余計な勇者を召喚したのは誰ですか? ―『汎』属性を宿せしは、招かれざるふたりめの来訪者―

昴の後星

0. プロローグ

第1話 正念場


 俺はいま、尋問を受けている。


 窓はひとつもなく、石壁に囲まれた狭い部屋。机越しに、椅子がふたつ。その片方で、なるべく姿勢を正して座っている。


 人生で初めての経験だ。それも遠い異郷の国、たったひとりの孤独のなかで。


 警察署には、自動車免許の更新で行ったことがある。大学生のあいだに免許を取って、六年後の二回目の更新。

 取調室には通されようがなかったし、ましてや軍と警察では、雰囲気が違うと思うけど。



余計な勇者アナタを召喚したのは誰ですか?」



 艶やかな黒髪の女性は、俺にそうたずねた。

 整った顔立ちで、おそらくは同世代。濃紺の軍服をすらっと着こなす。


 底冷えの牢屋を出されてから、小一時間ほどが経っただろうか。

 これまでは、俺が犯してしまった罪たちを、必要最小限に打ち明けてきた。


 それが、どうして『召喚』の話に繋がったのか。

 脈絡がおかしいと、不平を言ったところでどうにもならない。


 犯罪であれば、さくっと認めるのも一案だ。刑期を終えて、いずれは釈放を迎える運び。

 一方で、召喚については、認めた瞬間に人生が終わる危険性がある。


「いつまで黙っているのですか? 無言を突き通すならば、私としても考えがあります」

「……答えようがないんです。ご質問の、土台みたいのが分からなくて」


 俺は、この世界とは別の世界から来た。

 正確には『ばれた』。身寄りはおろか、言葉も名前も失って。


 元の世界に帰るために、俺はあの古城を抜けだした。二カ月ほど前のことだ。

 城主の男の隙をき、深い森と荒野を渡って、遠く遠くこの国まで。


「切り口を変えましょう。『シュダカ』、この名をあなたに与えたのは誰ですか?」

「……自分でつけました。由来は木の名前です」


 半分ホント、半分ウソ。

 実際には、候補をいくつか出してもらい、そのなかから選び取った。

 忘れてしまった本当の名前を、『俺』という存在を、守るための殻として。


 女性の表情は、相変わらず険しい。

 両肘を机につき、刺すような鋭い眼光で、俺の目を捉え続ける。


「魔獣の件にしろ、盗賊の件にしろ、あなたの行動は常軌を逸しています」

「それは……、どうも?」

「褒めてなどいません。先ほど見せていただいた魔性ましょうにしても、この世のものとは思えない」


 先ほど見せた、『魔性』……?


 思えば、女性が召喚の話を始めたのは、俺がを見せてからだ。


 ミナカ。体の芯から湧きだして、自在に形を変える不思議な力。

 それに関わる『魔性』とやらが、召喚の話に繋がったのだとすると……


「あの、『魔性』というのは?」

「物の知らなさも異常です。さらには故郷の名前を憶えていない。この国に来た方法が分からないなどと。どこぞの密偵ならば、もう少しマシな言い訳をするでしょう」

「……すみません」

「それで、否定はしないのですか? 異世界から召喚された人間だという見解を」


 まいった。話題を変えるヒントがない。

 異世界の人間、そこだけは譲るべきだろうか。


 いや、それを認めれば、『誰が召喚したか』の疑問を避けては通れない。


 ――実のところ、『誰なのか』は曖昧だ。


 この世界に喚ばれた瞬間、俺には意識がなかったから。眠っていたんだ。

 確かなことは、目覚めたらあの古城にいて、そばには城主の男がいたという事実。


 ――その事実が、俺の死刑宣告を握っている。


 古城を背に駆けながら、イベルタは言っていた。

 元の世界に帰るには、俺と同じ『凡族』を頼る他に道はない。

 そして、城主の男との関係性を、彼らに決して知られてはならないと。


 だから、なんとしてでも、知らぬ存ぜぬを突き通す。


「ここって大陸なんですよね?」

「なんですか、急に。ここは大陸ディマーンのクロヴェル王国、その中部に位置する交易都市のサニグノです」

「であれば、俺は来ました。辿り着いた方法は分からないけど、それだけは自信を持って言えます」


 女性の表情が明らかに曇る。

 ただ困惑しているのか、意に沿わぬ回答に苛立ちを覚えたのかはわからない。


 嘘をつくのは苦手だ。

 一方で、奇妙なことに、嘘ではない範囲でとぼけるのは意外と得意だったり。

 そんな自分が時どき嫌になる。誠実であろうと願うのに、空っぽの誠実さでごまかす自分が。


「……自白では、ないようですね」


 片方の眉を歪ませながら、女性はそうつぶやいた。

 表情がすこし和らいでいる。攻勢がかげりを見せて、今日のところはお開きに――



「時間が余ったので、雑談でもしましょうか」



 ……え? 雑談?


