余計な勇者を召喚したのは誰ですか? ―汎属性を宿せしは、招かれざるふたりめの来訪者―

昴の後星

第1話 正念場


「あなたを召喚したのは誰ですか?」


 艶やかな黒髪の女性軍人は俺にそう訊ねた。

 唐突な問いかけにどう答えればいいのか分からない。でも、いつかはこのような時が来るのだろうと思っていた。


 深い森の中にそびえ立つ古城、そこを抜け出してからまだふた月も経ってはいない。とは言え、この短い間に色んなことを経験した気がする。

 もといた世界では至って善良な一般市民だった。今では複数の犯罪歴を持つ立派なお尋ね者。こうして尋問を受けているのも当然の人間なのだ。


 つい先ほどまで気掛かりだったのは、投獄された理由と心当たりのある罪状が食い違っていたこと。

 なにやら誤解が解けたようで、晴れて釈放なのかと思えば、連れていかれた先は狭くて殺風景な取調室だった。


 不幸中の幸いとでも言うべきか、追及されるのはどれも俺が実際に行ったことばかり。つまりは真っ当な理由で犯罪者扱いされている。

 残念な状況ではあれど、胸糞悪さが無くなったぶん不思議と気持ちは爽やかだ。


 それが、どうしてこんな展開になってしまったのだろう。


「いつまで黙っているのですか? 答えられないと言うならば、こちらとしても考えがあります」

「……答えようがないんです。質問の、土台みたいのが良く分からなくて」


 異なる世界から来た人間であると自称してはいけない。身寄りはおろか名前すらも失ってしまった俺を、ここまで導いてくれた人の忠告だ。

 この女性は明らかに、俺の特異な出自を前提にした問いかけをしている。であれば、いっそのこと、もう吐き出してしまっても良いのだろうか。


「魔獣の件にしろ、盗賊の件にしろ、あなたが並みの軍人を凌駕する戦闘能力を持つことは分かっています」

「それは……、ありがとうございます」

「褒めてなどいません。別世界から来たと結論づけるのは早計ですが、先ほど見せていただいた魔性にしても、とても普通の人間とは思えない」


 また分からない単語が出てきた。でも、素直に意味を尋ねていいような気がする。

 ここまで来たら非常識さを前面に出してしまおう。今更だけど、会話を中断させるのはなんだか申し訳ないし。


「あの、『ましょう』というのは?」

「物の知らなさも異常です。それでいて、故郷の名前を憶えてないだの、この国に来た方法が分からないだのと。他国や魔族の密偵ならばもう少しマシな言い訳をするでしょう」

「……すみません」

「それで、否定はしないのですか? 異なる世界から召喚されたということを」


 どう答えるか。勿体ぶりたいわけじゃない。だけど、少しばかり怖気づいている自分がいる。

 それを認めてしまえば、『誰が』召喚したのかという疑問を避けては通れない。万が一にも城での日々を悟られてしまったら、俺は生き残る道を失うことになる。


「ここって大陸なんですよね?」

「なんですか? 急に。ここは大陸ディマーンのクロヴェル王国、その中部に位置する交易都市のサニグノです」

「であれば、俺はこの大陸の外から来ました。方角も方法も分からないけど、それだけは自信をもって言えます」


 女性の表情が明らかに曇る。

 ただただ困惑しているのか、意に沿わない受け答えに苛立ちを募らせているのかは分からない。


 嘘をつくのは正直に言って苦手だ。一方で不思議なことに、嘘ではない範囲でとぼけるのは意外と得意だったり。

 そんな自分がときどき嫌になる。誠実であろうと願うのに、空っぽの誠実さでごまかそうとする自分が。


「白状したわけではないみたいですね。腑に落ちませんが、一旦この件は持ち越しとしましょう。あなたにはリシュトガルクまで同行していただきます」

「囚人としてですか?」

「重要参考人としてです。拘束すべき存在であるかは判断しかねるので。もし逃げ出した場合、名前と人相書きを国中にばらまき地の果てまでも追い回します」


 怖い。しかめっ面が少しばかり緩むたび、凛々しい顔立ちに惹きつけられてしまうのだけど、緩急をつけられると尚のこと怖さが際立ってくる。


「逃げ出したりしないので睨まないでください。首都の方にはもともと行くつもりでしたから」

「……あなたの旅の目的はなんですか? これまでの行動理由も不可解ですが、どうしてリシュトガルクに行こうと?」


 目的? それは……、ひとつに決まってる。

 城での過酷な鍛錬の日々も、見知らぬ土地で生き抜いた日々も、頑張ってこれたのは目指すべき場所があったから。


「故郷に帰りたいんです。端的に言えば。そのためには都会に出て、見識が豊かな人に会うしかないかなって」

「…………そうですか」


 女性はここ一番にさっぱりとした表情を見せている。圧の強い人だと思っていたけど、こっちの方が『素』だったりするのかな?

