◇第12話 最新!竜乗りアベックのドキドキ逢引コース

 ◇



 午後の飛行訓練前。

 俺たちはイジュワール艦長の指示で、昼飯抜きで一等船室の控室に居た。

 昼刻の鐘が鳴ったら甲板の日時計の前で集合、だ。


 「ふかふかの床に、ピカピカのテーブル。こんな部屋があったんスね」

 「まあな。あっちの船なんて、もっと凄いぜ?」


 ハイドは、大窓の外を指さした。

 へえ。

 凄い、の内訳はあまり聞きたくない。

 なにせ軍隊だ。

 ここみたいに、大広間や食堂、竜寝床のような、呑気な施設ばかりじゃないだろう……。


 第七船団の飛行船は、全部で七隻。

 俺は、【隠し通路とお宝が視える】特異体質とはいえ、入隊三ヶ月の新米の俺には、未知のゾーンだらけだ。


 コーヒーソーサーが、カチャカチャ鳴った。

 皇国大陸出身とはいえ、辺境の村のド貧乏育ちだ。


 こういうかしこまった場は、緊張する。

 隣のレイは、気づかないか見ないふりをしてくれているのだろう。ソーサーを持って品よく紅茶を飲んでいた。


 あーあ。

 顔が熱い。

 故郷の言葉で言うなら。

 ――面映おもはゆし!


 「モク、腹減ってるのか?」

 「えっ。ああ。そうかも。昼のまかないをアテにする生活習慣が抜けなくて。今日も、朝飯を抜いたンだよなあ」

 「おいおい!腹が減っては戦はできぬだぜ。シオン。竜騎士たるもの?」

 『いつもスピアはピッカピカ!』

 「そうだっ!」


 俺はハイドにビシッと指を差され、シオンはくるくる笑った。


 「まあ、スピアの手入れしてるのは、いつも俺なんだけどな。いつ、出撃命令が来てもいいように、備えとくんだよ。いつまでも竜給仕ウェイター気分じゃ、困るぜ??」 

 「。今は、艦長室付き竜給仕ウェイター

 「わかってるって。他言NG。忍者の掟だろ?」


 ハイドは胡散臭く歯を光らせて、ニカッと笑った。


 わかってるなら、口に出してくれるなっ!

 このやりとりも、もはや様式美おやくそくだ。


 「それにさ。艦長ってもうお爺さんだろ?現場の苦労とか、若者の腹の減り方なんて、とっくに忘れてるんだよ。表向きはハイハイ言って、バレたら後で謝りゃいいって!」

 「ええ?」


 「【さしすせそ】、だよ」

 「【さしすせそ】……砂糖、醤油、酢?」

 「竜給仕ウェイター気分か!」

 「竜給仕ウェイターだぞ」


 「いいか?こいつは金になる。秘伝だぞ?」


 ハイドは胡散臭い目を、更にキラキラさせた。


 「さすが!知らなかった!すごい!」


 いや、ぶりっこ下手だな!目がバキバキだ。


 「偉いやつでも、これさえ言っておけば黙るからな」


 ……それは、暑苦しくて気圧けおされてるだけじゃね?


 「さあ、シオン。やってみろ!」

 『さっすがあ!知らなかったあ!すっごおい!』


 シオンは上手だ。

 そもそも、ナスビ色の尻尾をフリフリさせるだけでかわいい。竜好きの上役なら、一撃だろう。


 「さっすがあ、第七船団うちのアイドル!」


 俺もさっそく応用すると、シオンの甘い声がくるくる響いた。

 

 ハイドのアドバイスに従って、俺は控室にあったお茶請けの豆や焼き菓子をもりもり食べた。

 思いの外、視界がクリアになった。

 どうやら、自分で想像してたより腹ペコだったらしい。これは食べておいて正解だ。


 おや?

 イジュワールに派遣されて来たのだろうか?

