転生先が悪逆非道の血みどろ騎士モンスターで詰んだ男、過酷な迷宮で救いを見つける

第1話 モンスターが現れた!


 四人の集団が暗い土で固められた、広くも細くも無い通路を歩く。

 一同の間には緩やかな緊張が漂っており、常に周辺への意識を張り巡らせているようだ。

 先頭を歩くのは急所に装甲を重ね、盾を担いだ重装の少女。

 その表情には余裕とも取れる薄い笑みが浮かんでいる。


 一行はやがて先の見えない曲がり角へと辿り着く。全員の顔付きがより真剣なものへと変わる。

 先頭から離れ後方を歩く軽装の男がそっと前に出て『調べる』。そしておもむろにその場でしゃがみ込み、気配を探っている。

 残る三人はそれを緊張の面持ちで見守りつつ、斥候の護衛、前方曲がり角、後方の元来た道を分かれて警戒する。

 目を閉じて集中している男の口から、小さな声で告げられる。



「……待ち伏せ無し。先に進もう」



 その言葉を皮切りに僅かな安堵が場に流れ、四人の警戒が薄れる。男は先頭を少女に譲り、また後方へと戻る。

 四人はまた歩み始める。言葉は交わさず、しかし確かな信頼と共に『異次元地下迷宮ダンジョン』を歩き続ける。















「……!」



 先頭を行く鎧の少女が通路の先に扉を見つけ、後方のメンバーもそれに気づく。

 少女は逸る気持ちをぐっと抑え、慎重に周辺を警戒する。

 油断している人間を食い物にする輩は多い。飢えたモンスター、最低限のモラルすら持ち得ない同業者、狂った愚かな

 十分な周辺警戒を行ったと全員の意思が一致し、鎧の少女が扉を開く。


 その部屋の中心にはぽつんと焚火が一つ置かれ、その周囲を囲むように丸太が四本。見る者によっては座るのにとても適していると感じるだろう。

 それを見た鎧の少女が駆けだす。三人もそれに釣られて足早に部屋へと入り、速やかに扉を閉める。

 四人はここにきてようやく、『休む』ことが出来た。



「あーっ!!つっかれたー!!アジー!早くこっち来なさいよ!」


「お疲れさんだ、ミリアム。ふへー、やっと休憩だ」



 盾役のミリアム、斥候のアジーが到着早々に丸太に腰掛け、装備の点検を始める。

 続けて軽鎧に長剣の男と黒帽子を被った女性がそれに倣う。



「ふぅ……」


「あら。疲れましたの、ケイン坊ちゃん?」


「んなわけあるか……いえ、ありません、クローカさん」


「うふふ、無理はなさらなくてもいいのよ」



 ぶすくれて不機嫌を滲ませるも、言葉尻を改めるケインにそれを穏やかに受け止めるクローカ。

 主従であり、師弟でもある二人の関係性が垣間見える貴重な瞬間でもあった。

 しかしそれに水を差すようにミリアムがニヤニヤと言葉を投げかける。



「子守りしながらのダンジョン探索は大変ねぇー。あーあー、ちょっとは労ってほしいもんだわー!」


「んだとチビコラ!」


「あ!?喧嘩なら買うわよザコザコ剣士ちゃん?」


「やめねぇかキッズ共。特にミリアム、仮にもリーダーのお前がメンバーを挑発すんな」


「ふーんだ、ザコが悪いのよ」


「こいつ……ケインもだ。こんなカスみてぇな挑発に一々乗ってたらキリがねぇぞ」


「あんたはともかく、このチビが偉そうにしてんの気に入らねぇんですけど」


「似たモン同士がよ……!」



 なんで俺がこいつらの面倒見てんだ……。あんたも手伝えよ!

