第14話

 いきなりボルトレフ卿から食べ物を突きつけられ、ジゼルは戸惑った。


「なんだ? テーブルのない場所での食事はいやか?」


 ジゼルの躊躇いを、彼は別の理由だと思ったようで、鼻白んだ。


「大将、そんな風に怖い顔で言われたら、ビビるってものですよ」


 グローチャーがやんわりと窘めた。


「別に…オレの顔は」

「どうぞ、遠慮なくお召し上がりください」


 グローチャーがニコニコと笑ってジゼルに言う。

 メアリーはハラハラと見守っている。


「あの、ボルトレフ卿、私は『人質』です」

「それがどうした? 『人質』だからと、水も食事も与えないような野蛮人ではないぞ。姫は人質がどういう扱われ方をされるのかご存知なのか」

「いえ、そういうわけでは…」  

「なら、これが我々流の『人質』に対する扱いだ。もっとも人によって異なるが、甘んじて受け入れろ」


 そう言って、さらに手に持ったパンを突きつけてくる。


「で、では…遠慮なく」


 おずおずと彼の手から食べ物を受け取ったジゼルだったが、今度はそれをどうやって食べればいいかわからない。


 ちらりとボルトレフ卿を見ると、彼はまたナイフを取り出して、もうひとつ同じ物をつくり、出来上がったそれを大きな口でパクリと頬張った。


(ま、まるかじり!?)


 彼の食べ方を見て、目を丸くしてジゼルは自分の手にあるパンを見た。

 メアリーを見ると、不安げながら頷いている。

 郷に入っては郷に従えと言うが、ここは同じようにするしかない。


 思い切ってジゼルは下を向いてひと口齧った。


 パンは焼きたてなので、小麦のいい香りがして柔らかく、チーズやハムと一緒に口にすると、色々な味が同時に口の中に広がった。


「美味しい」


 思わずジゼルは言葉を溢した。


「そうだろう」


 声がしてボルトレフ卿を見ると、彼は既にひとつ目を食べ終え、次のパンを切り分けていた。

 メアリーもグローチャーから同じ物を受け取っている。


「姫様と一緒になど、いただけません」

「ここではそんな階級は関係ありません。食事をする時間は一緒ですから」


 王宮でも使用人たちと同じ席で食べることはなかった。嫁ぎ先でも同じだ。

 だからメアリーの戸惑いもわかる。


「メアリー、私のことは気にせず、あなたも食べなさい」

「ですが、姫様」

「そうだ。ここは我々の方針に従ってもらおう」 


 少年も少し離れた場所で既に黙々と食べ始めている。それを見てメアリーも遠慮がちに食べ始めた。


「おいしい」


 もう一度ジゼルが呟いた。


「こういう場所で食べるのもいいだろう?」

「はい」

「言っておくことがある」

「はい」


 ボルトレフ卿がジゼルに向かって改まった言い方をしたので、ジゼルはピシリと背筋を正した。


「そんなに緊張しなくていい」

「何でしょうか」

「うちは集団だから統率も必要だし、命令系統はしっかりしている。上からの指示は絶対だ」

「はい」

「だが、身分や序列はない。だから人質だと言って卑屈にならなくてもいいが、逆に王女だからと奉ることはしない。出来ることは自分でする。それがうちの流儀だ。最初から出来るとは思っていないが、いずれ仕事を割り当てる。そちらの侍女殿の世話になってもいいが、そのつもりでいてくれ」

「わかりました」


 労働をしろと言ってるのだとわかり、ジゼルは頷いた。


「本当にわかっているのか? 掃除や洗濯をしろと言っているのだぞ」


 ジゼルがあまりに素直に返事をするので、ボルトレフ卿は驚いていた。文句の一つでも言われるのだと思ったのだろう。


「出来るかどうかわかりません。でも、仰る通りに致しますし、はやく出来るように努力いたしますわ」


 人質を申し出たときから、どんな待遇にも耐えるつもりだった。

 最初からうまく出来るとは思えないが、やる気はあることを示した。


「姫様にご不自由はさせません。私にお任せください」

「いいえ、メアリーに頼ってばかりはいられません。ボルトレフ卿、何なりとお申し付けください」


 そう言って、ジゼルは頭を下げた。

 さらりと小麦色の髪がひと房外套のフードから零れ落ちた。


「う、うむ…殊勝な心掛けだ」


 それから再び一行はボルトレフ領へ向けて出発した。

 

「思っていたのとは違ったわね」


 馬車の中でジゼルがメアリーに話しかけた。


「さようでございますね。でも姫様、掃除など無理になさる必要はございません。私が二人分頑張ります」

「だめよ。それでは示しがつかないわ。それに、一度私もそういうことをやってみたかったの。うまく出来るかわからないけど」


 それはやせ我慢でもなんでもなく、ジゼルの正直な思いだった。

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