ダイヤモンドダスト

明日乃たまご

第1話

 それは大学一回生、最初の冬期休暇だった。北野冬馬きたのとうまは早朝の高速バスに乗った。冬休みは、父親が経営している小さなロッジの手伝いをする約束だった。スキー場に近いロッジは、冬期間だけはスキー客で満室になるからだ。仕事は雪かきと掃除、食事の配膳や食器洗い。楽しい仕事ではないけれど、子供のころから手伝っているから慣れた仕事だ。


 バス乗り場に着いたのは出発時刻直前だった。乗車すると席はほとんど埋まっていた。のんびりやって来たのは、指定席だからだ。

「エッと……」

 座席は【A7】スマホの乗車券を見るまでもなく、自分の座席はすぐに分かった。空いている席は二席だけ。窓側で空席になっているのはひとつだ。そこに目をやるとドキンと胸が鳴った。通路側に座っているのが若い女性だった。

 席に近づくと視線があった。暗い瞳をしていた。彼女は無言で立ち上がった。

「すみません」

 ダウンジャケットを脱いで棚に押し込み、腰を下ろした。

 自分より若い。高校生か? それにしても表情が暗い。楽しい旅行ではなさそうだ。……バスが動き出してからも隣の彼女のことが気に掛かった。

 バスは首都高を走って北へ向かう。上京して半年、アパートと大学、バイト先の周辺の地理には詳しくなったが、それ以外の場所は良く知らない。車窓を流れる都内の景色には興味をそそられた。

 彼女はどうだろう?……横目で伺う。彼女は冬馬とは全く違った。うかない顔、いや、悲痛な表情でうつむいていた。スマホを握っているのは習慣だろうか? それを両手で握りしめている。見てはいけないものを見たような気がした。


 ――ブーン――

 バイブが震えたのは冬馬と彼女、二人のスマホだった。彼女は一瞬、メッセージを見ただけで画面を閉じた。

【遊びに行こうぜ】

 冬馬のスマホに届いたのは同級生からのメッセージだった。

〖ムリ、帰省バス内〗

 返信するとすぐにスマホが震えた。

【いつまで?】

〖1月半ばかな。親の手伝い命令〗

【ご愁傷様。で、一人?】

〖一人だけどナニか?〗

【つまらない奴だな】

〖放っておいてくれ〗

【隣の席、女だろう?】

 見たようなことをいってくるので、思わず中腰になって車内に目を走らせた。彼が手を振ってきそうな気がしたけれど、彼はいなかった。後方の数人と目があい、慌てて背もたれに隠れた。

〖どうして分かるんだよ?〗

【当たったか! 声をかけろよ】

 どうやら当てずっぽうだったようだ。

〖ムリ〗

 産まれてこの方、ナンパなどしたことがない。

【旅行? どこに行くの? とか切り出せよ】

 彼はしばらくナンパのイロハを送ってきたけれど、そっけない返事を返しているとほどなくメッセージは【旅の恥はかき捨てだぜ。頑張れよ】の一文で終わった。

 こっちは帰省だ。恥をさらすわけにはいかないよ。……スマホに答えてポケットに入れた。

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ダイヤモンドダスト 明日乃たまご @tamago-asuno

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