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 戦闘が終わったわけではない。赤黒い鉄火の群れは竜を追い打ち、竜もまた城塞の上空を旋回している。その光景には奇妙な均衡がある。陸からも空からも打つ手に欠けているように見える。だが実態は違う。強度の差はすでに決まっている。それはどれだけ反曲点を高く評価しても均衡などではなく、精々、竜が呼吸を整えるための時間でしかなかった。

 だからこそネモジンは跳び続けた。寿太郎の気配と方向に変わりはない。少なくとも今の衝突に巻き込まれてはいない。だが愚図どもが竜を殺さないかぎり状況が好転することもない。混乱に紛れて人を連れ出すには今が好都合とも言えた。

 洞穴から街もどきへの道程は半ばに来た。まだ遠い竜を見上げるネモジンの足下で、唐突に森が途切れた。視界が開ける。足場のない空に飛び出たネモジンの体は、黒く煤けた大地に着地した。木も緑も土さえも炭になり煙をあげる新鮮な焼け野原。

 白い城壁までの視界を遮る物は何もない。左右を見れば、森と焦土の境界は海岸林のように歪みのない曲線を描いている。

 その異様がネモジンの足を止めた。

 竜はまだそこにいる。城塞は形を保っている。焼け焦げた周囲は煙を上げ続けている。つまりこの土地では最近も戦闘があり、城塞はその襲撃を生き残った、もしくはやり過ごした後で再建されたことになる。後者は考えにくい。ネモジンがここまで来た道に大規模な破壊の跡はなかった。つまり竜は一定の破壊を終えて引き返したか、もしくは──


「撃退した? この戦況から?」

「ご名答。だからあなたはもう進まなくて良くて、もう一歩下がるともっと良いですね」


 独り言に答える声があった。振り返ったネモジンは境界の木陰で胡座をかく女を見た。赤黒い長髪、額に巻かれた組紐、白くゆとりのある作務衣。こんな土地で外見から生活を読むことは無意味だとしても、戦士というよりは何かの職人めいた格好ではある。実際その腰には小ぶりな金槌と鑿が下がっていた。

 若々しい目鼻と張りのある姿勢。自分と同年代もしくはそう振る舞おうとしている存在らしい、としてネモジンは解釈を終えた。

 そして女を見つめたまま、後ろ足で焦土を一歩進んだ。作務衣は口の端で笑った。

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