第3話 何を召喚するの?
「……き、気味が悪いわ」
「確かに、ね」
ヴァージン館3階の大鏡――否、
「何で……、和風なのかな」
磯子が声をか細く震わせながら問いかけた。確かに不思議だとミエコも思う。
尖塔を戴く礼拝堂、重厚な柱廊、
にも拘わらず――。
「これと
敷地の外れ――、ウルスラ館の北東側にひっそりと建つ小さな
高さは1メートルもないのだが、どう見ても神社や仏堂の類いである。周囲は
そして眼前の古鏡である。
「
青白い月光を頼り目を凝らす。
高さ
異様。
異口同音に皆が言う。
そして怪談じみた
「で――、磯子」
「……?」
「願い事は?」
「そ、そうだった!」
ぽかんとしていた磯子の顔が、はっと我に返った。
緊張と不安が滲み出る磯子に苦笑いを浮かべた――その姿が鏡に映る。月明かりに淡く浮かぶ自分達の姿に、ミエコは不思議な高揚感を覚えた。
鏡は真実を映すもの。
だが、今はどうだろうか? この
「……Thee I invoke, the Bornless one…… (汝、生まれざる者よ、私は汝を呼び求める)」
磯子が耳慣れぬ英語らしき呪文をブツブツと唱え始めた。その姿を見てミエコの胸は俄にざわめいた。
――
磯子は静まりかえった校舎で
だが、捧げられたからといって
願いは大抵、
それは一体……?
逡巡する問いに首を傾げていると、鏡の様子がおかしいことにミエコが気づいた。
「え――」
明るい。
灰色がかっているが、確かにぼんやりと光を帯びている。決して月明かりではない。ミエコは光源たる三日月が雲に陰っているのを窓の外に認めた。
反射で光っているのではない。
では――。
「い、磯子……」
ちょうど呪文を
「噂だとね、今言った呪文を唱えてから、心の中で願い事を……」
磯子が両手を組んだまま目を瞑っている。
彼女の長髪が風もないのに僅かに揺らぐ。
――揺らぐ?
ミエコは思わず眉を顰めた。揺れている理由が分からなかったが、数瞬の凝視と共に明らかになった。
視界の片隅に映るもの――薄ぼんやりと浮かび上がる『何か』だ。この古ぼけた鏡から黒灰色の帯のようなものが
『よこせ――』
「な……、なに?」
『よこせ――、精気を――』
酷く
鏡の前。
徐々に形を成す奇妙な塊を漸く認識出来た。不純なる願いを捧げる少女に鏡から帯が――、いや、
「い、磯子ッ!」
ミエコは思わず声を荒げた。鏡から伸びた長く気色悪い舌が、
「だ、駄目ッ!」
明らかな異常。
見慣れぬ
突然の行動に磯子が驚き振り返った。
その目は大きく見開かれ、驚愕と戸惑いに呆然と口が開かれ、その眼は
「み、ミエコ……?」
必死の形相で掴んだ『舌』。
肌に纏わり付くような生き物じみた触感。にも拘わらず冷たく、それでいて弾力のある空気の塊のような
刹那、
「――い、いやぁッ!」
「磯子!」
暗闇を切り裂く悲鳴が木霊する。いけない――、耳に
磯子の身体が強烈な力で左右にガクガクと揺らされ、その顔は苦悶に歪む。
揺れる衝撃で
「く……! な、なにか!」
周囲を見回しても妥当な
眼に映るものは鏡と壁と、闇に沈む教室ばかり。たとえ何かあったとしても、この化け物を放置したまま離れることなんて出来ない。
素手では
ボロそうな癖に造りだけは頑丈なのだ。ガッチリと壁に埋め込まれている
――駄目。
今まで色んな危機があったけど、全部なんとかしてきたじゃない。気に食わない
だったら――。
高ぶった感情は転じて鬨の声へ。
「こ、こんのぉおおおおッ!」
強く握り締めた拳に乗せるのは怒り。
助けたい想い。全身全霊の力を込めてミエコは大きく振りかぶり、その
バチンッ、とゴムが弾けるような音が一帯に響き渡り、同時に目を眩ますほどの
眩しさに視界を奪われながらも、確かな手応えを感じたミエコは眼を細める。俄に悶絶する嗄れた叫びがミエコの耳を聾し、磯子の身体を巻いていた舌が苦しみ、のたうつ。
しかし。
「磯子――ッ!」
卒然、バリバリと
ミエコの絶叫が、救われぬ夜空に木霊した。
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