Scene.17 デート延長戦
神社を後にして美澄さんと並んで坂道を上っていると、気付けばもう正午を過ぎていた。
「圭一さん、映画好きなんだ」
「そうなんです。邦画も洋画もそれなりに観ますよ。学生時代は映画研究部でした」
「部長だったでしょ」
「あ、正解です。よく分かりましたね」
「そういうの断れなさそうだから」
真っ直ぐに自宅を目指さず、少し遠回りをして陽だまりの木々の蕾を眺めて歩調を緩めるような、平穏な時間。口数は少ないけれど、会話を紡ぐ彼女の視線は柔らかい。
いつも職場と自宅との往復だから、たまにはこんな心休まる休日の過ごし方も良いのかもしれない。
ただいつだってそうだが、平和な時間ほどすぐに終わりを告げるものだ。
「やあ、何だか楽しそうだね」
「え――わっ、芦峯さん!?」
並んで歩く僕らのすぐ後ろに、いつの間にか円さんが立っていた。
「い、いつからいたんですか」
「うん? 君たちの得意料理の話あたりからかな」
「結構前じゃないですか!」
どうやら気配を消してすぐ後ろをつけていたらしい。
この人は人間にも霊にも視認できないよう生きている気配を完全に消すことができる。それこそスイッチを入り切りするように自然に。こうして気づかれずに誰かの後をつけて盗み聞きするなんて造作もないはずだ。まったく趣味が悪い。
「おかえり、圭一くんとお隣さん」
「……どうも」
隣を振り見ると、美澄さんの表情があからさまに曇っていく。それはそうだろう、よく知りもしない人間がプライベートの会話を盗み聞きしていたんだから。付き合いの長い僕でさえ決して慣れているとは言えない。
遠慮なく警戒心を露わにする彼女に、円さんはきょとんとして小首を傾げた。
「どうかした?」
「え……と、美澄さん……?」
声を掛けたが、彼女は睨むのをやめない。確か初対面ではないんだよな、この人たち。彼がどんな挨拶をしたのか知らないけれど、何を言ったらここまで好感度が下がるのだろう。
二人の間に横たわる沈黙を何とかしたくて、仕方なく目の前の男に向き直る。
「何してるんですか、こんなところで」
「そう邪険にしなくたっていいじゃない。デートは楽しかった?」
「デート……ではないです」
目を逸らしてそうは言ったものの、誰が見てもそう思うだろうとは思った。案の定、勘のいい円さんは愉しそうに「へえ?」とにやにや笑っている。
「ねえ圭一くん、俺ともデートしようよ」
美澄さんの隣を奪うように僕の肩を抱き、彼はそのまま僕を連れて坂を下っていく。ああ、さよなら平穏な時間……。
後ろ髪を引かれる思いで坂の中腹を振り返れば、まだ美澄さんがこちらをじっとりと睨んでいた。
半ば円さんに引きずられるようにして、僕は駅前方面へ逆戻りすることになった。
諦めて付いていくことにして、商店街の中ほどにある寂れた喫茶店の扉を潜った。
飴色の昭和レトロな店内には、僕らのほかに一組しかいない。
注文したカップとグラスがテーブルに並んで、円さんは口を開いた。
「美澄さんっていうんだ。目力すごいね、あの子がお隣さんかな。もう彼女なの?」
「別に僕ら、そういう感じじゃないですから……」
「ふうん」
唇に付いたウィンナーコーヒーの泡を舐めて、彼はにやりとした。そんな新しい玩具を見つけた猫みたいな目で見るな。こっちは色々デリケートなんだよ。
甘ったるいメロンソーダを吸い、早くも穏やかな休日が突如終わりを迎えた気分だった。この男のことだから、わざわざ僕を呼び止めたのは多分ろくな用事じゃない。
注文したホットケーキが届き、店員の足音が遠ざかるのを見計らって円さんは切り出した。
「圭一くん、毎晩変な夢を見てるでしょ」
思わず「う」と声が漏れる。その反応自体が答えになっていて、彼はカップを置いてふっと笑った。どうにも隠し事は苦手だ。
「……どうしてそれを」
「俺が気付かないとでも思った?」
そもそも円さんに隠し立てをすること自体が無理だったのかもしれない。この男は人よりも色々視えすぎる上に察しが良い。
長い指が小さなシロップピッチャーを摘み上げ、湯気を立てるホットケーキに雫を垂らした。
「いい加減、俺を頼ったらどうだい?」
「それは……」
「嫌?」
「嫌、というか……絶対後で無理難題を吹っ掛けるじゃないですか」
「酷いなあ、誰? そんな人の弱みに漬け込んだりするなんて」
「一から十まで芦峯さんの話をしてますけど?」
「そんな覚えはないけどなあ」
嘯く彼を睨んでみたが、意に介していないようだった。忘れたとは言わせないぞ。
琥珀色の蜜がケーキを滑り落ち皿に広がるのを見届けて、円さんはゆっくりと口を開いた。
「君、多分死ぬよ。このままだと」
胸の悪い未来予想に、僅かに息を呑んだ。
彼のくすんだナイフが、何も映さずホットケーキに沈む。
「君の目の前には今、二つの道が広がってる」
「……芦峯さんに頼って助かる未来と、頼らずに死ぬ未来ですか」
「そうだね」
だから早く頼れ、と言外に滲ませて、彼は切り分けた欠片を口に運んだ。雑な交渉だ。円さんは何を焦っているんだろう。
「珍しく結論を急きますね。貴方らしくもない。本当に頼ってほしいのは芦峯さんの方なんじゃないですか?」
僕は遅れて届いた玉子サンドを頬張り、円さんを真正面から睨み返した。まったく、この人は他人のことを手のひらの上で転がす癖があるから油断ならない。助けてほしいならそう言えばいいのに。
「協力してくれって素直に言ったらどうです?」
円さんは端正な目元をすっと眇めた。
「……何というか圭一くん、会わないうちに性格悪くなった?」
「さあ、誰のせいでしょうね」
そのまま数秒、睨み合う。
やがて根負けしたのか、彼は首を左右に振って椅子の背に凭れた。
「分かった分かった。腹の探り合いは止めにしよう。どうせ俺もこのまま放って置く気もないしね」
円さんは諦めたように、すっかり冷めたウィンナーコーヒーを啜った。
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