第3話

「……アリサ、飛び降りたの。校舎の屋上から……」

 紀佳の細い声。

 冬馬は想像してしまった。紀佳のスマホで見たばかりのアリサの笑顔、その顔をゆがめて屋上から落ちてくる彼女の姿を……。ピンと直立した身体が前傾し、足場を失った身体が空気を切って自由落下していく。それはあっという間に地面に叩きつけられる。

 冬馬は首を振って頭の中からイメージを振り払った。

「……傷心旅行なんだね?」

 彼女が小首をかしげた。

「宿はとってあるの?」

「いいえ」

 左右に一度、首を振った。

 高速バスが会津若松市に到着するのは昼過ぎになる。日帰りの傷心旅行はきついだろう。ハタと思いついた。

「向こうに親戚の家があるのかな?」

「いいえ」

 彼女は再び首を振った。

 後追い自殺? 彼女は手首を切っても死ねなかった。それで冬山に入ろうというのだろうか?……頭に浮かんだものの、口にはしない。自分にとっても彼女にとっても、死のイメージは遠ざけるべきだ。それでいい方を変えることにした。

「どうして会津に?」

 彼女ののどがゴクンと鳴ったように感じた。

「雪山なら綺麗に死ねると聞いたから」

 紀佳は冬馬が言えないことを口にした。

 想定内の内容だったけれど、彼女が〝死〟を口にしたことに、冬馬は少し驚いた。

「誰に聞いたのか知らないけど、雪山で死んだら見つからないことが多いんだよ。発見された時には骨になっていることが多い。骨になる前に、獣に食い散らかされることだってある。止めた方がいいよ」

 冬馬は彼女を死なせたくなかった。故郷の山で、死んでほしくもなかった。

「アリサもひどい姿だった……」

「落ちたところを見たのかい?」

「ええ……」

 ブルっと彼女の全身が震えた。もう泣かなかった。

「死ぬのは止めた方がいいよ」

「指図しないで。私の命は私のものよ」

 脅かしたら気持ちを変えるかと思ったが、彼女の自殺願望は変わらなかった。

 彼女に拒絶され、冬馬は黙った。彼女も唇を結んだ。

 バスは雪に覆われた那須の山々を左に白河の峠を越えた。東北自動車道から磐越ばんえつ自動車道に入ると正面は真っ白な世界だった。

「ユキ……」

 紀佳がつぶやくのを聞いた。夢を見ているような声だった。

「会津はバスターミナルから山までは遠い。一度、ウチに来ないか? 途中の猪苗代いなわしろだけど、親がスキー場の近くでロッジを経営しているんだ。ウチからなら、雪山はすぐだよ」

「エッ?」

 彼女が目を瞬かせた。〝嫌〟とは言わなかった。

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