に気にしたことは……ないですね。今のところ」
綺麗にリノベーションしてあるとはいえ、造りとしては木造アパートだし壁は薄い。うちの方が人数は多いから、何ならこちらがうるさくしていないかが気になるくらいだ。
それがどうしたのだろう、と疑問符を浮かべると、美澄さんは目を逸らさずに眉根を寄せた。
「ここ数日、静かなんだ。斜め下の一〇三号室が」
「何か物音がしていたんですか?」
「そう。圭一さん家は聞こえなかったかもしれないけど」
聞けば一〇三号室の住人はがさつな男性だったらしく、足音や壁を叩く音が毎夜のごとく響いていたのだそうだ。斜め上に位置する
引越の挨拶はお隣の美澄さんにしかしていないから、それ以外の部屋にどんな人間が住んでいるのか僕は知らないけれど。
声を潜めるでもなく、美澄さんはひとつ瞬いた。
「あのアパートではそうやって、人が消えることがあるの。引越しとかじゃなくて、その部屋の住人なんて最初からいなかったみたいに」
「え……!?」
「一〇三号室だけじゃない。一年ほど前には君が住む部屋、二〇一号室の女性が消えた」
思わず耳を疑ってしまう。一度ならず二度までも、となるとさすがに怪しくも感じるだろう。それも僕の部屋で起こっていたなんて。
「隣の彼女とは顔を合わせたら話す程度だったんだけど。消える少し前、毎朝眠そうにしていてさ。変な夢を見るって言ってた」
「夢を……!? 実は僕も」
乗り出し気味に答える僕に、美澄さんは顔を渋くする。
消えた前の住人も、同じように夢を見ていた。それは僕の見たような悪夢だったのだろうか。夢の世界で夜毎背後に立つ誰かに、連れて行かれでもしたとしたら。
繋がってはいけない事実が憶測と繋がってしまった気がして、僕はその先の口を噤んだ。
「……姿を消した方々は、どこに行ったんでしょう?」
「さあ? 荷物を運び出してる形跡もないし、知ってるのは不動産屋くらいじゃないかな」
じわじわと背中に滲む嫌な汗は、二日酔いのせいではないだろう。
「そもそもこんな求人、おかしいかなって」
「まあ……あまり見ない部類のキャンペーンではありますよね。お金払ってまで住んでほしい、みたいな」
「黙ってるだけで本当は事故物件だったりして。まあ霊的な何かに攫われるだなんて、あまりにオカルトだけど」
自分で言いながら美澄さんは鼻で笑った。視えない人の反応はそうだろう、とは思う。
が、僕はその可能性を決して笑い飛ばせない。僕はもう何度も、彼女の言うオカルトなものに襲われている。
円さんも目には視えない何かを目で追っているようだったし、あの物件のことで不動産屋が明かしていない事実があるのかもしれない。
「目的があって人を集めて消してるのかも、と考えるほうが現実的かな」
「余計
「うん。次は君かもしれないし」
縁起でもない予測だが、僕もそんな気はしていた。
美澄さんは不動産屋を怪しんでいるのか。不動産屋が僕に悪夢を見せること自体には僕はかなり懐疑的だ。まだ心霊現象であったほうが納得しやすい。
ただ毎夜見る悪夢の根源に何が潜んでいるのか、知りたい気持ちはある。
「それなら僕……不動産屋さんに聞いてみましょうか」
小さく手を挙げて提案すると、美澄さんはきょとんとして目を見開いた。
あくまで僕らがここまで話したことは憶測でしかない。正直明らかになるかは分からないけれど、多分もう貸し主に聞いてしまうのが早いだろう。
「それなら一緒に行こ? 明日十時に迎えに来るから」
油断していたところを覗き込まれ、僕は内心面食らった。ここまで彼女が乗り気だとは想定外だった。放置していればいずれは美澄さんにも降りかかる可能性はある。自衛のために先手を打っておきたいのかもしれない。
先ほど「明日は休み」と言ったばかりだったし、行かないという選択肢は選べそうになかった。
「え……っと……はい。大丈夫、です」
「良かった。じゃあまた明日」
流されるように明日の予定が決まってしまった。美澄さんと二人で不動産屋へ、か。何もやましいことはないし、何なら賃貸担当者への奇妙な詰問が控えていることを踏まえるとあまり気乗りはしない。
けれど断ったとしても明日の十時には彼女は玄関前に立っている気がする。そんな圧が、瞳には込められていた。
せめてろくなことにならないのなら、円さんを引っ張っていくか。
通勤路の終点である駅舎が見えてきて、僕は思い切って切り出してみた。
「そうだ、同居人を連れて行っても良いですか?」
「……ごめん。私、あの人苦手」
美澄さんははっきりと拒絶して、露骨に眉を顰める。
初対面で何を言ったらこうまで嫌われるんだろう。詳しく聞いていないが、何らかの失言はしていそうだ。円さんは会ったことすら覚えていないようだったけれど。
別に僕は彼の保護者ではないが、何だか申し訳なくなってくる。
「あ、はい……僕だけで行きます」
「そう」
僕の返事に満足したのか、彼女は気を取り直したように「じゃ」と手を挙げて駅前の道を折れていった。
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