 黒いメイド服の女子おなごたちが三、四人、しずしずと部屋に入ってきた。


 「へえっ?」


 俺は突如、その黒いメイドたちにぐるりと囲まれていく。

 あーれー……と言い終わる暇すらなく、すっぽりと脱がされてしまった。いやん。

 レイは俺を見てくすくす笑い、メイドたちに連れられて奥の鏡張りの個室へしずしずと入っていった。


 何だ。

 この子たちはレイのメイドさんか。

 レイと似た白百合の香りがほのかに漂った。

 闇の竜。ドラゴンゾンビの従者。すなわち。


 「冥土めいどのメイド……!!」


 俺がぼそっと呟くと、シオンだけがブホッ!と吹き出した。

 うん。第七船団ウチの竜って親父おやじギャグ好きだよな。俺もだ。


 メイドたちは、俺の身体に謎の布をギューギューと巻いていく。痛ェ!


 「も、もっと優しく。さっき食った豆菓子が、鼻から吹き出るぅ!」


 冥土のメイドさんたちは、くすくす笑った。 

 ああ、艦長が昼飯を食うなと言ったのはこの為ね!

 

 そうして俺は、謎の布により猫背とヒョロヒョロ体型をガチガチに矯正されて、綺羅びやかな竜騎士の隊服へと鮮やかに衣装チェンジした。


 鏡を見て驚いた。

 うまいモンだ。

 艦長の背筋がピーンとしているのは、こういうことか!影で努力してるんだな。


 「お、俺たちは自分の部屋で着替えるよ!」

 『ええー。俺も冥土のメイドさんにやってもらいたい』


 ハイドは、抵抗するシオンを引き摺って、スタコラ逃げていった。 

 そりゃそうだ。

 あいつの物入れ《ポケット》には、金貨や高価なまじない紙、魔法銃やらがたんまりだ。

 他人になんて、触られたくないはずだ。


 俺?

 俺は、冥土のメイドさんが来た時点で、あれやこれやをソファ下に隠し済みだ。そして、もう戻し済みた。

 プロだからな。

 鍵屋で竜給仕ウェイターだけどな。


 個室から出てきたレイは、竜乗りの貴婦人の姿にドレスアップしていた。

 ああ。

 何とめごい!!

 優雅だ。

 ロングスカートは灰みの紫沈丁花色ライラックアッシュだ。


 俺の顔が、みるみる真っ赤になるのは仕方ないことだ。


 レイは顔やスタイルだけじゃなく、香りまでもが完璧なンだ。

 ちょっと小柄のナイスバディ。長い睫毛に整ったお顔立ち。

 そもそもが俺好みに完璧にリフォームしてやってきた闇の竜の姫君(人型)なンだ。

 翠玉エメラルドの瞳は何処までも透明で、緑をたたえた艷やかな黒髪は夜空のように果てがなかった。

 俺の目線、俺の輪郭線、俺の存在までもが、ガクガクと揺さぶられて、ビュウッと吸い込まてしまいそうだ。

 これは畏怖だ。


 しかも。

 俺の大好きな、自然な姫カット!

 パッツン過ぎないパッツン。

 耳の上と腰のあたりで小さな毛束が、悪戯っぽく、くるりと外に跳ねている。

 プラムのようなみずみずしい唇。

 形の良い口角。

 ニッコリと微笑むと、小さな牙がチラリと光った。


 そして。

 あろうことか、俺の髪色に合わせて衣装をあつらえてくれたのだ。

 胸の物入れポケットには、紫沈丁花ライラックのコサージュまで刺さっていた。

 俺の真の名。

 紫沈丁花ライラックだ。


 あーあ。

 なンてこった。

 くらくらする。

 こんなの、何をされたって許してしまう。

 このまま、消失ログアウトしたってこの世に未練はない。

 不正チートだ、不正チート!!


 俺だけじゃない。

 冥土のメイドたちだって顔を赤らめて、キャッキャとはしゃいだ。

 

 つまり。

 今日のレイは、とてもとても美しかった。


 昼刻の鐘が鳴り、甲板の下ではイジュワール艦長が懐中時計を調整していた。


 あれ、懐中時計?


 「あの、こなごなを直したのか?」

 「フン。ほぼ、新品だがな。ストップウォッチに、万歩計もつけたぞ。転んでもロハでは起きん!ふはははっ」

 

 ロハ。覚えてるぞ。

 タダ。無料。ボランティアってことだ。

 転んでも只では起きない。

 たまげた。

 これも偉くなるヤツの条件、だろう。


 あれ?

