第34話 報復の手土産
「残念だが、ここには財宝なんてものは無いよ。あるのは幾ばくかの戦利品だけだ。この商人はその戦利品と生活必需品を交換してくれているんだ。その商人があんたを助けてくれと言ってる。で、あんたはどうして欲しい?」
下着一枚で柵に大の字で縛り上げられた姫様が、唇をぎゅっと噛みしめて体を震わせた。
「ここで手ぶらで帰ったら、私の国は滅んでしまうんです。お願いします。何でも構いませんから、何か財宝になりそうな物をいただけないでしょうか……」
これまでの強気な態度はどこへやら、ぽろぽろと涙を零す姫様にピュセルが同情的な目を向けている。
商人も「おいたわしや」と呟く。
だが、アグレアスは相変わらず、冷たい視線を姫様に送り続けている。
そんな王女の姿を見ていたら、彼女をここまで追い詰めた大地国に対し、沸々と怒りが込み上げてきた。それと共に悪巧みを思いついてしまった。
アグレアス、ビフロン、ロレイ、ハルパスを呼んで、五人で一の丸の多聞櫓で緊急の会議となった。
「――という案なんだけどどうだろう? ハルパスに宝石を入れる箱を作ってもらってさ、絶対に開けるなって言い含めるんだよ」
俺の案を聞いた二人は、同時ににやりと笑った。
「面白そうですわね。あの姫様が私たちの言い付けをちゃんと守れるかとか、そういうところも含めて」
外で縛られている姫様を見てアグレアスが「くすくす」と悪そうな笑い声をあげる。
「そういう事ならぁ、少し強めにぃ、魔力をこめたほうがぁ、良いかもしれませんねぇ」
ビフロンも両の口角をぐっと上げて、悪戯っ子のような顔で「くくく」とほくそ笑んだ。
場所を四の丸の屋敷へ写し、さっそく作業にとりかかる事にした。
宝石袋の中から一際大きな薄紫の宝石を取り出すビフロン。何やらむにゃむにゃと呪文を唱え、宝石に手をかざすと、ビフロンの手から無数の幾何学模様が放出され、宝石の周囲を覆っていく。何度も何度も呪文を唱え、その都度、手から幾何学模様を放出し、宝石に貼り付けて行く。
薄紫だった宝石はどんどん色が濃くなっていき、紫紺のような色に変わり、さらにどんどん黒光りしていく。単なる宝石がみるみる禍々しさを増していく。
「こんなもんでぇどうでしょうかぁ? この洞窟内ではぁ効果はぁ無いんですけどぉ、洞窟から出てぇ、陽の光にぃ当たった瞬間にぃ魔法がぁ発動しますよぉ」
どす黒い禍々しい光を放つ不気味な宝石をビフロンが親指と人差し指で摘まむ。
その姿を見て何ともいえない不安感に襲われた。
「なあ、ビフロン、それをさ、例えば五回目に陽の光に当たった時とかに変更できるかな? 初回だと相手の使者がその場で蓋を開けてあの姫様たちを巻き込んじまうかも」
ビフロンは無言でうなずき、むにゃむにゃと呪文を唱え、もう一枚幾何学模様を宝石に張り付けた。
宝石の加工が終わったところで、ハルパスが見事な漆細工の施された小箱を手にやってきた。
「姫様を放せ! 私の命はどうなっても構わない、だから姫様を放してくれ!」
一の丸に戻ると、聖職者風の男が目を覚まし大騒ぎしていた。
どうしたものかとピュセルがおろおろしている。聖職者も下着一枚で、目のやり場に困っている感じもある。
「もう交渉は終わっているんだ。軽々と自己犠牲を口にするなよ。骸骨兵に比喩や冗談は通用しないから、本当に殺されてしまうぞ」
俺の忠告が気に入らなかったようで、聖職者がこっちを睨みつける。
その表情にイラッとしたようでマルファスが無言で聖職者の股間を蹴り上げた。
聖職者の顔が真っ赤に染まり、額からダラダラと汗が垂れる。
「マルファス、やめてやれ。そいつには姫様を無事送り届けて貰わないといけないんだからな」
ピュセルに三人の拘束を解くように命じると、ピュセルはまず魔術師風の老人の拘束を解いた。
ここまで魔術師は一度も目を覚ましておらず、よく見ると腹に矢が刺さったまま。そこからたらたらと血が滴っており、拘束を解いた瞬間にその場に倒れてしまった。
拘束を外された聖職者が魔法で回復を試みたが効果は無し。蘇生魔法を唱えるも目は覚まさず。拘束を解かれた姫様が駆け寄った時には、徐々に体から黒い霧が発生してしまっていた。
「ねえ、お願いがあるの。爺やのベルトに付いていた壺、あれだけ返していただけないかしら。中身の星の欠片は差し上げます。もし、聞いていただけるなら、その、好きにしていただいても……」
姫様は耳を赤くして俯きながら言った。
「あなたのようなじゃじゃ馬に壮馬様が手を付けるわけないではありませんか。身の程を知りなさいな」
アグレアスがぴしっと言ってのけると、姫様はわなわなと震えた。
ぎろりとアグレアスを睨む。
アグレアスが睨みかえす。
ピュセルとマルファス、ビフロンが呆れた顔で二人を見る。
「その壺と服だけは持って行って良いよ。それと手土産を作ってやった。中身は宝石一つだけだ。ただし、一つだけ忠告しておく、この箱を絶対に開るんじゃないぞ。このまま大地国に献上するんだ。開ければお前たちに不幸が降りかかるものと思え」
商人から服を受け取ると、姫様は無言で服を着た。
手土産の宝石箱を受け取り、魔術師の埋葬を依頼し、聖職者と商人と三人でとぼとぼという足取りで、洞窟から出て行ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます