誓いのキスはつま先立ちで

暗黒星雲

第1話 粉雪の舞う結婚式

 真っ白だった視界が晴れた。

 風は殆どない。


 ここは粉雪が舞っている雪原だ。

 私はこんな場所で何をしているのか。


 目の前には祭壇が設けられており、その中央に大竜神の像がある。

 これは、何か宗教的な儀式……いや、結婚式か葬式か。


 通常なら教会か広い建物の中で行うのだが、屋外でも行う事があると聞いた。教会すらない小さな村落ではむしろ屋外であるのが普通だろう。


 突然、私の内から歓喜の情が沸き上がって来た。

 私は嬉しくて仕方がない……みたいだ。


 この感覚は何なのだろうか。

 私の隣ではウエディングドレスをまとったティナが微笑んでいた。


 そうか。

 私は今からティナと結婚式を挙げるんだ。

 

 私自身も皇国軍の礼装を着ていた。

 いつ着たのか記憶が曖昧だ。


 正面には竜神の兜と白いマントを羽織った神職が微笑んでいる。

 しかし、周囲には誰もいない。参列者が一人もいないのだ。


 違和感を覚えながらも、私はティナとの結婚を望んでいた。

 そう、ティナは女の子らしいふっくらとした体つきなのだ。


 身長も私よりだいぶ高い。

 並んで立つと少し見上げるような格好になる。


 背が低い私にとって、ティナは羨望の的だ。


 そして彼女の豊かな胸元は眩しすぎる。

 大きくて柔らかくて、歩くたびにゆさゆさと揺れるその様は愛しくてたまらない。 もし許されるのなら、彼女の胸に埋まったまま何時間でも過ごしたい。


 いや、私はティナの体だけに興味があるわけではない。

 私はワガママでぶっきらぼうで、他者と笑顔で接する事などできない。とにかく不愛想なので誰も近寄って来ない。クラスメイトからも怖がられているのだ。


 そんな私を優しく受け入れてくれたのがティナなのだ。私の話を正面から真剣に聞いてくれるのはティナしかいない。どんなことを言っても相槌を打ってくれるし肯定的に捉えてくれる。あんなに思いやりがあって優しい娘は他にいない。少しくらい私が依存してもいいじゃないか。


 私はティナの手を握って祭壇へと向かう。そこにいる年老いた神職は笑顔で頷いていた。


「大いなる竜神の御前において、ウルファ・ラール・ミリアとティーナ・シルヴェンの婚姻を宣言します」


 いよいよ本番だ。

 私とティナは神職に向かって静かに頷いた。


「それでは、大竜神へ永遠の愛を誓ってください。今回は皇国において非常に珍しい同性婚となります」


 同性婚……そうか。私もティナも女の子だった。

 私はなるべく自分が女だと思わないようにしている。そんな私でもティナのような優しい娘と結婚できるのだ。そう思うと胸の内から歓喜の念が沸き上がって来る。


「ティナ……大好きだ」

「私もだよ」


 ティナと向かい合った途端、彼女は強引に私を抱きしめた。身長差があるから、私の顔はティナの胸に埋まってしまった。そしてティナは遠慮なく腕に力を込め、私の顔を自分の胸に押し付ける。


 ああ、柔らかい。

 これから毎日、ティナは私を抱きしめてくれる。

 毎日毎日、彼女の豊満な胸を堪能できるんだ。


 そう思うと更に幸福感が増してくる。


「では誓いのキスを」


 神職がキスを促した。

 私はティナの胸から解放され、彼女を見上げた。ティナも私を見つめている。私はつま先立ちとなってティナの顔に近づくのだが、それでも届かない。彼女は少しかがんでくれたので二人の距離は10センチほどになった。


 右手でティナの左手を握る。左手はどうしたらいい? ティナの腰に回すのか? それともティナの右手を握るのか?


 少し迷ったところで肘に何かが触れた。

 これは何だったのか。手探りをして確認してみる。


 木製の柄に革製の鞘。

 無骨な作業用の鉈だ。


 式典用の短剣ではなく、何故、作業用の鉈を持っている??


 そこで記憶が繋がった。

 私は今、勇者選抜試験の真っ最中だったのだ。


 何で結婚式など挙げているのか。皇国で結婚できるのは17歳からではなかったのか。私とティナはまだ14歳だぞ。


 それに、皇国で同性婚など許されているはずがない。


 ティナの両手が私の頬に触れた。そして今にも唇が触れようとしたその時、私は人差し指でティナの唇を押さえた。


「落ち着くんだ、ティナ。これは幻覚だ」

「幻覚?」

「そう。そもそも、皇国において同性婚は認められていない」

「そうだっけ?」

「それに、私達の年齢で結婚する事は出来ない。まだ14歳なんだぞ」


 ティナも戸惑っている。中学生がこんな幻覚を見せられ、冷静に対処できる方がおかしいだろう。


「うん。よく考えてみるとおかしい事だらけだね。結婚式なのに屋外だし、参列者は誰もいないし。公爵家の姫が結婚するのに貴族が誰もいないなんて変だし、私のお父さんとお母さんもいないってのも有り得ない」

「つまり、私達は騙されているんだ」

「うん。でもどうしたらいいの? 私は姫との結婚式が現実にしか見えないよ」

「こうするんだよ」


 私は腰の鞘から鉈を抜いて、傍にいた神職に切りかかった。老人の姿をしていた神職は素早く攻撃をかわし、数メートル後方へと瞬間的に移動した。


 この動きは只者じゃない。相当な使い手に違いないので、ティナの魔法で隙を作る。


「ティナ、魔法だ。大きいのをブチかませ!」

「わかったよ。何だかムカツクしね」


 深呼吸をしながらティナが呪文の詠唱を始めた。


「我がしもべ、地下に潜む火竜よ来たれ。汝の熱き息吹をかの者へと与えよ」


 周囲の地面から幾つもの火柱が上がり、それらはグルグルと重なり合いって一匹の火竜となった。


「かの者に制裁を」


 更に数メートルの距離を瞬間的に移動した神職へと向かって火竜が炎を吐いた。奴は十数メートル四方を焼き尽くす大きな炎の塊に飲み込まれ、悲鳴を上げながらのたうち回っていた。


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