第25話 ひでりがみ
凍り付いた
「先手必勝――」
抑揚無い呟き。腰のホルスターから十四年式拳銃を
距離にして数十
当たるはずもない――、とミエコは高をくくっていた。
地下修練場で撃っても撃っても、拳銃では
泥山の上で巨眼の怪異が
「嘘ッ⁈」
「お嬢様! こちらです!」
志乃も追撃の手を緩めない。彼女はミエコを庇うよう、少しずつ体を寄せながら立射姿勢で発砲を開始した。
バタンッ、バタンッ、バタン!
割れんばかりの銃声に思わず躯が引き攣った。地下修練場でボルトアクションの
――凄い。
それどころか。
発砲に合わせ、怪異が三度大きく仰け反っている。着弾時に白い靄のような光が弱々しく放たれるが、日の光に紛れ良く見えない。
「当たってるの……」
あれだけの反動を制御し、数十
毛むくじゃらの異形が、もんどり打って倒れようとしている。夏の光線を浴びて踊る様は、
――お、終わったの?
残されたのは、
だが――。
「来るぞ」
御影大佐が手際よく十四年式拳銃の
途端に響き渡ったのは絶叫。
雄叫び、
その眼――赤々と腫れ上がった患部のような、見る者に
真昼の夏でもハッキリと視認できる。
異常を認めた途端、瞬きする間もなくミエコは叫んだ。
「あッ、……熱いッ!」
熱波。
焚き火の熱が離れても肌を焦がすように、怪異の方向から熱を伴う敵意が襲い掛かった。
「お嬢様!」
志乃が空かさずミエコの盾になる。爆発的ではないと言え、夏に
「……まさか」
御影が薄手の外套を盾代わりにしながら、意外そうに呟いた。
数秒も経たず、さらなる異変が起きた。
志乃の肩越しに眼を細めて見れば――、泥岩の前に残されていた泥水の池がグラグラと煮立つように泡立っているのが見えた。
――池が。
――池が煮立っている!
驚くのも束の間、短兵急に炸裂音にも似た轟音を静穏な
水だけではない。泥水が突沸し、膨大な量の湯気が弾け、湖底の乾いた泥が粉塵状に舞い上がり、池全体を覆うように勢いよく広がった。熱風が肌に襲いかかり、志乃のスカート、御影の外套がバタバタと風に瞬く。
「なッ、何なのッ!」
突風が寸時収まり、目を開くと――茶で
――見失った。
ミエコが銃口を僅かに震わせながら志乃の前に出た。池の端を見ても見通しは頗る悪い。
「……岩の前に残された泥水。面積比でも微々たるものだが、湛えていた水量はそれでも相当な量だろう。
矢張り抑揚がない。
御影はあの熱線と熱風を浴びたにも拘わらず、酷く涼しげで汗一つかいていないのも相変わらずである。口の端を僅か歪ませ、拳銃をホルスターに仕舞った。
「……気象を操る怪異。恐らく
「
志乃が珍しく怒声を荒げた。
「お嬢様、敵は何処から来るか分かりません。私の傍を離れないでください」
「わ、分かったわ。でも、
熱に当てられ、ジリジリと汗だけが噴き出る。何処から来るか分からないという事が、これほど怖ろしい事だとは――、ミエコの背筋に冷や汗が流れた。
「何はともあれ距離を取ることです。この霧が晴れるまで一時退散するのも手です、お嬢様」
自動小銃を構え周囲一帯に視線を流しながら、後退を促した志乃であったが、辺り一帯に立ち篭める霧を見る限り、然う上手くは行きそうにない。
「三十六計逃げるに
池を囲む森林。
来た道を戻ろうにも、妖しげな霧は
「覚悟を決めるんだな、
御影がするりと腰に下げた日本刀を抜刀し、白刃を虚空に掲げた。
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