第39話 エルフの育てた自然
リープソーのペースに合わせ、樹海を歩き始めた十五日が過ぎた。
鬱蒼とした暗い樹海で、静電気に似たぽわんと温かく産毛が逆立つような、魔力の膜を通り抜ける感覚があった。エルフの里を隠す結界魔法だ。エルフの許可なしでは野生動物も通さない。エルフであるノーカが連れている馬だから、リープソーも難なく通り抜けられる。
結界を通り抜ければ景色が一変し、途端に視界が開けて明るくなる。手付かずの原生林が、手入れをされた歩きやすい林になった。
足元にはフカフカに厚く積もった枯れ葉、所々緑が群生して野苺や蕗等の山菜が自生している。
見上げても枝葉が遥か上だった樹海とは違い、グンと低くなった木々は――それでもノーカの身重の三倍はある――枝葉に手が届く。
赤く熟した小さなサナシの実がたわわに実り、別の木には丸々としたザクロの実の重みで枝がしなっている。
サルナシの実に、山葡萄、クロスグリ、木苺、ツルコケモモ、ヤマナシ、密集して群生し稲穂を付ける草は大麦。リープソーが大麦を食んでいた。結界の中に生えるこれらは誰のものでもない、取り尽くさない限りは勝手に採って食べて構わない。
「あんまり、ここのものを食うと妖精になるぞ」
脚が太くずんぐりむっくりな可愛らしい体型の愛馬の鼻筋を撫でる。マナの湧く泉が側にあり、その水や、それを吸って育った植物を十日間食べ続ければ妖精になる。妖精が犬や馬といった家畜を使役すると、マナの泉の水で育った食物を餌としていて与えるため、自然とそうなる。
妖精になったからといって、そこまで違いはなく、足腰が丈夫になって病気知らずになるくらいだ。リープソーが妖精馬になっても、なんの問題もない。馬版ドワーフといったところか。
エルフが手入れをする林は、あちこちで豊かに実っていた。時期も気候も環境も関係なく実るのは、チラチラと光が舞って見える、この精霊の加護とマナの泉の賜物だ。
積る枯れ葉の中を注意深く見れば、食べられるキノコも沢山頭を出していた。
探さなくても、腰の高さ程もあるリビングのテーブルくらい巨大なものもある。テーブル茸というそのままの名前のキノコで、色は薄いピンク色、食べるために肉厚の笠をナイフで切り出された跡があり、角張った不格好な形になっていた。
生で食べるとチーズのようなねっとりとした食感で、火を通すとプルプルコリコリのエリンギ食感になる。香りのいい美味しいキノコで、里に居た頃はノーカの好物だった。
「懐かしいな」
腰にさしている剣でテーブル茸を切り取って食べた。だが、記憶と違いあんまり味がなくて美味しいとは感じない。キノコはキノコ、そのまま食べてもあっさり味なのは当然。それに加え、人間の国での生活で、味の濃い料理を食べてきた期間が、エルフの里に居たきよりも長く、すっかり濃い味になれてしまった。
素材としては美味しいのだろうけど、味付けが欲しい。拾った木の枝にキノコを刺し、魔法で焼く。火で炙られ出てきた汁が滴り、塩を掛けて齧りつく。キノコの出汁が溢れるジューシーでプルプルコリコリ、塩があるだけで美味しくなった。料理にしたらもっと美味しくなるかもしれない。
――スープか、肉と一緒に炒めるか。キノコパスタやホワイトソースと合わせても美味いだろう。焼くだけにしても、魚醤? 醬油? あの辺りを掛けたらいいかもな。そういや、米に醬油で味付けしてキノコと鶏肉を一緒に調理した、炊き込みご飯ってのもあったな。
海の向こうからやってきた人間がやっていた店で食べたことがある。
ソースが絡まったリゾットとも違う、素材や調味料の香り立つ優しい味でありながら薄味というのでもなく、しっかりと米の芯まで味が染みていた。
米の種類も、リゾット用のとは違うのだろう。
リゾット用の米は、あっさりした粘り気の少ない米で僅かに芯を残して食感を楽しむものだったが、炊き込みご飯の米は芯が無くふっくらとしていて少し粘り気があった。香辛料たっぷりめの炒め料理に合う、パラパラの長細い米ともまた違う。
この国はリゾット米は作っていても、炊いて食べる米は作っていない。
開国祭に王都へ行く、そのときになれば外国の食料も入ってくる、また店もやっているだろう。
焼きキノコと果実を摘みつつ、明るい林を行けば、果実を収穫し木々を手入れするエルフたちとすれ違うようになった。
エルフたちの服は、この林で育つ食物の繊維で出来ている。シルクに似て上品な光沢で吸湿性があって肌触りがよく、リネンに似て丈夫で撥水性があって汚れにくい。素材そのものを大切にするエルフだ、布を染めることなく、自然そのままの色、生成色の服を着たものばかり。
丈夫な魔物の毛を洗浄し、よって糸にして、染められたもので織られた布で出来たマントに身を包むノーカの格好はここでは浮いていた。
見てくる視線を感じるが、話し掛けてくるどころか近寄ってすら来ない。
遠巻きにされてるな、と思うノーカだが、エルフたちが外からやってきた見馴れない格好の彼を気遣っているのでもなんでもなく、本当に遠巻きにされていた。
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