第16話

 突然扉が開いて倒れ込んで来たのは、二人の子供だった。


「ミア様、リロイ様」


 メアリーがその子達の側に駆け寄り名前を呼ぶ。


「大丈夫ですか? お怪我は?」

「だ、だいじょーぶ」

「平気よ」


 メアリーに助け起こされて、子どもたちはその場に立ち上がった。


 フワリとした焦げ茶の髪をツインテールにした少女と、さらりと真っ直ぐなアッシュブロンドの髪をした男の子だった。

 誰だと尋ねるまでもなく、ボルトレフ卿の双子の子供だろう。


「また覗きに来られたのですね」


 ため息と共にメアリーが言った。


「だって、本物のお姫様に早く会いたかったんですもの」

「だからと言って、覗き見はいけません」

「ねえ、目が覚めたのね」


 メアリーの苦言も意に介さず、少女の方がジゼルに向かって走ってきた。


「ミア様」

「ミア、ぼくも」

「リロイ様まで」


 少年もするりとメアリーの脇を抜けて、ミアの隣に走ってきた。


「こんにちは」

「こ、こんにちは」


 挨拶されてジゼルは笑顔で返事を返した。


「わあ、とても綺麗ね」

「ほんとだ。本物のお姫様だ」


 ミアはボルトレフ卿と同じ赤い瞳をしていて、リロイは深い藍色の瞳をしている。

 二人は両の眼をキラキラさせてジゼルに話しかけてきた。


「あ、ありがとう。あなた達も素敵よ」


 ジゼルがそう言うと、二人は互いに視線を合わせ、嬉しそうに微笑んだ。


「聞いてみようか」

「そうだね」


 二人で何かコソコソ耳打ちしあっている。


「どうしたの?」

「あの、お聞きしてもいいですか?」

「何かしら」 

「あなたが新しい私達のお母様になる人?」

「え?」

「リロイ様!」


 メアリーが慌てて叫んだ。


「だって、皆が噂しているよ。お父様が綺麗な女の人を連れてきて、ご自分のお部屋に滞在させているのは、将来その人をお嫁さんにするからだって」

「お父様のお嫁さんってことは、私達のお母様だよね」

「え、こ、この部屋って、メ、メアリー?」


 まさかこの部屋がボルトレフ卿の私室だと聞かされ、ジゼルは部屋中を見渡した。


「それを今申しあげようとしたのです」

「それに、何か誤解されているようですけど、私とボルトレフ卿との間にそんな噂が?」

「どうやらそのようだ」


 入口から声が聞こえて、皆でそちらを見ると、ボルトレフ卿が立っていた。

 後ろにはグローチャーもいる。


「お父様」

「ミア、リロイ」


 子供たちが父親の元へ勢いよく走っていき、屈んだボルトレフ卿が両腕を広げて二人を受け止めた。


「こら、騒がしくしては駄目だろ。彼女は病気なんだから」

「だって」

「だってじゃない。すまない、子供たちが勝手に」


 両腕で一人ずつ子供達を抱えあげ、ボルトレフ卿はジゼルの側へ歩いて来た。


 二人一緒に抱き上げてかなり重いだろうに、彼は軽々と抱えあげている。

 

「す、すみません、あなたの部屋を占領してしまって」


 ジゼルは慌ててベッドを降りようとする。


「いや、そんな。急に動いてはいけない」

「え、あ」

「王女様」


 クラリと目眩に見舞われ、ベッドに手をついたジゼルにメアリーが駆け寄る。


「メアリー、ありがとう」

「まだ病み上がりなのだから無理をするな」 

「そうですよ、ジゼル様」

「ジゼル様、だいじょーぶ?」

「ええ、ごめんなさい」

「謝ってばかりだな」

「すみません…あ」


 また謝ってしまって、ジゼルは口を閉じた。


「ここ、あなたの部屋だったのですね」

「気にしなくていい。急だったから使える部屋がここしかなかった。俺はどこでも寝られる」

「でも…」

「病人が気を遣うな」

「そうだよ」


 ミアが父親の腕から降りて、ジゼルのすぐ側に近寄ってきた。


「病人はわがままを言っていいんだよ」

「そうだよ。僕たちも病気になったら、何でもわがままきいてもらえるんだ」


 リロイも下に降りてきて、ミアと同じようにベッドに頬杖をついて並ぶ。

 その可愛さにジゼルは胸を撃たれた。

 ジュリアンの幼い頃を思い出して、懐かしい気持ちにもなった。


「病人はまず治すことを考えろ。色々考えるのはそれからだ」

「そうですよ、ジゼル様、大将は廊下でだって何処だって寝られるから、気にしなくていいです。屋根のある所ならまだマシですから」

「廊下は大袈裟だ。今はリロイの部屋にいる」

「リロイは私と一緒だよ」

「リロイのベッドだと足がはみ出してるけど」


 五歳児のベッドに横たわり、足がはみ出している姿を想像して、ジゼルはクスリと笑った。


「少し顔色は良くなったが、無理はするな」 

「はい」


 ジゼルは素直に頷いた。


「そろそろ引き上げよう、あまり長話は良くない。もう少し後で出直そう。ミア、リロイ」

「はいお父様」

「また来ますね、ジゼル様」


 父親が伸ばした手に二人は小さな手を重ねた。

 それもまた微笑ましく、ジゼルは自然と口元を綻ばせた。


「あ、あの、ボルトレフ卿」


 彼らが部屋を出る前に、ジゼルはボルトレフ卿を呼び止めた。


「何か?」


 彼は立ち止まり、その場で振り返った。

 グローチャーが彼の手から子供達を引き取り、「先に行きますね」と連れて行った。


「あ、あの、色々とご迷惑をおかけしました」

「病気になったのは君のせいではない」

「はい、あの、卿が馬で私を運んで下さったとか、あ、ありがとう…ございます」

「俺の馬が一番速かったからだ」

「はい、あの、それで…」


 ジゼルは扉の前に脚を広げて腰に手を添えて立つ彼に、何か言たそうにするが、なんと言えばいいのかと言い淀む。


「何か?」

「あの…私…熱のせいで朦朧として…その、あまり覚えていないのですが…その、何か…変なことを申しませんでしたか?」

「変なことと、とは?」

「いえ、その、うわ言のような…少々熱に浮かされて、おかしな夢を見たものですから」

「うわ言…ねぇ」


 彼は顎に手を当てて考え込む。


「確かに魘されて何か言っていたように思うが、馬の蹄の音やらで内容までは聞き取れなかった」

「そ、そうですか。なら、いいのです。お引き止めして申し訳ございません」


 ジゼルはそれを聞いて、明らかにほっとしていた。


「後で何か消化のいいものを届けさせる」

「ありがとうございます。何から何まで」


 ジゼルが改めて頭を下げる。

 

「なるべく早くお部屋を引き渡します」

「部屋の用意は出来ているが、慌てる必要はない。用件はそれだけか?」

「はい、お引き止めして申し訳ございません」

「いや、構わん。では、ゆっくり休め」


 ボルトレフ卿は、そう言って部屋の扉を閉めて立ち去った。


「さあ、姫様、もう少し横になってください」

「ありがとう、メアリー」


 扉の前に立つボルトレフ卿の耳に、侍女とのやり取りが聞こえてきた。


「一体、何を経験していたのか」


 ボソリと彼は呟いた。

 彼女にはああ言ったが、耳のいい彼には断片的ではあるが、ジゼルの声は聞こえていた。


『赦して、ごめんなさい』


 彼女は何度もそう言っていた。 

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