 「かわいい!お孫さんっスか?見せてくださいよ」

 「ほう、そうか?そんなに言うならまあ」


 ……そんなにって。

 一回しか言ってないンすけど!

 懐中時計の家族写真は白黒からカラーに変わり、そこにはかわいい孫娘たちの姿があった。

 家族写真もアップデート済ね。了解!


 「さて。午後の訓練の時間だ!」


 イジュワール艦長は、懐中時計の蓋をバッチーンと閉め、杖をコッツーンと突付いた。

 

 今の艦長のそれは、雨避けのまじないの下にあっても、以前よりも高らかに天に響いた。

 俺たちは、改めてぴしっと背筋を伸ばした。


 イジュワール艦長の傍らには、ワイフの椿姫が、闇の竜の姿となって控えていた。

 漆黒の鱗に、赤い鬣がキラキラと光った。

 レイと同様にものすごく細身だが、ハリツヤがある。そしてレイより大きな竜だった。

 彼女はレイと違って、自らの輝きを隠そうともしないから、放たれるオーラで、そこにある身体よりも更に一回りも二回りも大きく見えた。

 思わず息を呑んだ。圧巻だ。

 ものすごくお似合いの二人だった。


 「これからわしらが行くのは、【最新!竜乗りのアベックのドキドキ逢引あいびきコース】だ!!」


 ……へ?


 「どうだ、やる気が出ただろう?竜給仕ウェイター少年」


 「……は、はい?なんスか?き肉?」 


 俺だけじゃない。

 ハイド、シオンだってそうだ。三人で目が点になった。

 レイはフイッと、横を向いた。

 

 「……ごほん。【最新!竜乗りカップルのドキドキデートコース】だ」

 

 あっ、言い直した。


 「……おいおい艦長。ホントに最新か?」

 「言葉は古くとも、情報は新しいぞ!」

 『アベックが、カップル。逢引あいびきが、デートかあ。ひゃあ。ワクワクする!』


 シオンは両手をほっぺたに当てて、尻尾をフリフリした。君は本当に恋話こいバナが好きだな。

 

 イジュワールは、闇の竜の姿をした椿姫の背にフワリと飛び乗り、レイの手を取って、前席へと誘導した。椿姫の鞍の前席は、横乗りの形状だった。レイがちょこんと腰掛けると、そこはもう、どこぞの城の庭の光景に映った。

 イジュワール艦長は満足げに微笑むと、いつもの杖のムチを、今日は杖として振るった。


 杖の先から光の粒が弾け、シオンはくるくるとまじないに包まれて、全身と手綱が金色に光った。

 続いて、杖でチョイと突かれた椿姫の身体も、金色に光り出した。


 「ふふふ。これはな。わしの開発した先行者追従オートクルーズまじないだ!」


 ?


 「行くぞ!」


 椿姫がスウッと前へ飛ぶと、シオンの手綱がクインと引っ張られる。


 「俺は、何もしてないっス」

 『ふふっ。みんなと景色を見ながら飛べるのは新鮮だ』

 「デート情報はともかく、まじないは、本気マジで最新だな!ナウいじゃん艦長!なあ、これってまじない紙になんないかな?」

 「からかいおって!まあ、一般発売となると、いろいろと課題がのう。世間へのお披露目は、もう少し先だな」

 「他にもイカしたまじないを開発してたりするのか?俺たちで良かったら、いつでもモニターになるぜ?!」

 「ふむ。そうか。では、近々お願いするとしよう」

 「やったぜベイビー!」


 何故君まで、古風クラシックになるのだ、ハイドよ。


 俺も椿姫サンの動きで先が読めるから、バランスを取るほうに集中するだけだ。

 こりゃいい。


 よーしっ。

 鼻から呼吸、肚に力、目を開く。


 俺は腰を抜かすこともなく、最初の目的地にたどり着こうとしていた。


 そこは、大きなチョコレート工場だった。

 大きなバルコニー。大きな入口。

 柱や扉には、カカオをはじめさまざまなフルーツをあしらった装飾が施されていた。


 椿姫の来訪に合わせて、大扉がパッと開放され、辺り一面に、みずみずしく甘い香りがブワッと広がった。

 中ではフリフリのメイドさんの出迎え。勢揃いだ。


 「見よ。巨大なチョコレートファウンテンだ!」


 なンだこりゃ!!

