第2話 主人公と学院に入学する

 俺が通うことになったダスケンデール学院では、主に剣術と魔術を教えている。

 数学や国語、理科、ダスケンデール史とかいう普通・・の科目もやるわけだけど。


 前世では平凡を極めてきた男なので、勉強に関しての教養は中の中。

 まさしくお手本のように平凡を生きる男だ。


 でも、この世界での俺は違う。


 頑張るぞ、勉強。


「母さん、教科書買って欲しいな」


 ということで、学院に入学する3か月前、初めて母さんにおねだりした。

 

「レッド……」


 どういうわけか、目に大粒の涙を浮かべる美人はは

 どの角度から見ても華があるお顔立ちだ。ああ、この人の息子になれてよかった。


 母さんは感極まっていた。

 俺に学習意欲があることが相当嬉しいらしい。




 ***




 そして3ヶ月後。


 俺は実技以外、それなりの予習をした上で学院に入学した。

 貴族が着るような、白を基調とした上品な制服に身を包み、他と同じように学院の門をくぐる。


 雲ひとつない真っ青な空だった。

 

 それにしても、たくさんの人だ。

 俺なんて一応平民だから、貴族出身の生徒達からすればイキりのガキ。変なことをして目をつけられてしまえば、一巻の終わり! まあ、前世で鍛えてきた平凡・・という特性を使い、できるだけ目立たないようにすればいい。大丈夫。


『あの、これ、落としたよ?』


 ひとりで勝手に納得して、建物に歩み出した時。


 後ろから声を掛けられた。


 もしやっ、これはヒロインとの運命の出会いなのか!?

 とは一瞬も思わなかった。


 だって、俺は悪役だし、なーんか女の子の声っぽくなかったし。


「……」


 少年だった。


 普通に、男子。


 ボサボサの黒髪に、緑玉色エメラルドグリーンの瞳。

 背は俺よりも低く、顔立ちもどちらかといえば幼い。愛嬌があって可愛いと思うが、だからか少し頼りなさそうに見える。まあ、まだ10歳だから当然か。


 間違いない。


 俺はこいつを知っていた。

 別に知り合いってわけじゃない。前世で付き合いがあったってわけでもない。


 じゃあどうして知ってるのかって?


 愚問だな。


 俺の眼前で俺が落としたボタンを差し出すこの少年こそ、『英雄物語ロード・オブ・ザ・ヒーロー』の主人公、アーサー・バトウィックなのである。


「その、ボタン……どうも」


 我ながら罪な男だ。


 入学式の日に制服の第二ボタンを落としてしまうなんて。

 そしてそれを、ヒロインならぬ主人公ヒーローに拾われてしまう悪役。もうキュンキュンだよ。


「あの……もしかして、君も平民出身なの?」


 10歳の少年が、純粋無垢な顔で俺を見てくる。

 どこか期待しているっぽい。


 ちなみに、主人公アーサー君は平民出身だ。


 最初学院では、出来損ない、なんていう評価を下され、周囲からも馬鹿にされていたものの、誰よりも真面目に努力を重ね、次第に強くなっていく。この幼少期の話は、最初の作品の中盤の回想──つまり、もう映画で観たものが遂に始まったということだ。


 そしてなんと……本編中にこの・・シーンも存在する。


 大事だと思わないか?

 将来敵対するウザい悪役ライバルと、実は10歳の頃から知り合いだった、という伏線。


 確か映画の中でのレッド少年おれは、徐々に力をつけてきたアーサーに対して嫉妬心を募らせている。

 そこから敵意が生まれ、作中屈指の憎まれキャラなるのでした。めでたしめでたし。


 ──って!


 それもそれで困る!


 俺はこの瞬間決意した。

 

 悪役にはならない!

 とはいえ勇者とか、そういう面倒な役職にも就かない。いろいろと手続きが多そうだし。


 だから中途半端だった自分からは抜け出し、将来は大陸を股にかける冒険者になろう。


 この世界での冒険者の地位は高い。報酬も高いし、前世ではしたことのない普通からかけ離れた、豪勢な暮らしができるかもしれない。


 辺境で異世界スローライフ、なんてのも夢じゃないってことだ。


 努力次第だけど。


「俺も平民出身だよ」


 主人公からの質問に、なるべく友好的に答える。


 実はこれは俺オリジナルの返事だった。

 映画の本編中では、この時からレッドの態度は悪い。俺様を貴様と同類にするな、なんていう失礼なセリフをぶちまき、軽蔑した表情でこの場を去っている。


 残念だったな、台本シナリオさんよ。

 俺はそんなものには従わないっ! 自分の人生はアドリブで切り開いていきたいんだっ!


