『喰う女』美しすぎた殺人鬼の怪談
ソコニ
第1話「明美の花園」
春の陽射しが緩やかに降り注ぐ午後、私は「光庭園」の門をくぐった。
インターネットで見つけたこの庭園は、まだ一般にはあまり知られていないという。しかし、訪れた人々の口コミで、その美しさは密かな評判になっていた。「まるで天国のよう」「魂が浄化される」といった表現が並ぶレビューに、私は強く惹かれたのだ。
白い大理石の階段を上がると、そこには噂以上の光景が広がっていた。
青々とした芝生の上に、見たこともない花々が咲き誇っている。白や青、紫や赤。それぞれの花びらが、まるで宝石のように光を放っていた。風に揺れる度に、花々は不思議な音色を奏でる。まるで誰かの囁きのような、懐かしい記憶のような。
「よくいらっしゃいました」
優雅な声が背後から聞こえた。振り向くと、そこには庭園の主人だという女性が佇んでいた。
彼女の姿は、この庭園以上に目を奪うものだった。シャネルのツイードジャケットに身を包み、首元にはエルメスのスカーフが優雅に結ばれている。漆黒の長い髪は、カルティエのダイヤモンドのヘアピンで上品に留められていた。その立ち姿は、まるでファッション誌から抜け出てきたかのよう。しかし、それらの高級ブランドは、彼女の持つ本質的な気品を引き立てる脇役でしかないように見えた。
「明美と申します」
彼女はそう言って、穏やかに微笑んだ。その表情には、どこか人を魅了する力があった。白磁のような肌に浮かぶ微笑みは、見る者の心を不思議な安らぎで満たしていく。
「まるで夢のような庭園ですね」
私はそう言いながら、再び花々に目を向けた。
「ありがとうございます。これらの花は、皆さまの思い出から生まれたものなんです」
明美の声は蜜のように甘く、耳に心地よく響いた。しかし、その言葉の意味に、私は首を傾げた。思い出から生まれた花?その疑問を口にしようとした時、不思議な香りが鼻をくすぐった。甘く、懐かしい香り。まるで、忘れていた記憶を呼び覚ますような。
「この白い花は、先週いらした若い画家の思い出から」
明美は一輪の白い花を指さした。その花びらは、まるで真珠のように輝いていた。近づいてよく見ると、花びらの表面には絵の具を重ねたような繊細な色の層が見えた。
「彼は、最愛の人を事故で失った悲しみを抱えていらっしゃいました。でも、ここで安らぎを見つけてくださって...」
明美の瞳が、一瞬だけ深い悲しみを湛えたように見えた。
庭園の奥へと進むにつれ、花々の様子が少しずつ変わっていった。青い花は、まるで人の瞳のように輝き、私を見つめているかのよう。紫の花からは、かすかに人の声のような音が漏れ出ている。そして赤い花の花びらは、生きているかのように脈打っていた。
頭が徐々にぼんやりとしてきた。花々の香りが、まるで霧のように辺りを包んでいく。その霧の中で、私は奇妙なものを見た。
花々の間から、人の顔が覗いているのだ。
最初は一つ、次に二つ、そして数え切れないほどの顔が。若い男性の切なげな表情。老婦人の懐かしむような目。少女の不安げな眼差し。そして、彼らの表情が徐々に変化していく。苦しみ、悲しみ、諦め、そして最後に...深い安らぎの微笑み。
「これが...記憶の花...?」
私の声は、すでに霧の中で遠くなっていた。
「ええ、そうです」
明美の声が、どこか嬉しそうに響く。
「人の記憶は、死んでも消えることはありません。ただ、形を変えるだけ。この庭園で、美しい花として永遠に咲き続けるのです」
私の視界が歪み始めた。体が地面に沈んでいくような感覚。指先から、まるで花が芽吹くように何かが生まれ始める。
その時、私は理解した。この庭園に来た人々は皆、文字通り「花になった」のだと。記憶も、感情も、存在そのものが、美しい花となって...。
最後に見たのは、満足げに微笑む明美の姿。彼女の背後には、無数の花々が。そして、それらの花から覗く無数の顔が、穏やかな表情で私を見つめていた。
「さあ、あなたも美しい花になりましょう」
明美の声が、遠く、そして近く響く。私の意識が、花となって広がっていく...。
(続く)
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