天女が棄てた羽衣㉔

 常男には、あの時話せなかったことがあった。

 話せなかった、話さなかった、結果として見れば、そこに大差はない。

 ナツコはおろか、みるくや支配人、当時を知らない全ての人間に貫いてきた黙秘だ。

 もみじが針の埋まった胸を露わにした直後の観客の反応は、身を案ずるなどという生易しいものではなかった。

 酔いが回った観客たちの野次や怒号は、高笑いの渦に紛れて有象無象に亂射らんしゃされていた。

 観劇のマナーや治安が、現代より遥かに未整備だった時代である。飲んでいたワンカップの瓶や缶ビールを、揶揄うようにもみじめがけて投げつける者もあった。


 ────醜悪。

 事態を整理できず、二階席で呆気に取られていた常男がそれでも観客の反応に抱いた感想はこの一言に尽きる。

 低俗な野次など今に始まったことではなかったが、明らかに度を越した粗野な観劇態度にはいよいよ辟易した。

「戻れ!」

 常男は舞台上のもみじに向かって怒鳴った。

 叱責ではない。もみじを、怪物じみた観客たちから守りたかった。

 痛みと混乱にさいなまれながら楽屋へと退散したもみじを尻目に、常男は群衆への憎悪を募らせていた。


 翌日、気分の悪さを持ち越していた常男は四巡目、遂に忌まわしいゆず葉の自裁に立ち会うこととなる。

「最後に、わたしの渾身のショーを見せてあげる」

 そう叫んで膣内からライターを取り出したゆず葉は、一瞬にして全身に炎を纏った。

 ────魔が差した、とはこのことであろうか。

 常男は気付くと、

 火だるまのゆず葉は、焦げ尽きるまで、その盆の上でゆっくりと回転していた。

 緩徐に回る盆とは対照的に、ゆず葉は炎という光背を負った乱舞の鬼神だった。

 常男は押下したボタンから指を離せぬまま、瞠然と全てを見届けていたのであった。

 咄嗟の行動がただの理性の欠如によるものだったのか、それとも憎むべき観衆への当てつけだったのか。はたまた、技師としての狂った執着だったのか。今となっても、あまりの恐ろしさから自己分析の機会は設けていない。

 しかし、ゆず葉の死に様でさえも見世物に仕立て上げてしまった自身への悔いがこの先消えるはずもなく、また、ゆず葉本人への詫び言も、どれだけ念じたところで足りないことだけは重々承知している。

 だからこそ、常男は一生涯、ネオアートで技師を務めなければならないのだ。逃げることは許されない。命尽きるまで、踊り子の舞台を照らし続ける。それが、常男にとっての償いなのである。

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