願い(仮)

水見

0章 まだ夢の中

プロローグ

 シャンシャン

 鈴の音が遠くから聞こえてくる。時刻は夜。古めかしい建物がそこかしらに建ち並んでおり、提灯や蝋燭で辺りを照らしている。

 そんなところで僕は道の真ん中で一人、突っ立っている。ここに来るまでにある人を見失ったからだ。

 周りはそんな僕を邪魔そうに思いながら、脇の道を歩いていく。

 年に一回のお盆。この日は死者が帰ってくる日。その為、皆急いでいる。

 

 現世へと戻る道はどこも行列ができている。皆急いで一秒でも早くと思いながら、家族に会うのを楽しみにしているのだろうか。

 でも、僕はそれより大事な人を探すことを優先にしていた。

 名前を呼ぶが、返事は返ってこない。人を掻き分け、探し人を探すが見つからない。

 僕は諦めずに探し続ける。

 だが、この小さい体では逆らおうとするものの、どんどん人の波に押され、元の場所に戻されていく。僕は対抗するために前にと進もうとするが、進めない。

 ずっと対抗しているが、じわじわと現世へとのつながっている門の前に押されて、門のギリギリでずっと対抗していた。が、力が弱まっていきどんどんと、じわじわ押されていく。


「このっ……」


 現世へつながる門。ここをくぐると現世へ強制的に送還される。

 僕はどうしてもくぐりたくないのだ。

 その理由はただ一つ。僕がからだ。


 次はもうたぶんここに来れないかもしれない。やり残して帰りたくはない。


 僕は頑張って最後の力を使ったが、最終的に力に負けて門を潜ってしまった。


「あ……!」


 僕は潜ると同時にジェットコースターに乗った時のような浮遊感が襲ってき、出口に向かって落ちていく。

 どんどん深く落ちていく。潜った門がもう全く見えなくなってしまった。


 ◇◆◇


 ある日、神社に三年間も行方不明だった少年が鳥居の前で横たわっていた。

 少年を見つけたのは神社でアルバイトをしていた人だったらしい。

 その少年の名は河井雪かわいゆき。行方不明だった時のままの姿で寝ていたらしい。

 目立った傷もないが、変わっているところはいなくなった日の服ではなく、味気ない無地の着物を着ていたことや、黒かった髪が薄いグレーになっていたこと。

 最後に片目が鏡のように光を反射しそうな瞳だったらしい。もう片目は変わっていないように見えるが、怪しい赤い光を宿していることぐらいだ。

 この事件は謎の事件として片付けられ、一部のマニアにとても有名な話となった。テレビでも報道されていたが、もう覚えている人はいないだろう。


 そしてその月日から二年後——

 河井雪——、は十六歳になった。

 時期は春。明日は高校の入学式だ。

 俺は一階に降りて育ててくれている、親戚の叔母さん——早木琴香はやきことかさんに挨拶して、リビングの真ん中にあるちゃぶ台の前に座布団を敷き、座る。


「おはよう、雪」


 琴香さんは料理をしながら優しい声色で挨拶を返してくれた。

 琴香さんは俺が行方不明の事件後からの親代わりとして育ててくれる人だ。

 俺の親は不明。名前しか分からず、物心ついた頃から前に育ててくれた祖父母の家にいた。

 俺の親、母と父は行方不明らしくどこにいるか分からない。母は俺が二歳の頃ぐらいに行方不明らしく、父は祖父母の家に俺を預けてそれからずっとあっていないらしい。


 まぁ、知ってたとしてもどうでもいい。両方行方不明ということは俺のことはどうでもいいのだと思う。それに俺が親と思っているのは祖父母ぐらいだし。……琴香さんは、どうか分からないけれど。


 そう思っていると、ふとある人の顔が思い浮かんだ。

 思い出せば笑顔ばかり浮かぶ。優しい人だったが、最終的に俺を捨てた人。


「はぁ」


 俺はため息をついて頬杖をつく。

 

 あの人を思い出すのは今日、懐かしい夢を見たからだろうか。行方不明となった六年間の間にいた場所でのことを。

 忘れたかったことなのにな。


 俺の心のどこかにあの場所の思い出を忘れたくない気持ちがある。なぜだかわからないが。


 俺はまだこの時までは、夢の中にいた。

 現実に目を逸らし、都合のいいようにしたいが為に。

 だが、それももうすぐ終わる。もうわかっていることだ。

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願い(仮) 水見 @chunsuke

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