第1話 乙女の噂話
「それホントなの?」
「モチよ、モチ。
くすくすと笑みを浮かべる
「たまに何人か抜け出してヤッテるみたいよぅ。勿論、舎監に見つかったらただじゃ済まないでしょうけどね、ほほほ」
「たいていただの怪談噺よねぇ。女学校の時も似た話があったけれど、ただの
初江に比べると貧相にも見えてしまう僅かに痩けた頬に手を添えながら、磯子が天井を仰いだ。貧相じゃない、初江がふくよかなだけだ。ミエコは改めて彼女達にさらりと視線を流した。
赤みがかったサージのセーラー服の下、体格差が誰の目にも明らかだ。別に誰も悪くないのに二人が揃い、自分が座れば自然と『大中小』になってしまう。
「でも磯子さん、ここはただの学校ではなくて?
「お化け、ねぇ」
疑念と呆れを綯い交ぜにした溜め息を漏らす磯子を尻目に、ミエコは微かに鼻を鳴らした。
「――面白いわね、それ」
僅かに姿勢を直し前のめりになった。
「少なくとも退屈な学校生活には、そういうのがあって然るべきね」
――私立聖ウルスラ高等女学校。
東京
噂に聞けば、他の私立学校では全寮制に厳格な規律を課しているようだが、それに比べればまだまだ此処は自由な世界に違いない。「退屈って言っても、外に自由に出られるだけ全然良いじゃないのぅ。お陰で
――そう。
それはそうなのだ。
でも、足りない。
「男友達って言っても、もうホント変わったよねぇ。皆
世相は厳しい。
自由の風はいつの頃から
耳目を集めるのは
肝心の学校にも戦争の影が伸びる。
御真影を置くのか置かないのか。
「だからこそ――、よ」
ミエコの丸みを帯びた
「こんな時代だからこそ、そういう面白そうな
――楽しみすぎると怪我だけじゃ済みませんのよ。
盛り上がる3人の会話に
「何をお話になってたのか存じ上げませんけれど、――
釣り上がった目尻に鋭い眼光。冷たい視線が彼女の
一体いつからだろうか――、最初からだったか。
冷たい物言いと丁寧に侮蔑するその言葉遣いから、気がつけば彼女は自他共に認める
だが、それ故に。
「大きなお世話よ。退屈こそが私達女学生の敵なのよ。だから少しは派手にしたって、
ミエコが投げつけるように意趣を返すと、冴子が眉を
「だいたい
ここからは定型文だ。
何度も面と向かって聞かされているミエコは、
――ピアノも舞踊も生け花も、女の嗜みらしいことを全くしない。
――校庭で
――学外から車を持ち込んで暴走させる。
――謝肉祭で花火を大量に爆発させる。
――街の
何も恥じることはない。
「それに……、
最後のそれが最近追加された事実だ。
――お父様には悪いけど、
これも全く批難の的にはならない。ミエコが余りにもアッケラカンとしている様子を見てか、冴子が井戸の底より深い溜息を吐いた。
「……貴女はいつも、……全く」
言葉が通じないと分かると、肩を落として元気なく去って行くのも、やはり定型通りだった。
冴子の背中を見送った所で鐘が鳴る。
始業の――、そして退屈な日常の。
「それにしても……、願いを叶える鏡、ねぇ」
机を元に戻しながら磯子が呟いた。乙女の溜め息には何かが秘められている。その事実が身に染みている初江が興味ありそうに尋ねる。
「なに、
「そ、そんなんじゃないわよぅ。ただね……、私、」
――やってみようかしら。
磯子の不安な呟きに、マネキンのように整った神宮司ミエコの顔は俄に喜色を浮かべ、その瞳が爛爛と輝いていた。
次の更新予定
2025年1月11日 21:00
可憐に撃つべし!~お転婆令嬢、昭和の闇に怪異を討つ~ 月見里清流 @yamanashiseiryu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。可憐に撃つべし!~お転婆令嬢、昭和の闇に怪異を討つ~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます