アイツ以外には無慈悲な雪の女王【カクヨムコン10短編】

尾岡れき@猫部

アイツ以外には無慈悲な雪の女王【1/3】



「ねぇ、親友?」


 にっこり笑う声に振り返るまでもない。小鳥遊紗雪たかなしさゆき、俺の女友達親友だった。校内では【無慈悲な雪の女王】なんて呼ばれる紗雪だが、俺にとっては、何でも言い合える親友と言える。冷徹無慈悲な雪の女王というあだ名が不釣り合いと思うくらい、よく笑う。


 そりゃ、好きでもない相手、知らない相手から告白のオンパレードを受けたら、切り捨てたくもなるその気持ちは、分からなくもない。斬り捨てられた男子達は可哀想だが、見ず知らずの男子の心情よりも、親友の精神衛生の方が俺には重要だった。


「お昼ご飯、一緒に食べよう?」

「良いけど、あの子達は良いの?」


 ちらっと、いつもグループで話している女子達を見やる。


「良いの、良いの! 全然、大丈夫!」


 間髪入れず、女子達が反応する。何故か目を逸らされた気がするのは、どうしてか。中学の時から思っていたが、紗雪は友達に恵まれていると思う。こうやって異性の友達を尊重してくれるのだ。


「ありがとうね」


 俺はペコリと頭を下げると、なぜか「ひっ」と息を呑む音と。それから、あっという間に背中を向けるのは、どうしてか。そりゃ、イケメンと言われる連中には程遠いが、あからさまなその反応は、流石に傷つくって。


「章?」


 狭間埜章はざまのしょう。どこにでもいそうな顔なのに。どうしてか、やけにクラスの女子に恐がれている、男子ぼっち。それが俺だった。





■■■





「親友、今日も作ってきたよ」


 にこにこ笑って、紗雪が言う。

 いつものように。


 とん、と目の前に置かれた、お弁当箱が一つ。お重三段。クラスメートの視線も、このスペシャルなお弁当も、もう慣れた。


 ――親友ならこれくらい当然だよ。


 母親といつの間にか密約を交わし、お弁当を作る段取りになったのは、いつからだろう。中学からの腐れ縁とはいえ、やけに親密だと自分でも思う。紗雪なら、彼氏の一人や二人――いや、二人はまずいか。二股じゃん。――でもつくれるはずなのだ。今度のクリスマスイブだって……。


「ねぇ、章? 今度のクリスマスイブ、予定をちゃんと空けてくれているよね?」

「……空けているけど、俺で良いの?」


 紗雪と過ごしたい男子なんてごまんといるし、クリスマスパーティーを興じたいはず。なのに、紗雪はまったく――微塵も関心を示さない。


「えへへ、また〝La Reine des neigesラ・ヘン・ディ・ネイジュ〟を一緒に観たい」


 かの世界的テーマパーク、ネズミーランドが配給・製作した「アンナと雪の女王」の海外版、タイトル。実際に海外版を観るワケじゃない。好きなくせに良い年してと、恥じらっているから。それならフランス読みしたら格好良いんじゃないと、言ってあげた気がする。


 だって、良いじゃん。

 好きなモノは好きで。


 なんとなく、その言葉だけは憶えている。


 それまで凍りついたかのように、ニコリともしなかった紗雪の表情が、溶けてしまったかのように、満面の笑顔を見せた。見惚れたのは、きっと俺だけじゃないはず。


 そんなことを思い返しながら、コクンと頷くと、紗雪はさらに満面の笑顔を咲かせる。


「良かった、嬉しいっ」

「大げさな」


 俺は苦笑する。そう言いながら、この約束は流れそうな気がしていた。だって、予報ではすでに大雪警報。天気予報を信じたら、帰宅難民勢になりかねない。


「絶対、約束だからね」


 笑顔を溢しながら、紗雪は箸を取る。箸は一膳、紗雪の分子か用意されていないのは、いつものこと。


「……あの、紗雪? 俺、一人で食べられるから、箸を――」

「だぁめ。章は食べるの速いんだもん。それじゃ、すぐにお腹が空くし、胃も悪くなっちゃうよ」

「いや、それはよく分かったから。肝に銘じて、ゆっくり食べるからさ」

「章? もしかして恥ずかしい?」


 うん。このやりとりは、何回目だろう。今日も俺は、往生際悪く、抵抗を試みて。そして、結果は――。


「恥ずかしがらなくても良いのに。親友なら、これぐらい当たり前だよ」

「そ、そうだよね?」

「うん」

「だから、はい」


 開けられたお重は、相変わらず豪華絢爛だった。冷凍食品、一切なし。全て、手作りというから恐れいる。以前は五重のお膳だったが、流石に食べきられないと懇願した結果の三重の段である。普通、お弁当を作るって言ったら、1人分のお弁当を想像するじゃんか。

 その中から、卵焼きをつまむ。


「はい、章。あ~んして?」

「う、うん」


 有無を言わさない。まるで規定路線、当然、当たり前と言わんばかりに、紗雪は微笑む。できるだけ、箸に口をつけないように、俺は卵焼きに口をつけた。この時間、終始、クラスメートの視線が痛すぎる。


「どうかな?」

「……めちゃくちゃ、美味いっ」


 それだけは、取り繕えない。本当に美味しいから。どれだけ、このお弁当を努力するために、努力したのか。それは、中学校時代、指に巻いた絆創膏が物語る。


「嬉しいっ」

 この笑顔を満開にさせる子の、どこが【無慈悲な雪の女王】なんだろう。ちょっとピントがズレているけど、〝La Reine des neigesラ・ヘン・ディ・ネイジュ〟が好きなだけの、普通の女の子だ。変に意識しちゃうから、自分の邪な感情を閉じ込めるのに必死だけれど。


 だって紗雪は、あくまで俺を【親友】として見ているから――。





「あ、章?」

「な、なに?」


「唇の端に、ご飯粒ついてる」

「え?」


 慌てて取ろうとして、やっぱり紗雪にクスッと笑われた。


「そっちじゃないよ、もぅ。取ってあげる」

「いや、あの大丈夫……え?」


 まるでキスされるのかと思うくらい、紗雪の唇が間近に迫って

 それから――。

 指で、唇の端を拭われた。


 指先の米粒をペロッと舌で掬いとる姿が網膜に焼きついて――紗雪にこの心音が聞こえるんじゃないかと思うくらい。



 心臓が早鐘を打って、止まらなかった。




【つづく】






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