第8話 源泉と温泉

泉にも行ってみる。


一旦浜辺に出て北に歩き、岩場の手前から丘の方向に向かう。林の間を縫って歩くと、確かにあった。泉だ。

砂浜から数分。周囲は林に囲まれている。先輩も命を繋ぐこの水を汲みに通ったに違いない。



幅10m、奥行き30m位の楕円形の泉で、水が滾々と湧き出ており、砂を巻き上げている。泉から出ている小川はない。突然、林の中に現れたような不思議な泉である。枯れないのだろうか。



対岸を見ると、ネズミやウサギ等の小動物がいる。動物たちもこの泉で生き延びている。それらの小動物たちが何かを感じてか、一斉に逃げ出した。与平も気配は感じていたが、警戒するほどの脅威ではない。



巨大猪が現れた。ウリ坊3匹を連れている。子供がいるということは、雌猪なのだろう。黒熊に倒された雄猪の家族なのかもしれない。


しかし、生きるためには食糧がいる。実際に雄猪は自分を狙っていた。この島では強者が弱者を襲うしかない。弱者は常に周囲の気配を探り、逃げる用意をする。


猪の親子を鑑定してみると、魔力がある。魔獣だ。暫くすると、水を飲み終えたウリ坊達と立ち去ろうとしている。




しかし、その猪達を狙っている犬に似た魔獣の集団がいる。7匹。


鑑定すると『コボルト』と出た。



コボルトに気づいた雌猪がその集団に突撃した。ウリ坊も慌ててついて行く。


2匹のコボルトが突撃で跳ね飛ばされ樹にぶつかり気を失ったのか動かなくなった。残りのコボルトがウリ坊に向かう。それを見たのか、雌猪が突撃する。しかし、相手は5匹、間に合わない。危ない。


与平は風刃を放った。3匹のコボルトの首を次々と刎ねて行く。残り2匹は雌猪に跳ね飛ばされていた。


雌猪は与平に気づいて暫く睨んでいたが、ウリ坊を連れて林の中に消えた。



与平は倒れたコボルトを集めて、林の中に穴を掘り、投げ込んで火をつけた。燃え尽きると埋め戻した。放っておくと、腐った肉を他の動物が食べて病気になるかもしれない。


コボルトは何処から出て来たのだろう。これまで一度も見ていない。北側に鬱蒼と茂る森の可能性が高い。


巨大猪は何処に住んでいるのだろうか。黒熊と同じく、どこかに洞穴でもあるのか。餌を探すのに苦労しているのは間違いない。あの巨体だ。


その点、自分は幸運だ。いつでも魚を獲ることが出来るし、畑や果樹園もある。


次は温泉に向かう。こんな孤島で温泉に入れるのかとわくわくする。俺も風呂好きの日本人だ。


砂浜に戻り、北の高台の麓にある岩場に向かって歩く。岩場の上に、岩や小石を使って均した歩き易い歩道があった。


その道を辿って行くと、岩場の中から湯気が上がっている。


岩を取り除き、大小の岩や石で漏れを塞いで作ったのだろうが、簡単ではない。今の自分であれば造作もない事だが、相当量の砂や砂利も運んでこなければできなかったはずだ。まして、この足場の悪い場所まで運ぶとなれば、大変な作業だ。作った人の執念を感じる。先輩なのかどうか。


岩場の中に畳3畳ほどの湯が溜まり、溢れたお湯が流れ出している天然温泉。手を付けてみると、熱い。舐めてみたがしょっぱくはなかったので安心した。海水が混じっていると、上がった後何かと面倒だ。


服を脱いで浸かってみる。最初は熱かったが、暫くすると、心地いい暖かさに変わる。


いつでも入れる温泉があることは嬉しい。生活が豊かになる。


京都では、銭湯に月に、2、3度行ければいい方だった。温泉に入るのは故郷の海辺りにあった温泉以来である。


この島には何でもあった。水も、住まいも、食料も、そして温泉まで。精霊王に感謝、感謝。



翌朝も、洞窟を出る。


今日は、丘の向こうの断崖を回ってみることにした。あの勾配を登ることを考えると、嫌になるが今は転移できる。


丘の頂上に転移して、周囲を見回すと今日も晴天。西に向かって暫く下ると、平坦な草原が広がっている。その草原を半時程進むと、その向こうが断崖になっている。


断崖の下に岩棚が幾つかあり、そこに海鳥が住む。何百という鳥の巣があり、雛の姿もある。


海で小魚を取り、巣に運んで、雛に餌を与える親鳥がいる。心が安らぐ光景である。



暫く眺めていると、鳥達が騒ぎ始めた。鳴き声が重なり、激しくなる。

どうしたのかと探知してみると、巨大な殺気が近づいてくるのがわかった。


立ち上がり見回すと、遠くの空に黒い点が見える。少しずつ大きくなってくる。次第に鮮明になってきたその黒点は鳥だった。


鷲や鷹の仲間のように見える。確かめようと凝視していると、何かおかしい。まだ随分距離があるはずなのに、鳥の姿がはっきり見える。


逆三角形の頭に鋭い眼光、茶褐色の羽、折りたたまれた鉤爪の足。


どんどん大きくなる。いや違う。とてつもなく巨大なのだ。


この世界の魔獣はどれも巨大だが、この鳥はまるで、大阪城の天守閣が飛んでいるようだ。


海鳥の大きさも、前世のものより大きいが、巣が襲われれば、恐らく全滅する。襲って海鳥を餌にするに違いない。


ただ、茫然と眺めていることしかできない。


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