 とろけるチョコレートが山のように積まれた皿から、滝のように順番に流れてくる。

 小さな家なら丸々一件入ってしまいそうな大きさだ。

 たまげた。

 俺はここで初めて、腰を抜かしてしまった。


 椿姫とシオンとで、空を飛んだまま、チョコレートファウンテンとやらに近づくように指示をされた。

 

 すると、近くに居たメイドさんたちが、俺たちに串に刺された林檎や葡萄をくれる。

 それから、チョコレートの滝にそれを差し込めと言う。

 言われたとおりにすると、とろけるチョコレートがくるりとついた。

 美味い!

 ホンモノだ。


 レイも物珍しそうに、おずおずと串を差しては、ぱくりと食べて、イジュワール艦長や椿姫と微笑み合う姿が見えた。


 周りには、これまた巨大なデザートプレートを模した三段のフロア。

 フロアごとにテーブルと座席があり、美しくカットされた果物や、ふわふわのカップケーキずらりと並んでいるテーブルもあった。

 ひゃー。圧巻だ。

 

 「都会の女子おなごは、こんな凄いところに来るのか」

 『艦長、かっこいい』

 「いやいや。世界中の寄港地には行ってるけど、俺たちだって、こんなの初めてだよ」


 シオンはフロアに降り立ち手綱を外されると、一目散に巨大な林檎の木を模した一角へと、突撃していった。


 俺は呆気にとられて、腰を引きずりながらメイドさんに出された珈琲を飲み、レイを遠くから見つめた。レイは俺に気づくと、こちらへやってきてくれた。

 

 シオンも、やがて大きな大きな林檎型のチョコレートを一つもぎ取り、ひゅうと戻ってきた。


 『はい、レイ。半分こ!』 

 「じゃあ、俺も半分な!!」


 ハイドはシオンの手首を掴んで、手に持ったままの林檎型チョコの、残り半分にがぶりと齧りつき、そのまま、あっという間に食べ尽くしてしまった。

 シオンは、唖然とした後に、ぴーぴー鳴き出した。

 巨大なフロアに響く、シオンの鳴き声。

 他の来場者たちも、一斉に俺たちを見た。


 「お、おい、大人気おとなげなさすぎだぞ。みんなのデートを台無しにするなよ」

 「んはぁ?何で!俺はシオンの筆頭契約主だぞ?!」

 

 「なぁんで!俺を先にしなかった、シオンがずぇんぶ、悪いんだ!!」


 こ、こいつ……。

 これが噂に聞く、旅行先で本性を出すタイプか?

 

 あっ!!

 レイの顔を見ると、ロハの呪詛屋うらめしやが発動している!!

 レイの白磁のような美しいお肌に、瘡蓋かさぶたのような石仮面が盛り上がっている!!


 その矛先は、チョコを横取りしたハイドではなく、……シオンと俺とイジュワール艦長?!


 なンで?!

 いつもの爪撃で、俺の尻が無惨に破かれそうになったので、隠し持っていたフライパンで防御した。

 くっそ!

 腰が抜けてなきゃ、逃げられるんだけどなあ。


 ハイドの呪詛おいかりの原因。

 視えるか?!俺に。

 【隠し通路とお宝が視える】


 特異体質持ちの俺ならば?

 レイの瞳に映る、赤黒い呪詛。

 その奥の奥。


 【呪詛の依頼主の心が視える】


 だろうか?



 ――シオンは渡さないぞ!!俺のだ!!



 ブッ!!


 すっごい視えちまった!!

 しかも、内容しょうもな!!


 しょうもないが、視えてしまったからには、放っておくわけにもいかない。

 

 「シオンが、俺を乗せたからのは、生業しごとだからっスよお。シオンが、イジュワール艦長と椿姫さんに付いていったのは、先行者追従オートクルーズまじないっス。ハイドより先にレイにチョコを渡したのは、レデイーファースト。ね?イジュワール艦長には、椿姫サン。俺には、レイ。シオンにはハイド。無問題ノープロブレムっスよ。先輩」

 

 俺は丁寧に率直に、嘘など交えず誠実に説明したつもりだ。

 なのに、言えば言うほど、こじれた感じがするのは、何故だろう……。


 ああっ。駄目だ。

 まだいじけてる。

 ハイドは体育座りをしたまま後ろを向いて、隅っこでチョコをヤケ食いし始めてしまった。

 レイは石仮面をつけたまま、やれやれと首を振ってしまった。


 もおー!!

