第5話 異世界への扉

亀裂から放たれる不気味な光と闇が入り混じったエネルギーに、俺の心臓は高鳴り続けていた。これまでの俺の日常には存在しなかった何か――まさに未知の力を目の前にして、恐怖と興奮がない交ぜになる。


「ルシエル、大丈夫?」


アリシアが振り返り、俺に声をかけてきた。彼女の目は真剣で、杖をしっかりと握り締めている。その姿を見ると、少しだけ落ち着きを取り戻せた。


「ああ、大丈夫だ。だけど、これ……いったい何なんだ?」


俺が亀裂を指さすと、アリシアは微かに眉をひそめた。


「分からないけど、これはただの裂け目じゃないわ。何かの力が働いている。それも、この世界のものじゃない……異世界からの何かだと思う」


「異世界……?」


その言葉に、俺は息を呑んだ。この世界とは異なる場所――そんなものが本当に存在するのか? しかし、目の前の光景を見れば、それを否定する理由はどこにもない。


「ルシエル、気をつけて。この裂け目を調べるには、かなりの危険が伴うわ」


アリシアの警告に、俺は頷いた。だが、だからと言って引き返すわけにはいかない。ここで怯えていては、何も得られないのだ。俺は剣を握り直し、一歩踏み出した。


すると、亀裂から黒い霧のようなものが溢れ出し、俺たちの周囲に広がっていった。冷たい風が吹きつけ、まるでこの場所全体が異世界そのものに変わっていくような感覚に襲われる。


「これは……!」


突然、霧の中から何かが現れた。それは漆黒の甲冑をまとった巨大な騎士だった。目の部分が赤く光り、異様な威圧感を放っている。


「誰だ……! 貴様ら、この門に近づく者は許さん!」


低く響く声に、俺は全身が硬直する。だが、アリシアは即座に動き出した。


「ルシエル! 戦うわよ!」


彼女は杖を振りかざし、強力な魔法を詠唱し始めた。俺も震える足を押さえつけながら剣を構える。ここで引いたら、俺はまた無力な自分のままだ。


「やるしかないんだな……!」


俺は気合いを入れ、騎士に向かって駆け出した。だが、彼の一撃は恐ろしく重い。巨大な剣が振り下ろされるたびに地面がえぐられ、俺は何度もギリギリのところで回避するしかなかった。


「ルシエル、下がって!」


アリシアが魔法を放ち、騎士の動きを封じる。彼女の光の魔法が周囲を照らし出し、黒い霧を一時的に消し去った。その隙に、俺は思い切って突きを繰り出す。


「はぁっ!」


剣は騎士の甲冑に触れるものの、深くは刺さらない。硬い……このままでは倒せない。


「ルシエル、あいつには普通の攻撃じゃダメよ! 魔法を合わせて攻撃しなきゃ!」


アリシアの声に、俺は頷いた。しかし、魔法なんて俺には扱えない。どうすればいい? そんな迷いが一瞬の隙を生み、騎士の剣が俺を狙う。


「くそっ……!」


避けきれない――そう思った瞬間、俺の剣が突然青白く光り始めた。そして、その光がまるで俺を守るように広がり、騎士の剣を弾き返す。


「これ……なんだ?」


俺自身が驚きで声を漏らすと、アリシアが目を見開いて叫んだ。


「それ、ルシエルの父親が使っていた剣の力よ! あなたに眠っていた力が、今目覚めたんだわ!」


父親の剣……。俺はこれをずっと形見として持っていたが、こんな力が宿っているなんて知らなかった。しかし、この力が俺に応えてくれるというのなら、俺もそれに応えなければならない。


「よし……行くぞ!」


俺は剣を構え直し、再び騎士に向かって突進した。今度は剣の光がまるで魔法のように輝き、騎士の甲冑を切り裂いていく。アリシアの魔法も同時に放たれ、騎士の動きが完全に止まった。


「これで終わりだ!」


俺は渾身の力で剣を振り下ろし、騎士の胸を貫いた。すると、彼は低く呻き声を上げながら消滅し、黒い霧も同時に消え去った。


「やった……のか?」


俺が息を切らしながら呟くと、アリシアが近づいてきた。


「やったわね、ルシエル。……でも、これは始まりに過ぎないと思う」


彼女の言葉に、俺はうなずいた。そうだ、まだこれで終わりではない。目の前の亀裂は、さらに大きく開いていく。そして、その向こうに広がるのは――


「異世界か……」


俺たちはその裂け目の先を見つめた。そこには、見たこともない景色が広がっていた。赤い空に浮かぶ黒い塔、歪んだ大地と巨大な魔物たち。その光景を前にして、俺たちは言葉を失った。


「これが……異世界……?」


俺の声にアリシアは静かに頷いた。


「行くのね、ルシエル?」


「もちろんだ。これが俺たちの新しい旅の始まりだ」


俺は剣を握りしめ、一歩前に進んだ。この先に待ち受けるものが何であれ、俺は立ち向かう。それが、俺が俺自身の道を切り開くための唯一の方法だ。

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