第3話 まだ貸すとは言ってはいない
「風呂、20分ぐらいだから、どうする?」
「え?テレビ見てるわ。なあ、着替え貸して?」
「スエットでいいなら」
「あと、パンツも。さっきのコンビニパンツ売ってなかったんだよ」
そんなことを言われて、三島は慌てた。
(え?いまパンツって言った?パンツって貸すものなのか?パンツを貸す?俺のパンツをあいつが履く?)
動揺したままタンスを開けると、当たり前のように前橋がやってきて、タンスの中をのぞいてきた。
「俺、これがいいな」
なんて言って勝手にパンツを取り出した。
「え?」
前橋がとったのは、何の変哲もないパンツだ。しかも新しめでもない。どちらかと言えばは着古している部類に片足突っ込んでいると言ってもいい。
「俺さぁ、パンツはゴム緩めが好きなんだよねぇ」
そんなことを言って前橋はパンツとスエットをもって風呂場に向かう。
「そこそこ溜まってんじゃん。俺はいるからな。タオルこれ使っていいんだろ?」
前橋が脱衣所で勝手に脱ぎ始め、風呂場に消えていった。
「え?嘘?俺、この後はいるの?」
訳も分からず勝手に動揺しながら、三島はおでんを鍋にあけ、ガス台で温めた。うどんはとりあえず冷凍庫だ。おにぎりはこたつの上に置いた。締めにうどんとはいうものの、男二人でおでんだけで腹が膨れるわけがない。とりあえず食べる予定だった野菜炒めを三島は作ることにした。
「でも、俺米食いたい派」
無洗米を一合超早炊きにする。箸はあるから何とかなる。からしと柚子胡椒それから皿をこたつの上に並べた。
「風呂先貰ったわ」
肩越しに突然前橋の顔がやってきた。
「あわぁ」
思わず変な声が出た三島を、前橋が笑った。
「ドライヤーある?」
「コタツんとこ」
「なあ、入っちまえよ。お湯冷めんぞ」
まるで自分の部屋のような言い方をして、前橋はコタツの方に行ってしまったものだから、三島は小さなため息をついて風呂場に向かった。
「なんで?」
脱衣所の籠の中に前橋が脱いだ服が入っていた。もちろんパンツも。
「え?明日何着るつもりなんだ?」
そして湯船につかり顔を洗ってふと我に返る。
「前橋が入ったお湯」
湯船に沈み込んでまたハッとする。
(お湯飲んじゃった。やばい、俺変態かも)
あわあわしながら頭を洗い、体を洗ってまた気が付く。
「お、同じの……って」
口に出して思わず目の前の鏡を見た。曇っていたことに助かりながら、風呂から上がれば、湯上りで顔が真っ赤だった。
「よく暖まったみたいだな」
どちらが家主かわからないことを言い、前橋が待ち構えていた。
「髪乾かそうぜ」
そう言って強引に三島の髪にドライヤーを当ててきた。
(大丈夫、顔が赤いのも首が赤いのも耳が赤いのも風呂上がりのせいだから)
三島は自分にそう言い聞かせて、時折やってくるドライヤーの風ではない風に耐えたのであった。
「俺みそ味の野菜炒め初めて食べたわ」
三島の家庭料理を食べて、前橋が喜んでいる。みそ味の野菜炒めは濃い味スキの父親の影響だ。味が濃いから白米が進むので、一人暮らしを始めてからはしょっちゅう作っている。要するに得意料理だ。
(あー、何喜んでんだ俺)
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