 俺とレイとのハッピーライフを、邪魔するなよなあ!先輩。

 ふうっ。

 ここはもう人踏ん張りだ!


 「シオン先輩ー。俺と一緒に、林檎チョコ取りに行きませんか?」


 俺は思い切ってシオンに声をかけた。

 シオンは、鼻をチーンかんで横目でチラリとこちらを向く。

 そして、プイッと顔を逸らしまった。


 「図々しいぞ、モク!新入りのクセに」

 『……そうだよ』


 ほらほら、来た来た。

 あっけなくフラれた俺を見て、ハイドは得意げに元気いっぱいで近寄ってきた。


 『「なーっ!」』


 二人はすっかりご機嫌になって、手綱もつけずに、巨大な林檎の木の中へと消えていった。


 ったく。

 手間のかかる先輩たち!!

 レイに顔でそう訴えると、レイはぽかぽかとした目でこちらを見つめた。レイの石仮面と呪詛は消えて、再び白磁のつるりとしたお肌に戻った。


 しばらくすると、椿姫がバサバサとやってきて、レイと俺を、再びチョコレートファウンテンへ連れて行ってくれた。


 「あれ?椿姫さん、艦長は?」


 半目の椿姫の指差す方を見ると、イジュワール艦長は酒入りチョコを摘みながら、ワインをがぶがぶ飲んで、すっかり出来上がっていた。

 メイドさんにお酌をさせて、高笑いをしている。


 「あっちゃー。艦長、へべれけじゃないっスか。久しぶりの夫婦のデートっスよね?人魚屋のときの、大人の余裕はどこへやら……あっ」


 俺はうっかり口が滑ったと思って両手で口を覆ったが、椿姫はそれを聞いて目をパッチリすると、プクククッと鳴いた。

 それから、たいそうご機嫌になった。


 俺に彼女の言語はさっぱり判らないが、オーッホッホッホ!と高笑いをしているのは判った。

 そしてそれは、イジュワール艦長にそっくりだった。

 似た者夫婦!!

 

 それから、椿姫とレイと俺とでたくさんの果物をチョコがけにして味わった。

 昼飯を抜いてきたのは、正解かもしれない。

 一生分の果物とチョコを食べた気分だった。


 艦長はへべれけになっても、時間には正確だった。懐中時計を見やると、杖をコッツーン!!と響かせて、俺たちに集合をかけた。

 杖の先から白い椿の花びらの魔法封書を飛ばし、シオンやハイドにも招集をかけた。


 そして、チョコレート工房のメイドさんたちに別れを告げて、見送りを受けながら、再び次の目的地へ向かった。

 椿姫のお誘いで、俺は、レイとイジュワール艦長の間の隙間に座らせてもらった。

 後ろで、シオンとハイドが手を振った。


 次は、大きな博物館だった。

 ここにも広大なバルコニーがあり、椿姫の到着前から、たくさんのスタッフがずらりと出迎えてくれているのが、空から見えた。


 ここの主な収容品は、地域の出土品と、先の暗黒竜の戦争での戦利品の数々だった。

 世界中の宝玉。槍や刀剣。鎧のコレクション。

 まじないのかかったものもあれば、呪詛のかかったものもある。その両方がかかったものもあった。


 シオンとハイドの目を一際釘付けにしたのは、この地域の出土品である、土偶どぐう埴輪はにわだった。

 女子おなごを型取った焼き物だ。祭りで使うまじないの品らしいが……。とてもそうは見えない。壺や樽、サボテンに、子どもが顔を書いたような、実に珍妙なものだった。

 二人があまりにそっくりな顔で夢中になっているので、残りのみんなで吹き出してしまった。

 笑いすぎて、係の人にちょっと怒られたくらいだった。


 そして。

 時折、レイの横顔には涙が見えた。椿姫もだ。

 二人は闇の竜、ドラゴンゾンビだ。

 先の戦争で奪われた側。

 思うところがあるのだろう。

 椿姫が、そっとレイの肩を抱いた。

 俺は……。俺に出来ることは……。

 

 「レイ、欲しいものあったら言ってくれよ?」


 俺はつい、口走ってしまった。

 マズイ、マズイ、マズイ!


