第42話 決意の先へ

暗闇の中、俺たちはじっと息を潜めていた。


先ほどまでアリシアが放っていた闇の波動が、どこまでも広がり、まるでこの世界そのものを支配しようとしているようだった。その名残が空気に滲み込み、まるでこの場に取り残されたかのような感覚を覚える。


グラントはそんな気配を敏感に感じ取っているようだった。彼はしばらく辺りの様子を窺っていたが、やがて俺の方を向いて小さく頷いた。


「……もう追っては来ないだろう。今のうちにここを離れるぞ。」


「……」


俺はその言葉に反応できなかった。心のどこかでは理解しているのに、体が動かない。


アリシアを助けるために、まずは準備をしなきゃいけない――それはグラントと話し合って納得したはずだった。それなのに、どうしても足が動かない。


「ルシエル。」


グラントが少し苛立ったような声を出す。


「お前、まだ何か考えてるのか?」


「……俺は、本当にこのまま逃げていいのか?」


思わず呟くと、グラントは額に手を当て、深く息を吐いた。


「いい加減にしろ、ルシエル。」


「……何だよ。」


「お前、何度も同じことを言わせるな。今は無理だって、もうわかってるだろう?」


グラントの言葉に、俺は唇を噛んだ。


「わかってるさ……でも……!」


「でもじゃねえ!」


グラントが声を荒げる。


「お前がそうやってぐずぐずしてる間にも、アリシアの力はどんどん強くなっていくんだぞ! 何も準備せずに突っ込んで、何ができるっていうんだ!」


「それでも……俺は……!」


「お前の気持ちはわかる。でも、俺たちは今何をすべきか、もう決めたはずだ。」


「……」


「ルシエル、お前は自分の感情ばかりに囚われて、結局何も決められてないんじゃないのか?」


グラントの鋭い言葉が胸に突き刺さる。


「お前は、ただアリシアを助けたいと思ってるだけで、具体的に何をするべきか、考えようとしてない。」


「……そんなことは……!」


「だったら言ってみろ。お前は今、どうやってアリシアを助けるつもりなんだ?」


俺は、何も言えなかった。


考えていないわけじゃなかった。でも、グラントが言うように、俺は明確な答えを持っていなかった。


「……俺は。」


「……ルシエル。」


グラントの声が少しだけ静かになった。


「俺は、お前がアリシアを助けたいって気持ちは否定しない。でも、今のままじゃ絶対に助けられない。お前だって、本当はわかってるんじゃないのか?」


「……」


「だったら、一度冷静になれ。今は逃げるしかない。でも、それはただ逃げるだけじゃない。次に繋げるための時間を作るんだ。」


俺は、目を閉じた。


悔しかった。情けなかった。でも、グラントの言うことは、正しかった。


「……わかったよ。」


絞り出すように、俺はそう言った。


「本当にわかったのか?」


グラントが疑わしそうに俺を見てくる。俺は強く頷いた。


「俺は……アリシアを助ける。そのために、今はお前と一緒に行動する。」


「……よし。」


グラントは満足そうに頷いた。


「じゃあ、まずは安全な場所を探そう。次の行動を決めるためにもな。」


「……わかった。」


俺は立ち上がった。まだ胸の中にはくすぶるものがあったが、今はそれを押し殺した。


「行こう、グラント。」


「おう。」


俺たちは、その場を後にした。


◆◆◆


森の中を進む俺たちは、ひたすら歩き続けた。


辺りは静まり返り、不気味なほどの静寂が広がっている。先ほどまでの激闘が嘘のように、風が木々を揺らす音だけが響いていた。


「このまま南へ向かう。街まで出れば、何かしら情報が手に入るかもしれない。」


グラントが言う。俺は無言で頷いた。


「……黙り込むなよ、ルシエル。」


「……」


「お前がまだ納得してないのはわかる。でも、今は前を向け。」


「……前を向くか。」


俺は空を見上げる。


月は雲に隠れ、ほとんど見えない。それでも、ほんのわずかに差し込む光が、俺たちの道を照らしていた。


「前を向くしかないよな。」


俺は呟くように言った。


「……ルシエル。」


グラントが俺をちらりと見る。


「何だよ?」


「……いや、何でもねえ。」


珍しく、グラントが言葉を飲み込んだ。俺はそれ以上何も聞かず、ただ歩き続けた。


アリシアを助けるために。俺たちが、次の一歩を踏み出すために。

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