 予想外の展開だ。てっきり、要件が済めば長居はしないタイプかと思ったのに。


「さて、なにか私にきたいことは?」


 さらにはボールを渡してきた。

 綺麗な黒髪のお手入れ方法は、早々に話が終わるだろう。同じ髪色だからと言って、真似できるものでもない。


 あぁ、気まずい。異世界の女性軍人と共通の話題なんて……、あ。


「先ほど仰ってた『魔性』のことで、俺のなにがそんなに変わってるんですか?」

「……そもそも、意味を知らないのでしたね」


 よし。相手を教師にしてしまう、話題が見つからない時の最終兵器。


「どこから説明すれば?」

「幼い子供でも分かるようにお願いします」

「それは無理です。教育者ではないので」


 そうは言うものの、女性は腕を組みながら、説明の段取りに悩んでいる様子。


「はじめに『ミナカ』とは、随意的に操作可能な生命力のようなものです。ミナカは『水』や『火』といった、自然現象を象る属性を先天的に内在します。それが魔性です」


 丁寧な語り口だ。時間を潰す話題としても。ほど良い手応えを感じる。


 ミナカの『属性』が『魔性』……。なんだかややこしい。


「どうして『魔』がつくんですか? ミナカの『属性』で済むような」

「私は学者でもないのですが。ただ、魔性は単一の属性では構成されません。個人の魔性には、両親から受け継ぐ多様な属性が入り混じり、ひとつとして同じ魔性は存在しない」


 ふむふむ。ミナカに内在する属性、その総体が魔性と呼ばれるのか。

 人によって同じ属性は持ちうるけれど、まったく同じ魔性は持ちえない。千差万別の『顔』、みたいに。


「『魔』がつく理由は……、『魔族』に由来するとしか言えません。詳しいことは、それこそ学者に訊いてください」

「あ、すみません。話が逸れましたね」


 知識欲は程ほどに。勇み足は禁物だ。

 の只中にいる状況で、無闇に踏みこめば命取りになる。



 俺を召喚したのは『魔族』だ。


 城主の男は、普通の人間ではなかった。忘れもしない、大きな角と赤い瞳。



 この大陸では、ふたつの種族が凄惨な殺し合いをしている。

 仮に、女性の陣営を味方と位置づければ、俺は敵方である魔族の城から逃げてきた人間だ。


 これまでの経緯を洗いざらい打ち明けて、堂々と保護を求めたい。

 けれど、正直に言えば殺される。なぜだ? イベルタは、その理由を教えてはくれなかった。


「私はあなたを探していました。不可解な魔性を宿す、『シュダカ』と名乗る旅人を」

「……具体的に、なにがおかしいんですか?」

「魔性には複数の属性が含まれると言いましたね? 一般的に、その内訳が単一属性に近いほど、戦闘の資質が高いとみなされます」


 え、その魔性とやらで才能が決まるの?

