英雄の影を超えて

@yasiroyura

第1話 英雄の影

俺の名前はルシエル・カイゼル。俺の父親の名を聞けば、この国に住む誰もが「ああ、あの英雄の息子か」と言うだろう。父は「魔王を倒した英雄」だ。王都の広場には巨大な銅像が立ち、歴史書には彼の功績が誇らしげに書かれている。


だが、その「英雄の息子」って肩書きが俺にとってどれだけ重いものか、誰も知らない。


父が世界を救ったのは俺がまだ物心つく前の話だ。その後も国中を巡り、英雄として持ち上げられ続けた父は、俺と母のいる家にはほとんど戻ってこなかった。母は俺が10歳の時に病で亡くなり、残された俺は父の影と期待の目に押しつぶされるような日々を送ってきた。


剣術?平凡。

魔法?むしろ苦手だ。

英雄の息子として期待されるにはあまりにも情けない自分に、俺自身もうんざりしている。


今日も俺は村の訓練場で剣の稽古をしていた。腰ほどの高さの藁人形に向かって剣を振るが、うまく当たらず、手元がぶれて剣が地面に突き刺さる。


「ルシエル、それじゃあ当たるもんも当たらないよ」


鈴のような声がし後ろを振り向くとそこにはアリシアがいた。晴れ渡った空の下太陽の光が彼女の髪を照らし、風が優しく吹き抜けるたびに、柔らかな髪がふわりと踊る。その度に小さな光の粒が髪先できらめくように見えた。彼女は俺の幼馴染で、この村ではちょっとした天才扱いをされている魔法使いだ。訓練場の隅で魔法の練習をしていたはずだが、俺の様子を見かねて口を出してきたらしい。


「うるさい。俺だって頑張ってるんだよ」

「頑張るのはいいけど、それじゃあ意味ないでしょ。もっと腰を落として、ちゃんと狙いを定めないと」


口では文句を言いながらも、アリシアは手本を見せるように木剣を構えてみせる。そんな彼女の姿を見ていると、どうしても自分がちっぽけに見えて仕方がない。


「俺なんかが剣を振ったって無駄だよ。どうせ父さんみたいな英雄にはなれっこないんだ」

「英雄にならなくてもいいじゃない。ルシエルはルシエルなんだから」


アリシアの言葉に一瞬胸が軽くなった気がしたが、すぐにそれは打ち消された。だって、俺は「英雄の息子」だ。この名前を背負っている以上、周りの期待を無視するわけにはいかない。


その時だった。村の広場から悲鳴が聞こえた。


「……なんだ?」


アリシアと目を合わせ、俺たちは訓練場を飛び出した。広場には村人たちが集まっていて、何かを囲んでいる。俺が人混みをかき分けて前に出ると、そこには……。


見るからに異様な魔物がいた。四足で地面を這う巨大な狼のような姿だが、毛皮の間からは黒い煙が立ち昇り、目は血のように赤く輝いていた。


「なんで……こんな魔物が、村に?」


混乱する俺の前で、魔物が牙をむいて唸り声をあげる。村の男たちが武器を手にしているが、恐怖で動けずにいた。


「……っルシエル!行くよ!」


アリシアが俺の手を引き、杖を構え魔物に向かって詠唱を始めた。その姿を見て、俺も咄嗟に落ちていた剣を拾う。


「くそ……やるしかないか!」


 震える足を無理やり動かし、魔物の前に立つ。俺は剣を握りしめ、初めて本当の戦いに挑むことになった――。

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