 視線にそう思いを乗せてアジーがクローカを見るも、ニコニコとするばかりで応対には手を貸そうとしない。

 ただの子供達の戯れだとでも思ってるのだろうか。アジーは頭が痛くなる思いだった。

 今回限りの教導パーティーとはいえ、初めて組むのが腹に何か抱えてそうな主従に、生意気傲慢な盾役少女。

 自分に回ってきたのは体のいいスケープゴートだったのではと疑いたくなっていた。



「だーかーらー教導なんて受けたくないって私始めっから言ったのよ。何が悲しくてこんな足手纏い抱えて……」


「それ以上言うな。後進の育成は先達の義務だ。そう教わってきただろ?」


「なんで一番盗賊みたいな顔してるくせにこういう時は正論吐くのかなぁー」


「顔は関係ねぇだろうがっ!!とにかく、依頼を受けた以上後輩への指導は探索者の義務だ。これ以上文句垂れんじゃねぇ」


「あーはいはいわかりましたー……なんで私がこんなザコの面倒なんか……貴重な時間が……」



 ブツブツと独り言を溢し始めた左隣のミリアムを無視し、アジーから見て右隣のケインと正面のクローカに労いの言葉をかける。

 二人の表情には若干の疲労が見て取れるのをアジーは見抜いていた。



「悪ぃな。コイツも色々あんだ。とりあえず、1階層の中間地点到着おめでとう」


「ありがとうございます。お二人の指導あってのことです」


「どうも……俺戦ってねぇけど……」



 朗らかに微笑むクローカに対し、ケインは不満げだ。

 もっと派手に、かっこよく、ズバリと敵を倒すことに憧れた口であるからだろう。

 そんなケインにも苦笑いで応えるのがアジーだ。



「そりゃあそうだ。前衛職ってのは戦えば戦うだけ損耗する。怪我や装備は魔力や気力みたいに自然回復しねぇ。ここぞという時の為にいるんだよ、お前は」


「でもそれじゃあ強くなれない」


「すぐには無理だな。戦力リソースの拡充は、安定した稼ぎが出来るようになったらだ。歯痒いかもしれねぇが、納得する他ねぇわな」



 迷宮探索初心者であるケインとクローカに、ゆるりと指導する。

 本人は納得いっていないようだが、一旦の理解は示せたようだ。

 そこでケインの視線が、補給品から水を少しずつ飲みこむミリアムに行く。



「あいつはガンガン受けてるけど」


「盾役は損耗を抑えるための立ち回りを叩き込まれてんだ。戦線維持が目的だからな、俺達とは立ち回り方が根本的に違う。……間違っても歯向かおうとは考えるなよ。今のお前じゃ片手で捻られちまう」