 え、なんか今の俺、ちょっとかっこいいこと言ったような……。


「よかったー。こういう凄いところ初めてで、みんな貴族しかいないのかなーとか思ってたから」


 屈託のない笑顔で、アーサーは俺にボタンを手渡した。

 

 感謝の言葉を呟いて受け取る。

 これで台本シナリオ通りではなくなった。今考えてみると、知っている物語の世界に転生するというのは、自分が妄想の中だけでやっていたもしもの物語イフストーリーを実現できる、ということじゃないだろうか。


 だったらこの世界は最高だ。

 俺の好きなように変えることができるわけなのだから。


 この状況をどうしよう。


 いっそのこと主人公と友達になってみる、なんていうのもアリよりのアリ。

 そうすれば俺は主人公の仲間ポジションになり、この容姿もあって人気キャラランキング上位3位くらいには入れるかもしれない。


 それか、主人公とは本当に熱いライバル関係みたいなのを構築して、困った時はさり気なく助けてやる的ないいヤツムーブをカマしていこうか。


 浮かんでくるアイディアに限界はない。

 延々と流れ続ける妄想の波。


 俺は今、最高に楽しんでいる!


 でも1番は辺境で美女とのスローライフだけど。


「あの、よかったら──」


『もうすぐ式が始まりますよ。1年生は早く大広間に集まってくださいね』


 アーサーが何か言おうとすると、それを邪魔するように女性の教師がやってきた。

 

 流れ的に、アーサーは俺と友達になりたかったんじゃないかと思うけど、これは俺が傲慢なだけなんだろうか。


 クッソ……物語は俺とアーサー少年を無理矢理にでも引き剥がしたかったということなのか……ぐぬぬぬぬ……。


 茶髪の女教師は眼鏡をかけていて、いかにも厳しいって感じの人。

 というか、実際凄く厳しい。


 名前はマクナール先生。魔術を教えていて、本編ではアーサーを虐めた奴らを叱っているシーンが3秒くらい登場した。


「わかりました」


 その後マクナール先生に私語は慎みなさいと言われ、無言で大広間まで連れられる。




 ***




 大広間に来て周囲を見渡すと、何人か主要人物の顔が確認できた。


 学院で会うことになるキャラクターは何人かいるのだ。

 ちなみに、メインヒロインのシャロットもこの学院の生徒である。


 そして──。


『今から、組分けの儀式を始めます』


 本編ではモブの生徒会長と、モブの学院長の長ったらしい歓迎の挨拶が終わり、ほっとした頃。


 儀式それは遂に始まった。


 組分けの儀式はちゃーんと本編にもある重要なシーン。

 ここで主人公は将来一緒のパーティに所属し、共に魔王を倒す親友のサムと出会うことになっている。


 それで、レッドおれはというと、めっちゃガラの悪い、いかにもこいつら闇の魔術使ってるだろって感じの【ダークエイジ】という組に入れられるのだ。


 いや、クラスにそんな中二感満載の名前をつけるのもどうかと思うけど。


 ダークって入れるなよ。

 悪い子供になれって言いながら教育しているようなものだ。


『名前を呼ばれたら起立して、そのまま壇上に刺さっている3本の剣に手をかけるように。相応しいクラスの剣だけが抜けることになっています。この学園には3つのクラスがあります。【ニューエイジ】、【シルバーエイジ】、【ダークエイジ】の3つで、勇者となった3名の卒業生に命名された神聖な名前となっています』


 例の女教師、マクナール先生が説明してくれた。


 初耳の情報だ。

 本編に直接関係する情報でもないし、そういう設定はカットした方がいいと思ったんだろう。


 そんな細かい設定を、俺は知ってしまった。自慢したくてもする相手がいない。


『それでは、名前を呼びます。アーサー・バトウィック』


『は、はい!』


 どこか緊張したように、奮起するように、力を込めて返事をした主人公が立ち上がる。


 俺は彼が【ニューエイジ】に入ることを知ってるわけだけど、なんか緊張してきた。

 こういうのって、やっぱりドキドキするものなのか!?


 最初から【ニューエイジ】の剣に触れ、引き抜く。

 

 それは見慣れた光景だった。

 好きなシーンに挙げる人も多い、運命の分かれ目となった瞬間。入学生達のおーっと言う声が大広間に響く。


 いちいち誰かが剣を抜くたびに歓声を上げてると喉が死ぬぞ。


 アーサーは安心した様子で【ニューエイジ】の先輩達が待つ席に向かっていった。

 どこかその背中が遠く感じる。

 俺はこれから闇の派閥に組み込まれることが確定しているのだから。


 それからも、それぞれの生徒が嬉しそうに、不満そうに、安心したようにして組分けの儀式が進んでいった。


 主人公の相棒サムは勿論【ニューエイジ】で、メインヒロインは【シルバーエイジ】──シャロットとアーサーは、学院での接点はほとんどなかった。

 卒業してからが恋の始まりってやつ。


『次、レッド・モルドロス』


 とうとう俺の名が大広間に響き渡った。


 やっぱり悪役って感じの名前だなぁ、なんて思ったり。


 背を丸めながら、とぼとぼと壇上に向かっていくのだった。






《次回3話 メインヒロインと友達になる》

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