忌み子と呼ばれた巫女が永遠の花嫁となる日【奨励賞受賞】
葉南子@アンソロ書籍発売中!
第1話 銀髪の巫女
「
立派な御屋敷の隅にある、誰も近寄らない物置小屋の中。
黒い髪を自慢げになびかせたその少女は、目の前で正座してる義姉を冷ややかに見下ろしていた。
「…………」
「ねえ、結月義姉様。返事くらいしたらどうかしら? この私が、
これ以上ないほど冷たく吐き捨てて、
黒髪は巫女の一族として生まれた証。その髪は漆黒であればあるほど、神力が宿っていると言い伝えられている。
義妹──
「……ありがとうございます」
正座している結月はかすれたような声を絞り出し、頭を下げた。
彼女の銀色の髪が、古びて傷だらけになっている床につく。
さらりと垂れた髪は開け放たれている扉から入ってくる夕暮れの日差しに当てられ、橙色に輝いていた。
「その銀髪、小屋にいる時も隠してくれない? 本当、忌々しい」
紗和の口調には、あやかしでも見るかのような嫌悪感がたっぷりと込められている。
頭を下げているこちらからは表情こそ見えないが、きっとまたこちらを睨みつけているだろうと、容易に想像ができた。
「ああ、いつまでもこんなことろにいたら髪も着物も穢れてしまいそう。まあ、結月義姉様にはぴったりの場所だったわね」
紗和は鼻で笑い、小屋の扉に手をかける。
「それじゃあね。さようなら」
その言葉だけを残して小屋を出ていった。
彼女の足音が遠ざかり、やがて小屋の中に静けさが戻る。
結月はゆっくりと頭を上げ、無造作に床に散らばった髪を指先で整え始めた。
──今日で最後……だもの。
自嘲めいた微笑みが口元に浮かぶ。
御屋敷から隔離された生活をしていたのも、忌み子として一族から蔑まれていたのも、全てこの銀髪のせいだった──。
結月は十六年前、巫女の一族の血を引いて生まれた。
しかし、父と母以外の誰からも祝福されなかった。
生まれ落ちたその瞬間から、銀色の髪をしていたからだ。
一族からは「巫女の娘としてあるまじき髪色」「神力のかけらもない色」「一族の恥」「それがこの銀髪」だと、影口を言われながら育ってきた。
成長するにつれて黒くなっていくはずだと信じていたが、十歳を過ぎても、無常にもそれが変わることはなかった。
巫女の役割は結界を張りあやかしから守ることと、穢れてしまった場所を浄化し清めること。
母の神力はとても強大で、数人の巫女が分担して行うことを母一人だけで出来てしまうほどの力を持っていた。
巫女一族の中で誰よりも黒く、そして、しなやかで美しい髪の持ち主。
でも決して、それを自慢したり見せびらかしたりしなかった。
「人々を守るのが巫女の役目だから。それ以上でも、それ以下でもないの」
母が微笑むだび、その姿を誇りに思った。
謙虚で愛嬌があって、母が皆から好かれていたのは幼心ながらにも理解できた。
その子供を蔑むなんて出来なかったのだろう。直接的な嫌がらせを受けることは、まだ少なかった。
銀色の髪をしていても、神力がないわけではない。
結界だって張れたし、浄化だってできた。
けれど、その力は微弱なものだった。
張った結界はすぐに破られてしまい、小さな穢れの浄化をするだけでも息が切れてしまう。
それがまた、一族の怒りや軽蔑を煽っているようだった。
一つ年下の紗和は、幼い頃から巫女としての力を存分に発揮していた。
その光景を見るたびに胸が締め付けられた。
常に紗和と比較され、隣に立っている自分が余計に惨めに思えて仕方がなかったからだ。
「お父さん、お母さん、ごめんなさい……!」
全く力の出せない自分が悔しくて情けなくて、母の子供なのにどうしてと、当時は両親の前でよく泣いていた。
「結月にだって立派な神力があるのよ。大丈夫。いつかお母さんを越えた巫女になる日が来るから」
「
ぎゅっと抱きしめてくれた母と、優しく頭を撫でてくれた父。
二人がいてくれるだけで十分幸せだったのに、その温もりは十一歳の時に突然消えてしまった。
それ以来、まともに巫女の力を使ったことはない──。
「……いただきます」
手慣れた手つきで髪をまとめ終え、目の前に置かれている夕餉に手を合わせる。
粥と漬物。いつもの質素な夕餉だった。
ふと、小屋の隙間からご飯の炊けた匂いと、魚と肉の焼けた香ばしい匂いが風に乗って漂ってきた。
きっと御屋敷の方では豪勢な夕餉が振る舞われているに違いない。
──明日は、紗和の見合いの日……。
見合い相手は滅妖師の名門、
代々、巫女と滅妖師は婚姻関係を結ぶものになっている。
滅妖師があやかしを討ち、巫女が浄化する。それは自然の
だからきっと明日には見合いが成立して、みんなから祝福されるのだろう。
それと同時に、自分はここを出て行かなければならない。
忌み子の存在は両家にとって邪魔どころか、面汚しでしかないのだから。
手元に残されているのは両親の遺産──それでも大半は取られてしまい残っているのは五千
母の黒い髪によく映えていた簪は、まだ一度も自分の髪に挿したことはない。
──私の髪には、似合わないもの。
そう思い、ずっと型に入れ、大事に
この先も、きっと簪を挿すことはないだろう。
それでも絶対に手放したりしない。母が残してくれた大切な物。
たとえ使わないとしても、それは母と自分を繋いでくれる唯一の証。
小窓から差し込んでいた夕陽は影を落とし、薄闇が小屋の中を包み込んでいる。
顔を上げると、小窓の外には一際眩しい月が浮かんでいた。ちょうど満月の夜だった。
明日からどうしよう、どこに行こう。
そう悩んでいても、どうしようもない。
もう諦めていた。自分のこれからの人生も。
結月は静かに眠りに落ちていく。
銀色の髪は、差し込む光に照らされて星屑のように輝いていた。
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