君との約束は過去の中に

ただ仁太郎

第1話 都会での生活


 「私は大きくなったら、アキラ君のお嫁さんになるの。」


笑顔で僕に宣言する少女の記憶。それは懐かしい思い出。


それに僕はなんて答えたのか記憶が定かではない。


久しぶりに懐かしい夢を見た。


都会の朝、閉め切ったカーテンの隙間から漏れる太陽の光。


それは、無情にも僕を現実へと引き戻す。


思えば、大学進学を契機に僕は地元の田舎を出た。


それ以来、あの子とも疎遠になった。


「疲れてるのか。」


連日の残業で疲れがとれない中、昔の記憶が夢として現れた。


普段はそんなこと考える余裕すらないというのに。


僕はトーストをかじり、スーツを着て、身なりを整え、職場近くの独身寮を後にした。


「愛沢君。寝てないんじゃないのか?目の下にクマがたまっているぞ。」


「ははは。大丈夫ですよ。」


「君は一人で抱え込む癖がある。何かあれば、君の教育係でもある私に相談してくれ。」


僕に声をかけてくれたのは、上司の愛姫さん。僕の直属の上司にあたる。


愛姫さんはいつも僕を気にかけてくれる。


僕が大口顧客へのプレゼンに失敗した時も、最初に励ましてくれたのは彼女だった。


それ以来、僕は必死で働いた。


いつまでも甘ったれた学生気分ではいられない。


そう思ったのだ。


以来、僕の営業成績は社内でも上位になった。


忙しくも、充実感のある毎日。


田舎時代、あれほど憧れた都会での充実した日々。


今、僕はそれを叶えている。


都内某所居酒屋にて、僕は待ち合わせをしていた。


「アキラ君、お待たせ。遅れてすまなかった。」


「いえいえ、全然待ってませんよ。愛姫さん。」


「プライベートで『さん』付けは距離を感じるぞ。」


「ははは。すみません。」


「また、敬語。」


実は僕たちは付き合っていたことがある。職場では秘密だが。


初めは先輩と後輩という関係性だった。


だが、キャリアウーマンとしても一人の女性としても、魅力的な彼女に僕はアプローチをかけた。


けれども、ある時から彼女から別れを告げられた。


仕事を優先したかったとの理由だった。


以来、僕ら二人は友人として居酒屋に行くような関係に落ち着いた。


そして、今に至る。


「すっかり酔ったな。送っていってくれ。」


「愛姫さん、飲みすぎですよ。明日も仕事なんですから、ほどほどにと言ったじゃないですか。」


「ああ。すまない。でも、君と一緒だと、安心してついつい飲みすぎてしまうんだ。」


「今、タクシー呼びますから。」


僕はタクシーを呼び、彼女を家まで送った。


その後、僕は一人、帰路に着く。


見慣れない道だ。


普段通らない道を歩いていると、見慣れない小川がそこにある。


「こんな都会にも、こんなところがあるんだな。」


僕は小川近くの橋で足を止め、小川を眺めた。


幼少期の僕は初恋のミナとよく実家近くの小川で遊んでいた。


もう何年も帰っていないな。


今度の休日に実家に帰ろうかな。


「ずっと一緒にいよう。アキラ君。」


脳裏に急に当時の記憶の断片がよみがえる。


これはミナが僕に言った言葉。


僕らは手をつないで、田園風景のある道を一緒に歩いた。


思えば、君との約束もいつしか、過去のものとなってしまった。


僕は独身寮の自室にて、ベッドへダイブした。


それから、朝になり、いつもの日常がまた始まる。


翌朝、出社すると、昨日あれほど、酔っていた愛姫さんが、復活していた。


「おはよう。愛沢君。突然だが、君に二週間の出張を命ずる。」


「出張ですか。急ですね。」


「それについては、すまない。私も今朝知らされた。○○県の○○市にできた支店への応援に行くようにとのことで、君が適任だと、部長から推薦があったみたいでな。」


「そうですか。あそこには支店ができたばかりだと聞いています。分かりました。」


偶然にも、愛姫さんから知らされた出張場所は実家近くだった。


故郷にも帰ろうと思っていたんだ。ちょうど良いかもしれない。


僕は懐かしい記憶を思い出しながら、荷造りを始めた。

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