 話を聞く限り、俺のことをだいぶ探し回ってたみたいだし、新進気鋭の犯罪者を相手に気を張っていたのかも。


「先ほど仰ってた『ましょう』のことなんですけど、なんていうか、俺ってそんなに変わってるんですか?」

「……自覚がありませんか?」

「え、はい。不思議な力……じゃなくて、『ミナカ』でしたっけ?その色が珍しいみたいな?」


 相手が隙を見せたからといって、なんで自分から話題を振ったのだろう。この世界に来てから些か神経が図太くなってしまった気がするな。

 とは言え、疑問は機会があった時に解消しておいた方がいい。俺はこの世界をあまりに知らなすぎる。体で覚えること以外、城ではなんの知識も教わらなかったから。


「『変わってる』なんて表現では足りません。……どこから説明すればいいですか?」

「子供でも分かるようにお願いします」

「それは無理です。教育者ではありませんので」


 そうは言ったものの、女性はどうにか分かり易く説明しようと段取りに悩んでいる様子だ。


「ミナカ、あなたが言うところの不思議な力とは、随意的に操作できる生命力とでも思ってください。ミナカは自然現象を象る属性を先天的に内在させています。それが魔性です」


 思っていたよりも丁寧な語り口だ。眉間に縦じわが寄った時の凄みには目を背けたくなるけど、やっぱり優しい人なんじゃないかな?

 ミナカの属性が魔性……、なんかややこしい。


「素朴な疑問なんですけど、どうして『魔』がつくんですか? ミナカの『属性』で済むような気がするというか」

「……私は学者ではないのですが。ただ、魔性は単一の属性で構成されるわけではありません。一個人の魔性には親から受け継いだ多様な属性が入り混じり、ひとつとして同じ魔性は存在しない」


 ミナカが内在している属性の総体が魔性ってことなのか。人によって同じ属性を持つことはあっても、同じ魔性を持つことはない。顔、みたいな?


「なぜ『魔』がつくかと言えば、もともとはミナカを体外的に操作し得る生物が魔族しかいなかったからでしょう。それ以上のことは、それこそ学者に訊いてください」

「あ、すみません。脇道に逸れてしまいましたね」


 色々と気になることはある。でも、どんな質問が落とし穴になるか予見しがたいから、無闇に突っ込むわけにもいかない。

 絶対の自信があるわけじゃないけど、十中八九、俺をこの世界に呼び出したのは魔族だ。角があって、おっかなくて、ミナカを操作する能力は比較にならない。


 この大陸では、ふたつの種族が生存を懸けた殺し合いをしている。仮に、女性の方を『味方』と位置づければ、俺は『敵方』の城から逃げてきた人間だ。

 これまでの経緯を洗いざらい吐き出して、堂々と保護を求めたい。でも、そうすれば、無残に殺されるか生き地獄を味わうか、そのふたつしかないとイベルタは言っていた。


「あなたの魔性は実に不可解です。魔獣の亡骸に漂う残滓を見た時から、ずっと気になっていました。その宿主は、人智を越えた存在に違いないと」

「……具体的に、なにがそんなにおかしいんですか?」

「魔性には複数の属性が含まれると言いましたね? 一般的には、その内訳が単一属性に近いほど、魔力戦闘の資質が高いと判断されます」


 え、じゃあ俺はどうなんだろう。これまで出逢ってきた人たちの中には、氷っぽいとか、草っぽいとか、漠然としたイメージを感じることがあった。

 だけど、自分自身については、ただただ『力』って印象しかないんだよな。色はあるし、人工物って感じでもないけど、俺の魔性が変なのってそういうこと?