 単一もなにも……、俺のミナカは『力』って印象しかない。

 他人であれば、『氷』っぽいとか、強いて言えば『草』っぽいとか。


「その点で言えば、私はとても恵まれています。主属性の『火』が高い割合を占めるので」


 すると女性は、ぱっと開いた手のひらの上に、ミナカの球体を形作った。

 橙色だいだいいろに輝きながら、熱は伝わらず、揺らめきもしない。ほんのり柔らかそうなガラス玉が、そっと宙に浮かんでいる。


 だけど、これは紛れもなく『火』だ。


 激しい炎が、わずらわしい透明の壁を突き破り、周囲に燃え広がろうと息巻いている。

 そんな気配が、、ありありと感じ取れた。


「いま、あなたが感じているものが魔性です。いかがですか?」

「凄いですね。これと比べると、俺のは個性に乏しいというか」

「……なるほど。自覚が難しい類かもしれませんね」


 女性は、自らの魔性を見せることで、説明が済むと考えたのだろう。

 生憎の失敗だった。当てが外れて、若干の落胆を滲ませている。


 ごめんなさい。本当に無知なんです。

 あの古城で過ごした一年間、体で覚える以外には、ほとんどなにも教わらなかったから。


「曖昧な指摘ですが、属性に偏りがないと言われてピンと来ることは?」

「え、ないんですか?」

「……率直な反応をありがとうございます」


 女性は考えるのを諦めたようだ。

 あからさまにため息をつき、気怠そうに項垂うなだれて、机の表面を眺めている。


「この件も後日に回しましょう。詳しい検査をすれば、実態が判るはずですから」

「なんだか、ご迷惑をおかけしました。……そろそろ、出してもらってもいい頃合いですかね?」


「――ええ。いいですよ」



 端的な了承に、『冷たさ』を感じた。


 女性の顔は、気づけば前を向いている。

 小ぎれいな微笑み。そして、鳶色とびいろの瞳の円形が、不思議なほどにはっきり見える。



「あなたの魔性は、この世界に来てから、後天的に作られたものですね?」



 声音は穏やかだった。

 一方で、鳴りを潜めていた鋭い眼光が、深々と網膜に突き刺さる。


 たまらずまぶたを閉じた。右の拳を額に押し当て、さながら熟考する防御の体勢へ。


「動かぬ証拠です。出たければ真実を語りなさい。あなたが、誰に召喚されたのかを」


 証拠とやらは知る由もない。

 だけど、この女性は確信している。俺が異世界の人間だということを。


 雑談にかまけて油断した。いや、油断させられていた。

 わずかでも反応が遅れていたら、腹に抱える一物をごまかしきれなかっただろう。


 沈黙が、じりじりと心臓を絞めつける。

 誰がどう見ても、苦し紛れの時間稼ぎ。空っぽな誠実さでもいいから、この問いかけを受けとめなければならない。



 ここが正念場だ。故郷への道を繋ぐために。



「もしも、召喚されたのだとしたら、知りたいです」

「……なにを?」

「誰が、なんのために、俺をこの世界に召喚したのかを」



 鳶色の瞳には、俺だけが映っている。

 疑念ではない。脅迫でもない。ひとりの人間を、芯から見極めようとする眼差し。


 逃げてはだめだ。閉じてはだめだ。

 全身全霊で受けとめるんだ。



 永遠かに思えた均衡は、終わってみれば、ひとつの呼吸に満たない短さだった。


 視線を上に切った女性は、長い黒髪を宙に垂らして、深く長いため息をこぼす。

 対する俺は、頭の酸素が欠乏したのか、首が据わらなくなってしまった。


 傍から見れば、姿勢を真似たようだけど、とがめる言葉は聞こえてこない。


「そう言うならば、ご自身の境遇について、快く調査に協力すると考えてよろしいですね?」

「……はい」

「釈放にはなりますが、今後の行動はすべて、私の監督下に置かせていただきます」

「……はい」


 女性もかなり疲れているらしい。

 互いに視線を合わせぬまま、謎の一体感を覚えつつ、淡々とやり取りをする。


 俺も疲れた。疲れきった。

 初めての投獄にドギマギしっぱなしだったところを、続けざまにこれだもんなぁ。



「……あ」



 女性が、なにかを思い出したようだ。

 不吉な予感に首の制御を取り戻す。頼むから、尋問の再開だけはやめてくれ。


「服を脱いでもらえますか?」

「…………はい?」


 聞き間違い、ではなかった。

 疲労のあまり錯乱? ここに来て、人権を無視した権力者の横暴?


「あなたの正体について、いくつか候補があります。途中から決め打ちしましたが、他の可能性を捨てたわけではありません」

「……そうなんですか」

「魔族か、魔族寄りの混血か。この場で全身を隈なく確認させてください」


 大義名分があるんだ。

 これは断りようが……、ないんですね。分かってますよ。そうにらまずとも。


「せめて男性を呼ぶのは?」

「本件の責任を取れる者が、近くに私しかいません。恥を忍んでいただきたい」


 終わったか、俺の尊厳。

 いや、思い返してみれば、親密でもない女性に裸を見せた覚えはある。露出狂では断じてない。



 この世界に喚びだされた時も、俺は生まれたままの姿だった。

 今日は人生の転機になるね。あらためて、また裸から始めるんだ。

 そう思えば、なんだか悪くない気がしてくる。


 ――季節は巡った。


 すべてを失ったあの夜も、冷たい空気が肌身に沁みる、冬の始まりの頃だっただろうか。





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はじめまして。この物語の案内人、昴の後星(すばるのあとぼし)と言います。

数ある作品のなかから、本作に興味を持っていただけて嬉しいです。


面白そうだなと感じていただけた方は、ぜひともフォローをよろしくお願いします。

応援コメントは、どのような趣旨でも大歓迎です。気になったことなどあれば、ぜひとも質問してください。


また、書き手にとって、レビューはとっても励みになります。

とりわけ長編は判断基準が難しいと思いますが、期待を込めて星ひとつ!といった感じで、気軽に評価していただけたら幸いです。


それでは、この物語が、皆さんの心に届きますように――。

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