「しねぇよ。……しません」


「別にいいよ口調は。無理に直せとは言わねぇ。ただそれくらい教導役とは差があるってのは理解しとけ。無論、俺ともな」



 ダンジョン内における鉄則、戦闘の早期決着の為のリソース確保、維持。

 そのバランスを一手に担うミリアムの技量は類稀な才がある。

 戦況を良く見ているクローカは気づいている。が、ケインがそれに気づくまではもうしばらくかかるだろう。

 アジーはそういう点でも二人の、これからの成長に期待していた。

 野郎二人を他所に、向かいでは小さな女子会が開かれていた。



「どうぞ」


「ありがと……ビスケット?」


「うふふ、はい。坊ちゃんがお好きでして、多めに用意してきました」


「……探索はピクニックじゃないんだからね?食べるけど……おいしっ」


「お、いいね。俺にもくれ」


「俺も……」



 前衛2、後衛1、斥候1の四人一組。

 ダンジョン内ではそう珍しくも無い、新人教導の風景であった。














「───シィッ!!」



 噛みつきを行おうとしたアリのモンスター『アーミーアント』に正面から盾をぶちかまし、上方へかち上げる。

 そのまま上を向いた『アーミーアント』の首元に向け、ミリアムは『渾身』の『こぶし』を繰り出す。

 『バッシュ』による『ふらつき』の影響もあり、その一撃は容易くモンスターの首を粉砕し絶命させる。



「ナメんなっ!!」



 その隙に乗じて左側面から噛みつきを繰り出そうとしたモンスターを、今度は頭側へ思いっきり盾を叩きつける。

 『アーミーアント』の首が横に大きく逸れる。『パリィ』と呼ばれる技能だ。

 そうして隙を作り出したところに、ケインが走り込む。同時にミリアムがバックステップでその場を離れる。

 ズバン!と首が落とされる。まさに『会心の一撃』であった。



「───そろそろ1階層終端だ。ついてこれてるかぁ?」


「ああ」


「問題ありません」



 そう答える二人には強い疲労感が浮かんでいる。

 返事をするケインの足元には斬り飛ばしたアリのモンスターの首が転がっている。

 そして通路の端、燃え尽きたモンスターの死骸を作ったのはクローカだ。

 よく見ればその死骸には投げナイフが何本も刺さっている。触覚や目、関節などの急所に向けて巧みに打ち込まれているのが見て取れる。アジーの援護によるものだ。

 初めての戦闘を経たことによる高揚感にも似た疲労の中、二人は強く返事を返した。



「初陣でありがちな症状だ、落ち着け。これから何百回と同じような経験をするんだ、一回ごとに興奮してたら身が持たねぇぞ」


「そうよそうよ。プップー、ザコはまず身の丈を知った方がいいんじゃなぁい?」


「んだとチビコラ」


「やんのクソザコ?」


「おんなじこと繰り返してんじゃねぇよ!」



 無事地上に上がったら改めて、ミリアムは教導役に不向きだと報告しようそうしよう。

 アジーはそう心に固く誓った。



「ったく。まっ、ケインも分かったろ?あいつの凄さ」


「……うん。盾一枚であんなに上手く捌けるのは、すげぇと思う」


「だろ?普通こんな狭い空間で多対一なんて死んだも同然だ、だがあいつはそれを簡単に凌ぐ。盾があるから俺達は安心して戦える。俺らが抱えるべき不安や恐怖を、全部あいつが背負っていってくれるんだ」



