どうやら異世界トリップ第二世代みたいです

あまがみ

第1話 不幸のどん底から異世界トリップ

 父と母は大恋愛だった。


 だから母は父を追うようにして死んでしまったのだ。


 私は机に並んだ二つの遺影をぼうっと見つめている。昔の思い出や、この一週間であった出来事を思い出しながら。


 一週間前、父が亡くなった。


 父は身体が弱かった。病気というよりは体質で、現在の医療ではどうすることもできず、父は毎日少しずつ弱っていってついに息を引き取ってしまった。


 白い布団に横たわり、二度と目を覚まさなくなった父を見ても、不思議と涙は出なかった。心にぽっかり穴が空いたような喪失感はあったけれど、何となく、終わった、という、物語の結末に出会ったような気分だった。


 私たちには頼れる先がなかった。母は天涯孤独の身だったし、遠い異国に父の親類がいると聞いたことはあったが援助を受けられるような距離ではないらしく、私たち家族は自分たちで何とかするしかなかった。だから父が亡くなった後、私と母は互いに支え合って生きていこうと誓い合っていた、その矢先。


 母が倒れて、そのまま亡くなってしまった。


 医者は過労だろうと言った。それから身寄りのない私のことを心配して駆けつけてくれた高校の担任の先生はこう言った。


「仕事に家事にお父様の介護に疲れた身体はとうに限界を超えていたけど、想いの力だけで持ちこたえていたんだろうね。でも、お父さんを失ってぷつんと切れてしまったんだろう」


 でも私は違うと思っている。


 母は父を追いかけていったに違いないのだ。それくらい二人は愛し合っていた。どちらか一方がいなくなったらどちらか一方も生きていられなくなるような愛し方をしていたのだ。


 だから私は愛することが嫌いだ。そんな恐ろしい感情なんて持ちたくない。私は父や母と違って基本的に淡泊だから自分が二人のようになるとは思えないし、全ての男女がそうであるとは思っていないけれど、すごく嫌だ。私は最後の最後までお互いのことが『唯一』だった二人のように、『運命』をなぞりたくなかった。


 そんなことを考えるだけ無駄なのだけれど。だって私はもっと違うことを考えなければならない。私は父に会う前の母のように天涯孤独の身になってしまったのだから。それもまだ高校二年生なのに。


 二人は保険金を残してくれたけれど、そればかりを当てにしている訳にもいかなかった。もちろん配偶者のことなんて頭にない。ずっと一人で生きるつもりだ。


 私は膝の上に乗せていたノートに視線を落とした。二人が亡くなったことでぼうっとすることが多くなってしまったので、それを減らすためにもと人生設計を書き込んだノートだ。


 ノートをめくると「大学受験」というタイトルが書かれたページが飛び込んで来た。父が亡くなる前から行く予定だった大学に行く方がいいか、それとももっと上を狙った方が良いかと迷って、ノートには様々なことを書き連ねてある。専門学校の方が良いかとも思って調べた結果も書いてあるのでぐちゃぐちゃだった。それがこの一冊分、ずっと続いている。


 でも結論は出なかった。何が正解か分からなかったからというのも理由の一つだが、一番の理由はそれではなかった。


 自分が何をしたいのか分からなかったのだ。


 だって私は今までずっと父や母のために生きてきたのだから。自分のことなんて二の次で、深く考えたことなんてなかった。父や母がいたときに進学しようと思っていた大学も、なるべく父や母の負担にならず、父の介護や母の手伝いもできるようなところを選んで決めたのだ。私の主語はいつだって父と母だった。主語がなくなってしまって、私はどうすればいいのか分からなくなってしまったのだ。


 生きる意味が分からないとまではいかない。けれど私には夢なんて大層なものはなく、みんなよりも優れているところもなければ趣味でもいいから情熱を注げるものもなくて、数年先の自分でさえ思い描くことができなかった。


 それでも時間は過ぎていく。このままでは宙ぶらりんのまま、ただ息をして死ぬだけの存在になってしまう。


 父の母の遺影の並ぶ机に頬を乗せて項垂れた。そしたら遺影の前に置かれたスマートフォンが目についた。手帳型のカバーを被せたこのスマートフォンは母のものだ。


 母はゲームが好きだった。スマートフォンはアクション、リズム、パズルなどなど無料でしかも短時間で遊べるゲームが豊富だから、時間にもお金にもほとんど余裕のない母のような人にとても重宝した。中でも母が気に入っていたのは恋愛シミュレーションゲーム、いわゆる乙女ゲームであった。


「ねぇ見てマリア。これね、貴女のお父さん」

 そう言って画面を見せてくれたことを、今でも覚えている。面白いことに、本当に画面に映った絵が父にそっくりだったからだ。


 癖のない金色の長髪をして、赤から橙色のグラデーションのかかった目のキャラクターは父と同じミハイルという名で王子様だった。確か、癒しの力を持っていたとか何とかだったと思う。母はゲームの世界感や登場人物、それから物語について熱く語ってくれたけれど、話半分に聞いていたのでほとんど覚えていない。


 母が好きだったゲームは、世界感は、登場人物は、物語は、どんなものだっただろうか。父にそっくりなあのキャラクターはどんな人物だっただろうか。


 ふと興味が湧いて母のスマートフォンを手に取った。充電はしてあるのでタップすればロック画面が浮かんだ。解除キーは父、母、私の順の誕生日月。


 六つの数字を入力するとホーム画面になった。ゲームのフォルダをタップして、数あるうちの一つ【Pandolutiya―パンドルティヤ―】というアプリゲームを起動する。タイトルを覚えていて良かった。


 アプリ起動のためか、画面が真っ黒になった。


 しばらくして真っ黒な画面の真ん中にいわゆる魔法陣が浮かび上がった。


「!?」


 と思っていると突然魔法陣がまばゆい赤の光を放った。私は咄嗟に目を閉じて光の刺激から目を守った。


 ――眩しい!


 こんなに強く発光するとは思わなかった。目が痛くなるくらい眩しかったので危険極まりない。このアプリゲームが配信されてから何年か経っているはずなのに改善されていないのはおかしいのではないか。


 心の中で不満を言いながらうっすらと目を開けて眩しくないことを確認し、大丈夫そうだったのでしっかり目を開けたら――。


「え」


 ビックリした。


 飛び込んできた景色に目を瞠った。


 少し首を動かせば全てを見通せるしがないアパートのリビングダイニングが、真っ白な石造りのだだっ広い空間に様変わりしていたのである。


「な……」


 なんだって、こんな、おかしなことに。驚きすぎて声も出ない。


 あまりに信じられなくて、何度も瞬き、手で顔を覆って隠して数秒経ってから手を退けてみたけれど、視界は変わらない。真白な神殿のような、見たこともない景色が広がっている。

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