おいでヴァイオレット

第45話

菫色は恋の色。

夜を恥じらう乙女のような、美しいその紫の瞳が最初に映すのはだあれ?



******


『もしもーし?大ちゃん?おはようございまぁーーす!』

通話がオンになった液晶画面は一瞬にして海を越え、暑さの残る午後の日差しが眩しい日本という国の世界を映した。


小さな画面が映すその場所は、数え切れないほど通った専門科棟にあるピアノ室のすぐ隣。

確か音楽鑑賞室だったっけ?

前回は、ドラムセットと綺麗に磨かれたベースがそれぞれの主人を待っていた。

今日は、画面の真ん中にスタンドマイク。そして澄ました顔のアコースティックギター。



『聞こえてるからちょっと待っとけ。

こっちは夕方なのにそのテンションとか、そっちで真面目に練習してんのかよ環』

フレームアウトした先から、呆れ気味の幼馴染ー本庄 大地ー 大ちゃんの声が聞こえる。


『大ちゃん遅ーい!それに、時差があるからこっちはとっても気持ちのいい朝ですぅー』


あたしー吉瀬 環ーは携帯に向かって舌を出す。相変わらずのポニーテールが合わせて揺れた。


フランスの川沿いに佇む古い一軒家。

朝の柔らかな光が高く大きな窓から溢れる、サンルームにも似たピアノルーム。

ピアノの前はお師匠さんのお家で一番居心地のいい特等席だ。


『こっちは相変わらずクソあちぃよ、なぁ四堂?』

『そうだな。そっちはどうだ吉瀬?

環境の変化で夏バテとかしてないか?』


一瞬液晶が暗くなったあと、右脇からこっちを覗き込む大ちゃんが映った。


ちょっと髪が短い。

髪型変えたのかな。


多分携帯のスタンドの位置を合わせているんだろう、スタンドマイクの前に座った四堂くんが何度か揺れる。


『うん、大丈夫だよー!』

あたしがひらひらと手を振ると、トレードマークの黒縁眼鏡の奥でにこりと目を細める四堂くん。


四堂くんて優しいよなー。

ピアノの譜面台に譜面を立て掛けながら苦笑する。

この企画が始まってから始めて親しく会話をするようになった、宝良高の現生徒会長。


夏祭りのあの日。

大ちゃんから宝良祭で行われるバンドライブにキーボードとして出演することを提案されたあと、初めて紹介されたのが四堂くんだった。


『はじめまして、かな?

今回は私のわがままに付き合わせてしまってすまないな。よろしく吉瀬』


ふっと笑った顔を見て、大ちゃんが仲良くしてるのが分かる気がした。

穏やかで心地良い空気。


慌ててぴょこんとお辞儀をすると、

『当初から大地が推しに推していた吉瀬のピアノか、楽しみだな』

『ばっ…四堂!お前っ!!!!』

へぇ〜いいこと聞いた♪


慌てる大ちゃんに二人で大笑いして。

宝良祭やバンドセッションへの不安なんてどこかへ消えちゃったんだよね。


あれから『他のメンバーは向こうに行ってからのお楽しみだ』と言う四堂くんと大ちゃんに行ってきますと手を振り、フランスでお師匠さんとの生活が始まってや約1ヶ月。

あっという間に9月の終わり。

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