 ミリアムは盾以外の武器を持たない。左手に盾を持ち、右手には拳を握るだけだ。

 小さな体躯にも関わらず、その腕から振り回される盾と拳で容易に敵の意識を刈り取る。

 受け流し、バッシュ、パリィ、その動作から流れるように拳を叩き込む姿は、前衛なり立てのケインから見ても惚れ惚れするものであった。



「当然一番疲労するのもあいつだ。そしてそれを助けるのが俺達。盾役にはちゃんと敬意を払わねぇとな」


「……はい」


「いい返事だ。とはいえ本来、俺もあいつももうちっと深い所で探索してる側だからな。1階のアリんこ程度じゃ負けねぇよ」



 ニヒルな笑みを浮かべていているアジーもまた、普段はここより深い4階層の探索を生業にしている探索者だ。

 新人二人からすれば、二人ともに雲の上と言っていい程その実力には隔たりがある。



「っと、もうボス部屋か。こっから先は今日は行かねぇ」


「ボス部屋?」


「1階毎に最深部には邪魔なデカブツがいるんだよ。部屋に入るまでは何もしてこねぇからボス部屋って呼ばれてんだ」


「今のあんたじゃ逆立ちしても倒せないから入らないことね。プッ、ザコ坊ちゃんは大変ねぇ」


「あぁ!?見てろよテメェなんか一瞬で追い越してやっからな!」


「坊ちゃん、素が隠せてませんよ」


「なんでダンジョンに来てまで子守りしなきゃいけねぇんだよ……!」



 和気藹々とした雰囲気、ダンジョン内ではあるまじきことだ。

 余計な会話は周囲への警戒を怠らせ、感情の高ぶりは判断力を鈍らせる。

 仲良くお喋りしていて不意打ちを受け全滅した、では釣りあいが取れないのだ。



「んじゃリーダー、改めて指示くれ」


「はいはい。行けるとこまで行ったし、戻るわよ───」



 だが、意味のある対話は何よりも得難い結束を生む。

 命を預け、言葉を預け、信を置く。ダンジョンに挑む探索者達は皆、その重要性を知っている。

 いつか『そんなこと話したなぁ』と笑い合う。そんな未来へのちょっとした布石。





 ボス部屋を興味深く見ていた初心者二人に声を掛け、前衛と後衛を入れ替えて元来た道へと振り返る。


















 ただこの瞬間だけは悪手だった。



「───ぇ」



 隊列の一番前に来たミリアムを待ち受けていたのは、首から止めどなく血を流す闇色の騎士甲冑。

 それが両手に構える長身の剣を姿だった。



「《ヴゥ……グォ……」



 ゴトリ。籠手を着けていたミリアムの右腕だったものが通路端に落ちる。


 『血みどろ甲冑最悪の難敵』が現れた。


 それを認識した瞬間アジーは声を発し、ミリアムは吠えた。



「ミリアムッ!!」


「全員今すぐ逃げてッ!」


「えっ、う、うわ、ぁ」


「坊ちゃま!!に、逃げましょう!」


「だ、ダメだ!ミリアムが……!」


「いいから黙って逃げなさいッ!これは『命令』よッ!!振り返らずッ、全速力で走れッ!!」



 ケインは初めて見る『重傷』症状に吐き気が止まらなくなってしまう。

 こうなる可能性は探索者にはいつだって存在する。そんなことは理解しているつもりだった。

 だが、結局はなり立ての新米探索者。頭では理解していても現実を受け入れるにはまだ若すぎた。

 それでも仲間を見捨てまいとするケインをアジーが殴りつけ、檄を入れながら逃走を促す。



「馬鹿野郎ッ!リーダーの命令だ、とっとと逃げるぞッ!」


「でもアイツが!」


「でももクソもねぇ!!あれは今の俺達じゃ勝てねぇ!!あのミリアムが囮になって逃げを命令しなきゃならねぇレベルのやつなんだよッ!!」



 ここより三階下、4階層で戦うアジーとミリアムにすら『戦う』を選べない相手。

 さらに新人二人を抱えて戦う選択肢が取れるほど、二人は勇敢でも無謀でもなかった。



「戻って協会に報告ッ!!……じゃあね、つまんない教導任務だったわ」


「……クソッ、すまねぇ」



 震えて身動きの取れないケインを二人がかりで抱え、分かれ道から帰還を選択。

 残るミリアムは残った右肘から先を一瞬で、かつ無理やりに縛って止血。残った左腕に盾を構えて目の前の騎士甲冑と対面する。

 相変わらず首元からは絶えず血を流し、足元には既に小さな血だまりが出来ている。

 だがダンジョン内の土に吸われるからか、そこまで大きくはならないようだ。通路全体が血で染まり歩行に支障が出る、ということはない。



(『血みどろ甲冑』……ふざっけんじゃないわ、あんたなんでから出て来てんのよ!!)



 『血みどろ甲冑』はここから六つ下、7階層を縄張りとするモンスター。

 全十階層のダンジョンの下層に生息する、強力な呪いをかけられたとされる悍ましき動く騎士甲冑。

 間違ってもこんな所にいていい存在じゃない。


 更にその危険度は同じ7階層に住まうモンスターとは一線を画すと言われる。

 何せこれらは。それも大型の剣から槌、挙句の果てには鞭なんてものまでも。

 奴らは階層全体を徘徊し、死んだ探索者の遺物から武器を奪い、それを振るう。

 よく見ればその背には折りたたまれたクロスボウが背負われている。それも他の冒険者の死骸から奪い取った獲物だろう。


 しかしダンジョン内のモンスターは大原則として。モンスターにも縄張りがあり、それを越えればが発生するからだ。

 ならどうしてこいつがここに?どう対処する?何が効く?

 いや……そもそも時間稼ぎなんてできるのか?これは自分達が戦ってきた相手よりも四つ五つは格上。

 先の『奇襲攻撃』にも一切反応できなかった。その上装甲の間隙を縫って放たれた一閃は、明らかに今のミリアムには手に負えないことを示している。



「……ア゛ァ゛……ヴ……」


「ムカつくわお前……えぇ、最っ高にムカついたわ」



 兜の隙間からは緑色の眼光が怪しく煌めき、くぐもった呼吸音に混ざって嗚咽のような声が漏れ出ている。

 耳障りで、鬱陶しく、胸の内の恐怖を掻き立てられるような。

 だがそれ以上に、ミリアムは腹が立っていた。



(ご丁寧に待っててくれてるってわけ?ふざけんじゃないわよ)



 血みどろ甲冑は既に振り下ろしの態勢ではなく、剣を両手で構え臨戦態勢を取っている。

 その姿はさも、自身は高潔な騎士である。故に『待つ』。とでも言いたげだ。

 それがミリアムの激情を掻き立てた。



(私は盾として皆を護る義務がある。あんたみたいなやつから)



 奇襲に死体からの簒奪、おまけに血でそこら中汚染しておきながら戦いの場だけは高潔であろうとするその矛盾が。

 それに片腕まで持っていかれた弱い自分が、何よりも許せなかった。

 盾を斜めに構え、勝ち目のない防衛線に身を投じる。

 それだけの覚悟が今のミリアムには滾っていた。



「上ッ等じゃない……ぶちのめしてあげるッ!!」



 どこまでも誇り高き少女は盾を構え、『戦う』選択肢を取った。

















(あぁぁぁ!!僕は、僕はただ話がしたかっただけなのに!!どうして!僕の言うことを聞かないんだこの身体は!!)



 後に『血みどろ甲冑・異常個体』別名『血を通わせる者』と呼ばれるようになる異世界転生者。

 彼の心の内は大絶叫していた。









用語解説


異次元地下迷宮ダンジョン ダイダロス』


 全10層からなる、世界を造り上げた神が戯れに作ったとされる迷宮の一つ。

 その歴史は世界創生紀にまで遡るとされているが、完璧にそのルーツを知る者はいない。

 1パーティー単位で入場できるが、複数パーティーがほぼ同時に入ったとしても中で遭遇するとは限らない。

 入場者は毎にそれぞれほんの僅かに違う次元に取り込まれているからだとされている。

 現在この世界の人間が構造を解明できた階層は6層まで。それ以降は現在も調査中。



 その最奥にはあらゆる願いを叶える秘宝があるとも、あらゆる知識を識る本があるとも言われているが、定かではない。


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