いい兎と賢いオオカミ
蒼井夏樹
第1話 ”いい”兎の育て方
オオカミは小さい兎にこう言います。
「良い兎であるためには、皆に愛される兎になるためには、兎は多少とも馬鹿でなくちゃいけない」
オオカミに飼われている、小さい兎の母兎も、自分が”飼われている兎”に過ぎないことを知らないのか、あるいは、そうだと感じていても、そのような残酷な現実を受け入れられないのか、理由を決めつけることはできませんが、小さい兎にオオカミの言葉は本当よ、あなたも立派な兎になりなさい、と優しく優しく丹念に教え諭します。
また、お家でも学校でもどこででも、オオカミは兎に向かって囃し立てます。
「キミの耳はなんだか変てこりんな形だね。そんな不格好な耳をつけて外を出歩くなんて僕にはとてもできないよ」
「お前の身体は、毛並みも色も汚くて、こりゃ、まあ、恐ろしく酷いもんだ。お前の汚いのが俺にまでうつるのは嫌だから早くあっちへ行け」
といったように、酷く、傷つく言葉を選んで、それもよく好んで、何回も何回も繰り返し繰り返し兎に吹き込みます。
このような環境で育った兎は、知らず知らずのうちに
①自分は馬鹿だし、馬鹿のままでいいし、馬鹿であるゆえに”皆に愛される”、(利口な兎より)幸福な存在だ
②自分のありのままの姿は、たいへん醜くく、他者に晒せるものでない
という”教え”を信じ込んでしまいます。こうなってしまった兎は、その信仰が解けることはめったにありません。そのまま、オオカミの目論見通り、”いい”兎になってしまいます。
- "いい"兎は空っぽな心を物で埋めようと必死になる
"いい"兎は、ありのままの姿、素の自分に自信が持てません。
なので、物でありのままの姿を隠そうとし、また、素の自分に対する自信のなさ、素のままではいけない、という不安な、心寂しい気持ちを物で埋めようとします。
変てこりんだと言われた可愛いお耳を隠すため、あるいは、直すために綺麗なベールを被ったり、耳飾りをつけたり、ハサミで切って糸で縫い合わせて”美しい”とされる形に変えてしまったり。たくさんお金を使います。
汚いと罵られた毛並みを整えるため、あるいは、隠し、また、改善するために毛が美しくなると謳われた薬液を毛に塗ったり、美しい毛が生えてくると宣伝された食べ物をたくさん試したりします。とてもお金が掛かります。
たくさん”努力”した兎は、鏡に映った新しい自分に、美しく変貌した自分の容姿に酔いしれてしまいます。なりたかった自分、手に入れたくても手にできなかった理想がそこにあるのです。たとえ、それが
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いい兎と賢いオオカミ 蒼井夏樹 @AoiNatsuuki
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