 だって俺は、やろうと思えばやれるのだ。

 【視えるんだ】

 鍵をこじ開けて、中に押し入り、欲しいものを手に入れて、煙に巻く道程が……。


 あーあー。

 俺はいつだって、女子おなご絡むと、見栄張りや格好つけが顔を出す。


 「ゴメン!本気マジで、聞かなかったことにしてっ」


 両手を合わせて拝みながら、後頭部に冷や汗がダラダラ流れたが、レイはくすくす笑って、一つの宝飾品のガラスケース、その中にあるお値段表を指差した。


 それは、翠玉とブラックゴールドのネックレスだった。

 

 そうだよな。


 レイはまともだ。

 欲しいものがあったら、金額を見て、金を払って手に入れる。奪い取るなんて、発想自体はないのだ。 

 

 ……ブッ!!

 値段を見てたまげた。


 それは、俺の給料ン年分をかき集め、危険な任務を増しに増したらしたら、定年前にはなんとか到達出来るか?という金額だった。

 しかも、展示品は模造品レプリカだった。


 俺は、レイから貰った右耳のピアスの価値を推し量って、ゾッとした。


 「お生業しごと、頑張らなきゃなっ、あははははー。」


 腰を抜かした俺を見て、レイと椿姫は、くすくすと笑いあった。


 やがて、イジュワール艦長の杖のコッツーン!が聞こえ、白い椿の魔法封書が額に飛んできて、俺は腰が抜けたまま、フライパンでキャッチした。

 次の目的地への出発時間だ。

 博物館でも、大勢の見送りスタッフが手を振ってけれた。

 俺は抜けた腰が戻らないので、イジュワール艦長にお姫さま抱っこで担がれて、椿姫の背へ乗った……。


 最後のデートコースは、闘技場だった。

 血飛沫ちしぶきをレイに見せるのはためらわれたが、やっていたのはスポーツだった。サッカーだ。


 しかし、まじない、呪詛、体術、何でもアリ!危険極まりない、闇サッカーだった。

 ボールは光る凶器となり、敵味方問わず選手たちをボコボコになぎ倒し、サッカーゴールの網をぶち破った。

 試合展開は開始早々一方的で、赤いチームが緑のチームを圧倒し、次々にシュートを決めていった。


 「ナイスシュートナイッシュー!」


 俺が興奮すると、レイは露骨にムッとした。

 そしてレイは、ライバルチームを熱心に応援しだした。


 「へー。レイは、負けてるチームを熱心に応援するタイプなんだ?」


 レイに聞くと目をパッチリして、何を言ってるの?当たり前じゃない!と言わんばかりに、拳に力を込めて、力強くこっくりと頷いた。

 なんとも、呪詛屋うらめしやらしい考え方!

 

 レイの言語やはりまだ判らないが、両手を振って懸命に応援の熱を送る姿は、とても眩しかった。

 それは、椿姫も同様だった。

 二人は、そっくりだった。

 俺は、胸がきゅうんとした。

 

 ――いと、めぐし!!

 

 やがて、緑チームのエースストライカーが、ボールをもぎ取り、シュートを決めだし、とうとう同点に追いつくと、レイと椿姫は手を取り合った。


 ドでかい魔法映写機スクリーンにレイと椿姫が、ドドーンと映された。

  

 ……そりゃそうだ。

 これだけの美人が二人、並んでおおはしゃぎしていたら、誰だって映す。

 イジュワール艦長やシオン、ハイドだってそうだ。

 実に、顔映かおはゆいのだ。

 俺はジト目だけが、スクリーンの端にかろうじて映った。

 そう。これが俺の立ち位置だ。

 しかし、そう思った瞬間、みんなでぐいんと俺を引っ張り、画面のど真ん中に収めるではないか! 

