ねぇ、これ誰かわかる?
三嶋トウカ
12月
第1話:ことの始まり_1
「ねぇ、これ誰かわかる?」
そんな一文とともに私のスマホへ送られてきた、友人【
「これ、あお君……?」
あお君は私の夫【
『うーん、やっぱりシオから見てもそう見えるよね?』
シオは私のあだ名である。【
「これ、どこで撮ったの?」
『このあいだ、買い物してるときに』
「え、休みの日?」
『ううん、平日。仕事帰りだもん。珍しく早く帰れたから、買い物してご飯食べてから家に帰ったんだけど』
「何日かわかる?」
『えっと、写真撮ったのは十二月十三日』
「先週!?」
『そうだよ。あれ、もしかして? って思って写真撮ったはいいものの、もし人違いだったら……とか思ったらいろいろ考えちゃって聞けなくて。一週間経っちゃった、ごめん』
「いいよ、そんなの。隣の人、仲良さそうに見える」
『そうなんだよね。若い女の子だけど、蒼飛さんの妹さん? とか、そういう可能性ある?』
「ないよ。あお君、ひとりっ子だもん」
『あ、そうなのね。じゃあ妹じゃないか……。従姉妹とか?』
「従姉妹はいるけど、違うかなぁ……。あお君、サトコの存在に気が付いてた?」
私は食い気味にサトコへ質問をした。
『全然。人も多かったし、こっち向いてなかったし。目もあってないから気が付いてないと思うよ。ってか、わかんないかもね、私だって』
「それもそっか……私たちの結婚式から会ってないもんね」
『だから、もう少し近付けるかな? と思ったんだけど、他人の写真撮ってる変質者になりそうだったから、ちょっとズームにするくらいにしかできなかった』
「いや、なんか、ごめん」
『全然! これってさ……あんまり言いたくないけど……』
「この距離はちょっと、言いわけできないかなぁ……」
あお君と、知らない女性が肩を並べて楽しそうになにかを見ている写真。アングル的に、このふたりの斜め反対側にサトコはいたようで、少しぼやけている以外は、全体的にしっかりと写っていた。女性のほうが、あお君の腕に自分の腕を絡めているようにも見える。……というか、しっかりと絡めている。
「ちなみに、どこ?」
『新しくできたショッピングモール知ってる? 食品に力入れてて、海外ブランドとかちょっと高級志向だったり、オーガニックだったりなんでも揃ってるとこ』
「あ、今月の頭にできたところ?」
『そうそう! そこの、デリカコーナーだよ。思ったよりも買い物に時間使っちゃったから、買って帰ることにしてそこに行ったんだけど。そしたら、ねぇ』
「あー……なるほど……」
そのショッピングモールは私も行ったことがある。できてすぐ、休みの日にあお君と。『美味しそうなものがいっぱいあるね』『今度ちょっとずつ買ってパーティーしよ!』なんて話をしていたのに。
『蒼飛さんにバレないと良いけど。私、変なタイミングで送ってない? 大丈夫?』
「大丈夫だよ。あお君、今日も仕事で遅いし」
『そっか。なんというか、もし私になにかできることあったら教えてね? 協力するから』
「ありがとう」
サトコの言った『なにかできること』はもう察しがついていた。こんなににこやかに、男女が寄り添っている写真を見せられては、夫がこの女性と浮気していると考えるしかない。先週の金曜日、夫は仕事だった。遅くなると言って……これはいつものことだが、日付の変わる前くらいに帰ってきた。念のためにその日のkicca……チャットアプリ上のメッセージを確認するが、やはり『残業で遅くなる』と書かれていた。『遅くなってごめんね、今から帰るよ』と送られてきたのは、夜の二十三時を過ぎたころだった。
――そして、今日も残業だと連絡が来ている。もうずっと、仕事で遅い日が続いている。私も期末はとくに忙しいので仕事と言われるととやかくは言えないが、これはもしかして、今まで仕事だと言っていたのもこの女性と会っていたのだろうか? 可能性だけなら、今日も――。
私があお君と結婚したのは、社会人二年目のときだ。もともと、大学のOBでたまたまサークルの飲み会にあおお君は来ていたのだが、そこで声をかけられた。サトコも同じ大学で、同じサークルだったから、彼女もそのときのことはよく知っている。あお君は私たちの六個上で、当時はすごくお兄さんで大人に見えた。憧れもあり、あお君から告白されたときはすごく舞い上がっていて、今思い出すと顔から火が出そうなくらいに恥ずかしい思い出だ。
今でもあお君のことは大好きだし、何年か過ごしても、忙しくて平日一緒に食事をとる回数も少なくなっていたのは悲しかった。
それなのに。
今日はあお君の三十三歳の誕生日だ。仕事から帰ってきて張り切ってご飯を作ろうとしたが、そのタイミングでkiccaにメッセージが届き今日も遅くなることがわかった。それならば早く教えてほしかったし、駅の近くの美味しいケーキ屋さんで買ったふたりぶんのケーキも、私ひとりで食べてしまえば良いのだろうか。
「……今日、その人と会ってるの?」
残業はもう信じられない。そして、これから先ずっと疑いながら夫婦生活を送っていかなければならないのなら、私はどっちに転んでもハッキリさせることを選びたい。浮気をしているのか、していないのか。私は今日から、日々の記録をつけることにした。
「えーっと、まずはなにからしたらいいんだっけ……?」
それでも、頭の中はぐちゃぐちゃだった。たった一枚の写真で、こんなに胸が痛くなって心がかき乱されるなんて。私のことはもう、好きじゃなくなってしまったのかと思うと、胸が苦しくなる。
「……本人いなくてよかった」
時間は二十時。まだ連絡も来ていないし、きっとしばらくは帰ってこないだろう。仮に本当に仕事だったとしても、会社から家まで帰ってくるのに大体一時間弱はかかる。電車の乗り換えがスムーズにいけば四十分ほどで帰れるが、電車の本数が減った遅い時間だとそれも難しい。
今住んでいるのは賃貸マンションで、寝室以外にもうひとつ個室がある。そこにはお互いの実家から持ってきた荷物やシーズンにあわない服、漫画やゲームが置いてある。パソコンにソファも置いているから、ゆっくりひとりの時間を作りたいときには最適な部屋だった。私は趣味部屋と呼んでいる。
「確かこの辺に、使ってないノートを置いていたような……」
私は本棚の縦幅のある棚の部分に置いてある本の隙間を、ひとつずつ見ていった。雑誌やガイドブック、昔資格試験に使っていた教科書なんかが置いてあるスペースだったが、会社からの書類が入った大きな封筒や、給与明細に源泉徴収票もファイルに入れて一緒に置いている。ここに買って使っていないノートもいくつか置いているはずだった。
「ノートノート……あ、あった!」
無地の表紙、中になにも書いていないか確認する。
「よかった、これもったいないし使おう」
私は使っていないノートを五冊見つけた。恐らく、まとめ買いしたものの、使うタイミングがなくそのままになっていたものだ。買った記憶はある。一冊は見つけた証拠品の類に関することを書いていき、もう一冊はそれとは別に、あお君のことで気が付いたこと、考えたことなどを書いていく予定だ。こういう作業は嫌いじゃない。昔から資料を作ることは好きだったり、作文も得意だった。まさか夫の浮気記録をつけることになるとは思わなかったが、まだ浮気で確定したわけでもない。冤罪証明記録になる可能性だって大いにある。
あお君が帰ってくるまでのあいだに、私は今感じていること、思っていることをノートに書きなぐることにした。
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