16 気をつけろ

「 そうだなぁ〜……。


とりあえずこの空がどこまで続くのか自由に見に行きたいかも。


きっとどこまでもどこまでも続いていて、一生かけても終わりにたどり着けないんじゃないかって思うんだよ。 」



「 空を…………?


……グラン様は空の果てを見たいって事ですか? 」



不思議そうに尋ねてくるサンに、プッ!と笑いながら、俺は違う違うと手を振った。



「 終わりになんて興味ねぇよ。


どっちかっていうと、俺は自由に色々な世界を見て回ってみたいなって思ってるんだ。


でもなぁ〜……弱いヤツは、結局どんなに望んだってどこにもいけねぇんだよなぁ……。 」



「 …………そうですね。 」



サンはどこまでも続く空を見て、しんみりとしてしまう。



弱い弱い俺達は、きっとどんなに願ってもどこにも行けない。


” こんなもん ” を知って、それに順応して生きていく。



でも、そんな人生の中で楽しみを見つけられれば俺の勝ち!


何と戦ってんだって感じだけど。



俺はポンポンとサンの背中を軽く叩いてニヤリと笑った。



「 でも今は何処にも行きたくないよな〜?


だって今夜はご馳走だし!


俺は死んでもココから離れねぇぞ! 」



生臭い赤身肉がたっぷり入った、生臭い袋を抱きしめて頬ずりすると、サンはキョトンとした顔をしてから腹を抱えて笑い出す。



サンは毎日よく笑う。


最初は引きつっていた表情は、直ぐにこうした笑顔に変わっていった。



そんな嬉しそうなサンを見ると、どうにも意地悪する気になれなくて、実は当初の目的は一個も達成してない。


本当は、自分の ” 辛い ” を思い知らせようとしたのに……。



俺は笑うサンの傍らで、赤身肉をソッ……と丁寧に下ろすと、ガタガタ揺れるその場にゴロンと転がった。



何でだろうな?


俺を取り巻く環境に変わりはないってぇ〜のに。



相変わらずな下っ端生活の数々を思い出し、はぁ〜……と大きなため息をつくと、いつの間にか笑い終わったサンが、ソワソワと身体を揺らす。



「 ……ほらよ。 」



カパッ!と脇の部分を空けてやると、サンはパァ〜!!とさっきよりも嬉しそうな様子で、俺の脇部分に頭を寄せ、ギュッと抱きついてきた。


それを見て、俺は腕をサンの身体に回し、ポンポンと軽く叩いてやる。



サンは時々酷い悪夢に魘される様で、初めてそれを見た時は傍らでオロオロするしかできなかったが、何回目かの時に何も考えずその身体を抱きしめてやった。



すると、突然────……。



────パカッ!!



サンは目を見開き、俺を呆然と見てくる。



” おい、大丈夫かよ……お前凄く魘されていたぞ? ”



そう教えてやると、サンはブルブル震えながら、俺の身体に縋り付く。



” 神様が……だから……?


……俺……怖いよ……。グラン様……助けて。 ”



サンは錯乱しているのか、分けのわからない事を言ってきたので、そのまま背中を撫で続けてやると徐々に落ち着きを取り戻した。



それからだ。


” グラン様が怖いのを消してくれる。 ” と言って、サンがくっついてくる様になったのは。



しかし、今まで夜だけだったのに、最近ではこうして昼でも抱きついてくる様にまでなってしまった。



「 ……俺、めちゃくちゃ汗掻いてるんだけど、臭くねぇの? 」



「 グラン様はいつもいい匂いがします。 」



迷いなく答えるサンだが、俺は周りを漂う生臭い匂いとおっさんの汗の匂いがコラボした匂いが、いい匂いだとは絶対思わない。



「 ……そ、そっか……。 」



でも幸せそうなサンに何も言えなくて、とりあえずそのままにしておいてあげた。




それから街の入口に着くと、直ぐに馬車から切り離され、俺達は二人がかりで荷台を引いてギルドへと向かう。


そしてそこで依頼の討伐証明を渡し、依頼料を貰うと、隠していた魔力核の換金をコソコソと終えた。



「 ご苦労さん。お前らクセェから早く行けよな。 」



シッシッ!と追い払われる仕草をしたのは、いつも受付に座っているハゲのおっさんギルド職員< ラルフ >。



こいつはこんな無作法な態度しかしてこないが結構気のいい奴で、ギルドで見かければ世間話くらいはする仲であった。



臭いのは分かってる……。


しかし分かっていても、猫の子の様に追い払われればムカつくもんはムカつく!



そのためベロベロバー!と舌を出してからその場を去ろうとしたのだが……突然首に腕を回され、そのまま結構な距離まで引き寄せられた。



「 おい、何すんだよ……。近づくなよ、気持ち悪い。 」



「 安心しろ、俺もだ。臭いしな。



……それよりちょっと嫌な話を手に入れてな。


お前ん所のチンカス……じゃなくて、ヒュードが数ヶ月前に貴族の愛人してる女に手を出しただろ?


────その貴族が近々帰って来るらしい。 」



そこでやっと数ヶ月前の不穏な話を思い出し、あ〜……と唸り声を上げながら頭を掻く。



貴族は基本平民をゴミかなんかとして見ていて、汚らしいモノとして扱ってくるわけだが、そんな汚いモノが自分の持ち物を使ったとなれば、そりゃ〜カンカンになるだろう。


ヒュードは今までのらりくらりと上手いこと世を渡ってきたヤツだが、今回ばかりは少々相手が悪かったのかもしれない。



「 ……そりゃ〜やっちまったな。


じゃあ、死ぬまでずっと追いかけられるだろうよ。


考えてみれば、最近までずっと稼げる依頼ばっかり一気に片付けてたみたいだから、大方違う国にでもズラかろうとでも思ってんじゃね? 」



「 そうだろうな。


……だからお前、気をつけろよ。


そいつは医術界隈では有名な貴族で、噂では奴隷や浮浪者を攫って人体実験してんだとか。


ヤバそうだったら逃げろよな。 」



ラルフはそう言ってからゆっくり離れたので、俺はニヤッと笑いながら手をヒラヒラと振った。

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