 ヒエエッ。

 ヤメてくれえ。

 目立つのは、性に合わないんだよ。

 慌てる俺を見て、会場中が、どっ!と笑った。


 試合は同点に終わり、両チームは、シオンと俺にサッカーボールを蹴り入れてくれた。

 会場中は、温かい拍手に包まれた。

 

 レイは、次は勝つぞ!と言わんばかりに、俺の顔を覗き込み、牙を光らせてニッコリ笑った。

 それから、両手手を差し出した。

 白磁のようにつるりとした手は、ぽかぽかと暖かかった。

 それから、レイはハグを求めてきた。

 その身体もまた、燃えるように熱かった。

 そうして、俺たちは両チームの検討を讃え、会場を後にした。




 ◇




 全てのデート工程を終えて、最期に辿り着いたのは、ピコピコ山の麓の森だった。

 

 濃紫と夕焼けの橙が、空と森と湖とに広がってゆく。

 森の木々の向こうに、白く輝く一番星が見えた。


 麓の皇国神殿のアプローチには明かりが灯り始め、隣には大きな診療所も見えた。

 そして、椿姫とシオンは皇国神殿の正面へと降り立った。


 ここの皇国神殿の文様レリーフは、紅白の椿と暗黒竜だった。


 「椿姫の所属元?」

 「左様。今夜は、ここの皇国神殿に宿泊だ」

 「えっ?泊まれるんスか?」

 「ははは。わしらの人脈だ。レア体験だぞ」

 「なんだって?!俺たちにも予定ってもんが……。ふう。仕方ないな。生業しごとだ。シオン。友だちと会う予定があったんなら、連絡しておくんだぞ」

 『えー。手紙苦手』

 

 俺は、シオンに一筆箋を渡した。

 「これ、本気マジでいいっスよ。一言で済みます。五音、七音、五音、で書けば、十七音でなんかそれっぽくなるんスよ」


 俺は、例文を書いた。


 ◇◇◇


  マジゴメン 生業しごとで帰れず お詫び品


 ◇◇◇


 「これで、お土産入れておくんスよ」

 「へえ」

 『やってみる!』


 シオンも、さらさらと一筆箋を書いた。


 ◇◇◇

 

  マジゴメン きょうはあえない おとまりかい


 ◇◇◇


 「……シオン。お泊まり会、を、生業しごとです、に変えて送ろうか?」

 『えー!おとまりかいは、残したい!』

 「……モク先生の言う通りにしとけ」

 『はーい』


 シオンは素直にハイドの言うことを聞くと、牙に鉤爪を充てた。鉤爪の先に、ジワジワと濃紫の魔法蝋が集まる。そして、真鴨まがもの魔法封緘を捺した。

 

 「竜が、真鴨まがもを送るンすか?」

 「シオンはまだ、文様レリーフを決めていないんだよな」

 『そう。真鴨まがもって雄と雌が仲良しだろ?俺もそうなりたいなあって』

 

 シオンはほっぺたに手を充てて、尻尾をフリフリした。


 「レイはどうする?家の人に連絡しなくても大丈夫か?」


 レイと椿姫は、ププッと吹き出した。

 俺も言いながら、ものすごくマヌケなことに気がついて、真っ赤になってしまった。


 面映おもはゆし!!


 冥土のメイドを従えている、闇の竜の姫君に何たる愚問。

 レイに、学校スクールの同級生のノリで話しかけてしまった。


 何だか、話に聞く、修学旅行みたいでいいなと思ったンだよ!

 

 診療所の前を通ると、シオンや椿姫を見て、子どもたちが、わあーっと寄ってきた。


 「昼に、皇国軍の空飛ぶパトロール隊が来てくれたんですよ」


 診療所のナースさんが教えてくれた。

 ああ!ここもクッキーくんたちが訪問した診療所の一つなのか。


 シオンやハイドは慣れた様子で、子どもたちを背中に乗せては、記念撮影に付き合った。

 イジュワール艦長は、ぎこちなさはあるものの、俺とともにカメラマン役を買って出た。

 

 子どもたちを見つめる椿姫とレイの瞳は、それはそれは暖かかった。



 ◇


 とっぷりと日が暮れると、松明が焚かれた。

 美しい泉のほとりに用意された席で、みんなで、夕食を食べた。


 シオンは真っ暗な湖にばしゃりと入って、魚を掴み出す。ハイドも一緒になって湖に飛び込むと、やがてバシャバシャと水を掛け合った。

 二人はまだまだ元気いっぱいだった。


 「どうだ。竜乗りは楽しかっただろう。竜給仕ウェイター少年」

 「はい。とても……」


 チョコレート工場、博物館、闘技場に、皇国神殿と診療所……。

 全てが目まぐるしく、夢のようだった。


 「レイはどうだ?久しぶりの東の領域リージョンは、楽しかったかな?」


 レイは、俺を見つめてニッコリ微笑んだ。

 