「その点で言えば、私はとても恵まれています。主属性であるところの『火』が非常に高い割合を占めているので」


 そう言うと、女性は先ほど俺がやって見せたように、手の平の上でミナカの球体を形作った。

 熱さは伝わらない。揺らめいてもいない。至って人工的な形のままで空中に浮いている。


 だけど、これは間違いなく『火』だ。

 球体の中に押し込められた激しい炎が、自らを押さえつける壁を突き破って、瞬く間に燃え広がろうと息巻いている。そんな風に感じられる。

 魔性って、これだけ明確なものなんだな。


「まさしく火の形にもできますが、同じ形の方が自身と比較しやすいでしょう?」

「そうですね。俺のは、だいぶ控えめな感じというか」

「……なるほど。たしかに自覚するのが難しい類かもしれませんね」


 あからさまにため息をついて、女性は低い天井を見上げている。次の手を考えているようだけど、あまり順調ではないみたい。


「この件も保留にしましょう。本音を言えば、あなたの魔性が異質であるという根拠は感覚に依るところが大きい。決して私の偏見ではありませんが」

「なんか、すみません。理解力が足りなくて」

「苦労をかけている負い目があるならば、さっさと教えてくれませんか? あなたが誰に召喚されたのかを」


 鳴りを潜めていた鋭い視線が前触れもなく突き刺さる。突き刺したまま、少しも動かすことなく、獲物の反応をじっくりと観察している。

 たまらず瞼を閉じた。我ながらスムーズな流れで防御体勢へと移行できていたように思う。


 けれど、誰がどう見たって苦し紛れの時間稼ぎ。

 空っぽな誠実さでもいいから、この問いかけを受けとめなければならない。


 ここが正念場だ。故郷へ帰る道を繋げるために。


「仮に召喚されたのだとしたら、俺も知りたいです」

「……なにを?」

「誰が、なんのために、俺をこの世界に召喚したのかを」


 凛々しくてきれいな鳶色の瞳だ。

 疑念でもない。脅迫でもない。実直に、真摯に、俺という人間をまっすぐ見つめて、そして、見極めようとしている。


 勝ち負けじゃない。でも、先に逸らすわけにはいかない。


 いつまでも続くかに思えた静寂を終わらせたのは、艶やかな黒髪を後ろに流した女性軍人の方だった。

 視線を横に切りながら、深くて長いため息をつく。おもむろに両肩を動かし凝り固まった体をほぐして、少しばかりくだけた姿勢で俯いている。


 これは……、どうにかなったのか? 胸を撫でおろしてしまってもいいのか?

 緩急をつけてくる人だから油断は禁物なのだけど、俺のちっぽけな精神は限界だ。もう頑張る気力が残っていない。

 ただでさえ人生初の投獄にドギマギしっぱなしだったところを、続けざまにこれだもんなぁ。


「そう言うならば、ご自分の出自について、調査に快く協力していただけるということでよろしいですね?」

「……はい」

「明確な返事が聞けてなにより。釈放にはなりますが、あなたの今後の行動はすべて、私の監督下に置くということをお忘れなきよう」

「……はい」


 女性の方もかなり疲れた表情に見える。お互いがスタミナ切れということで、今日のところはお開きらしい。


「あ」


 なかなかに気が抜けている雰囲気のまま、女性は不意になにかを思い出したようだ。

 なんだろう。頼むから尋問の再開だけはやめてくれ。


「服を脱いでもらえますか?」

「…………はい?」


 聞き間違いではない? 疲労がピークに達して頭がおかしくなってしまわれた? ここに来て人権を無視した権力者の横暴?

 いや、落ち着け。そんな人には思えない。


「あなたの正体について、いくつか候補があります。途中からはひとつに決め打ちする形になったものの、他の可能性を捨てたわけではありません」

「……そうなんですか」

「魔族か、魔族の特徴を色濃く発現した混血か。この場で全身を隈なく確認させてください」


 ちゃんと理由があるんだ。これは断りようが……、ないんですね。分かってますよ。そう睨まずとも。


「せめて男性の軍人さんを呼ぶというのは?」

「こちらの都合で申し訳ないですが、本件の責任を取れる人間が近くに私しかいません。恥を忍んでいただきたい」


 終わったか、俺の尊厳。

 いや、思い返してみれば、なんら親密でもない女性に裸を見せたことならある。露出狂では断じてない。


 この世界に呼び出された時も、俺は生まれたままの姿だった。

 今日は人生の転機になるだろうね。あらためて、また裸から始めるんだ。

 そう思えば、なんだか悪くない気がしてくる。


 世界を越えたあの日から、絶望に打ちひしがれたあの夜から、もう一年ぐらいは経ったのだろうか……。

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