7
夏季大会まであと1か月。出場選手登録がもうすぐ締め切られるので、大会前最後のランキング戦の日だった。
梅雨らしく、しとしとと降って外の景色はかすみ、行き場を失った野球部やサッカー部が廊下で腹筋背筋腕立て伏せをしている。
私のクラスだけホームルームが長引いたので、遅れて体育館に着く。ユニフォームに着替えて靴ひもを結んで、鈴木先生に指示をあおぎに向かうと、先生は待っていたという様子でステージ上から軽く身を乗り出した。
「石川、今日のシングルスは久原に胸を貸してやってくれ」
なんでですかと聞こうとしたら、「一度やってみたいと言ってる」と付け足された。
大会も近付いて、真希や麗、プラス黒木と試合することがほとんどだったわけで、このタイミングで格下とやるとは予想外だった。
もちろん、嫌と言う理由はない。が、単なる腕試し以上の何かを感じずにはいられなかった。
「ファーストゲーム、ラブオールプレイ!」
試合が始まっても久原の表情は平然としていて、しかしいつもの薄笑いも、ぎょろりとした視線もない。それがかえって不気味にも思えるのは、考えすぎだろうか。
久原が打ったのはフォアからのロングサーブだった。
高く上がった球を、様子見にとクリアで返してみる。すると久原はセンターにクリアを打ち返してきたので、またクリアで返す。
なんだ、こいつ自分のスマッシュに自信がないからクリア勝負に持ち込もうとしてるのか? だが当然、クリア勝負も身長が高い方が有利だ。厳しいコースを突くと、すぐに甘いクリアが返ってきた。
――クリア戦略ってのもわかるけどよ。
軽く跳び上がって、思い切りスマッシュを放つ――が、球はコートの真ん中、久原の真正面に行ってしまい、久原がラケットに当てただけの返球が、ぽとりと私のコートに落ちてしまった。ありゃ、コースが甘かったか。
「
久原は再びロングサーブを打ってきた。
さっきのスマッシュはコースが甘すぎた。今度は威力はさておき、フォアサイドぎりぎりのコースを、打つ!
――ぽとり。
「2-0」
また前に落とされた。普通なら前に落とされても間に合う。最初、間に合わなかったのはコートのど真ん中、相手の正面に打ったからだが、今のラリーはフォアサイド寄りに打ったにもかかわらず久原の正面になった。ということは、久原はフォアサイド寄りに構えていたのだ。
――打つ場所を読まれている?
スパン、とまた久原がサーブを高く打ち上げてくる。スマッシュが読まれているなら――。
今度はラウンド側にクリアを打ち、久原のポジションを奥に寄せる。また久原は単調なクリアで返してくる。久原がラウンド奥に寄ったのを確認し、その対角線であるフォア前にカットを打ち――。
ぽとり。
「3-0」
また点を取られた。どうなっているんだこれは。
主審の黒木も、どうなっているんだというか、どうしたんだという眼の色になっている。
それもそのはずだ。久原は何ら強いショットも打っていなければフェイントも使っていない。
スマッシュを打ったら前に詰める、スマッシュ&ネットのセオリーで取れるはずの球が、ぽとりと絶妙にネット際ぎりぎりに落ちて、こちらのフットワークが間に合わない。
考えられる可能性としては、スマッシュやカットを打つタイミングが久原に読まれているということだろうか。……それにしても不思議だ。私はクリアやドロップの中にスマッシュを織り交ぜて打っているわけで、何球目にスマッシュを打つかなんて決めていない。久原はなぜそれが読めるのか。
いいや、もう、読まれているなら、それを威力でぶち抜くまでだ。攻撃は最大の防御だ――。
◆
「21-7」
取られた。1ゲーム目を。
インターバルで水を飲みながら必死に考えるが、わけがわからない。
そして、わからなくていいことばかりわかる。
久原はおそらく、私のプレーを眺めるうちに何かしらの――私自身も気付いていないような、弱点を見つけたのだろう。
向かいのコートサイドを一瞥する。久原の様子はとにかく冷静そのものだ。しかし目つきは熱く、何か作戦を遂行するような佇まいで、戯れでも腕試しでもなく本気で私を狩りにきている。
その視線の先に浮かんでいるのはおそらく――
私のランキングを超えて、私をダブルスのペアに指名するつもり、ということか。
「セカンドゲーム、ラブオールプレー」
久原はやはりふわりとロングサーブを上げてくる。
次は前に早く詰めて、ぽとりと落ちる球にとにかく追いつくしかない。スマッシュを打って――着地するが早いか、ネット前に全力で駆け出す。
ぽん、と力なくネット際を落下するシャトルをすんでのところで捉え、ロビングする。
それを久原はまたクリアしてくる。
――これじゃループだ!
意を決してライン際にスマッシュを叩き込む。が、あえなくラインを割ってアウトになった。
「1-0」
まずい。
「4-0」
何を打っても駄目だ、
「7-1」
と思うほどに、
「11-4」
厳しいコースを狙ってアウトが増える。
強いスマッシュを打っても返される。コースを狙っても返されるか、アウトになる。スマッシュがいけないのかと思いドロップやカットを打っても、同じように落とされる。クリアやロブやヘアピンは、何度も後ろに返されて、繰り返しになる。
わけがわからない。わからない。わからない。わからない。
ミスが増える。ミスが増える。こんなにミスが多かっただろうか。
調子が悪いのか、いや悪かったら許されるのか、そういう問題でもなく。ただ積み重ねるミス。風穴、打開策も見つからず、久原はただ返しているだけなのに、あれまと取れない球ばかり増えていく。
ざわざわとした視線を感じる。それは鈴木先生から、主審、線審から、隣のコートから、今コートのそばを通った麗から――注がれている。何があったんだという、驚きと疑問の目が。
「20-8」
スマッシュレシーブを必死に拾いにいく、行こうとした瞬間、ロングリターンされる。
こいつ、こんなこともできるのか!?
「ぐっ!!」
差し込まれて打った、苦し紛れのドロップ。しかしそれも、またネット際にぽとりと落とされた。
「21-8。……ゲーム」
終わった――。何も、反撃できないまま。
◆
久原がどんなトリックを使ったのかはわからない。しかし確実に言えるのは、これまで実力を隠していたのだろう。——しかし、何のために?
試合を終えた久原は、脇目も振らずに鈴木先生のもとへ向かっていった。
「ダブルスのことなんですけど――」
鈴木先生もまだ戸惑っているが、久原は当然の結果とでも言うように落ち着き払った声でダブルスの話題を切り出す。
ああ、やっぱり実力行使で私と組むのが狙いか。
私とダブルスを組むには私よりランキングを上にするしかない、だから私を倒す。——そんなシンプルな、しかし信じがたいロジックが久原の腹の中に存在し、しかも実行されるとは。
こいつとダブルスか。実力は認めなければいけないが、ああ、麗と別れてこいつか。ああ――。
そして久原は一度唾を飲み込んで、それから言い放った。
「私、麗センパイと組みます」
えっ。
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