 「椿姫は?」


 椿姫は、足をぶん!と蹴り上げてニッコリした。

 へえ。サッカーがお気に召したんだ。

 スタジアムの、レイと椿姫は素敵だったな……。


 俺までスクリーンの真ん中に映ってしまった。

 日陰の鍵屋のままなら、あり得なかった光景だ。

 

 夕飯が終わるとレイと椿姫は立ち上がり、二人仲良く、泉のほとりを散策しだした。


 静けさが広がり、松明のパチパチという音が響いた。 


 俺は、博物館の翠玉のネックレスのことをぼんやりと思い出していた。


 二人きりになって、イジュワール艦長は突然呟いた。 


 「金が要るだろう?竜給仕ウェイター少年」


 ドキリとした。心中を覗かれた心地がした。


 「ふふふ。ともに生業しごとに精を出そう。わしは、皇国軍全体の財政を建て直したいのだ」


 椿姫とレイを見つめるイジュワール艦長は、また酷く酔っていた。


 「飲み過ぎじゃないっスか?」

 「さて。これから拝殿で授与式だ」

 「へっ?」


 「おめでとう。竜給仕ウェイター少年。いや、ライラックよ。君の竜乗りの免許証ライセンスの授与式だ」

 「ええ?はあ?」

 「ふふふ。わしと妻の椿姫は、竜乗り免許証ライセンスの認定審査員なのだよ」


 二人は、竜乗り認定審査員の身分証明書である襟元のバッヂを、キラリと光らせてきた。


 ええ?!


 「……不正チートっスか?あるいは忖度そんたく?」


 「いいや。ガチの本試験合格だ」


 湖からあがってきたハイドが、松明の下で脱いだ上着を俺に見せつけてきた。

 その襟元にも、認定審査員のバッヂがキラリと光った。

 なンと!


 「審査員になったのは、さっきだけどな。つまり。モクは、俺にとって記念すべき竜乗り認定第一号だ!」


 『これでモクも、本格的にロープ組の仲間入りだね』


 「ん?カモさんが言ったアレか?契約主、契約竜、結び目の名称に過ぎない。上でも下でもない」


 『そうだよ。それが第七船団だ』

 

 「いーや?俺の見解は違うね。主っていうのは、偉いやつにつける名前だ。契約主が上だ。それに俺ほうが年上だ。槍の手入れから、髪の手入れ、爪切り、鱗の艶出し、部屋の片付けまで、ぜーんぶ俺がやってるんだぜ?そのくらいのつもりで居てくれなきゃ困るね!」

 「はあ?誰のお陰で、空を飛べると思ってるんだ。稼げていると思ってるんだ?とびきり速くてとびきり強い、俺のおかげだろ!!」


 二人は、ピーピーと喧嘩を始めてしまった。

 あーあ。


 「俺たちは、先に拝殿に行こうか?レイ」


 振り返ってレイに言うと、二人の鼻のさきがずいずいと迫ってきた。


 「モク、この野郎!!だから、彼氏ヅラすんなよな!!」

 『俺たちは、四人でレイの契約者だ』


 レイと椿姫が微笑み合って、こちらを見つめている。


 二人はシオンとハイドと俺に、お土産の袋をくれた。

 中身は、土偶の形の饅頭だった。

 二人はにへらっと笑うと、土偶の素晴らしさについて俺に語ってきた。


 「この、どっしりとしたフォルム!生命の神秘を感じないか!?どストライクだ!」

 『ありがたやー、ありがたやー』


 俺には二人の感性が、まったく理解できなかった……。


 俺は皇国神殿に向かって、両手を合わせて拝んだ。

 

 夕焼けと湖をバックに、みんなのシルエットがくっきりと浮かび上がった。

 森の木々の間には、星々が煌めき始め、細い月がニイと笑うように輝いていた。

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