相談者と調査隊

 目的の部屋へと向かう道すがら、本条が今回の件についてのメモを渡してくれた。

 コピー用紙に要点がまとめてあり、読みやすいレイアウトになっている。


 相談者の名前は三沢直美。

 先週からおかしなことが起きるようになって恐怖を感じている。

 一人暮らしなのに人の気配がする。

 誰かの悲鳴みたいなものが聞こえる。

 夜になるとどこかから物音がする。 


 どこか既視感がある内容だが、超常現象の相談はこのような訴えばかりのような気がする。

 私がメモを返そうとすると、本条はよかったらあげますよと言った。

 取材の役に立つかもしれないので、遠慮せずにポケットにしまっておいた。

 

 居住者の許可が必要なオートロックがないため、そのままエントランスを通過して一階の廊下に出る。

 通過時に居住者のポストを見た限りでは六階建てのようだ。

 突き当りに近づいたところで本条が立ち止まった。


「ここは僕が」


 目の前の部屋が目的地のようで、本条が率先してインターフォンを鳴らした。

 それから少しの間をおいて、玄関のドアが開いた。


「ようこそー! 来てくれたんですね、うれしいー!」


 中から出てきたのは二十代後半から三十代ぐらいに見える女性だった。

 玄関をよく見ると三沢という表札があった。彼女が三沢直美なのだろう。

 茶色い髪にはウェーブがかかっており、服はおしゃれ着だった。

 一言で表すならば気合いが入っている。

 どこか鼻につく雰囲気を感じるが、気のせいだろうか。


「ホンキノ調査隊のホンです。よろしくお願いします」


「きゃあ、本物のホンさんだー。どうぞ上がってくださいー」


 三沢直美の反応を見る限り冷やかしに思えなくもないのだが、本条は慣れた様子で淡々と応じている。

 本条、木下、私の順番に玄関から中へと上がっていった。

 来客用にスリッパが用意されていたのだが、当然ながら二足しかない。


「小木さん、それいいっすよ」


 木下が優しい性格を示すように譲ってくれた。


「ありがとうございます」


 私は厚意に甘えて、スリッパに両足を通した。

 木下と二人で玄関から室内に入るとダイニングで本条と三沢が並んで話していた。

 三沢は上機嫌に見えたが、私の方を見て表情を険しくした。


「調査隊の二人は分かるけど、あんた誰なの?」


「わ、私は……」


 こうなるのは分からなくもないが、思わぬ剣幕にたじろぎそうになる。


「この人はライターです。僕たちの活動を記事にしてくれるんですよ」


 三沢の豹変に気づいたのか、本条が緩衝材のように間に入ってくれた。

 本条のフォローを聞き取った三沢は先ほどの様子に戻った。


「やだー、そうなんですかー。あっ、キノさんのスリッパ用意しますね」


 本条と木下は言及しないが、情緒不安定という意味でAさんの件が思い浮かんだ。

 キノセンサーも反応していないので、今回は単なる気のせいということもあるのかもしれない。

 三沢の態度に戸惑いつつ、木下にスリッパが用意されるのを待つ。


「よかったら、座ってください。お茶を用意しますねー」


 スリッパを持ってきた三沢がそう言ったので、四人掛けのダイニングテーブルに据えられた椅子に腰かけた。

 やがて三沢が三人分の紅茶を淹れて持ってきた。

 来客用と思われるティーカップがテーブルの上に並んだ。


「早速ですけど、お悩みの件について聞かせてもらえますか? 問い合わせ内容は確認したものの、ご本人の口から聞いておきたいので」


 三沢が椅子に腰を下ろしたところで、本条がそう告げた。

 

「わたし一人暮らしなんですけどー、ふとした時に誰かの気配がして、すごく怖いんです。あと、悲鳴みたいなものがどこから聞こえたりー、物音が聞こえたりしてー、すっごく不気味なんです」


 三沢は窮状をアピールするように、「すっごく」と強調した。

 聞いたままのことが起きるなら、私だって恐怖を感じると思う。

 今のところ、この部屋にそんな気配はないような気がするが。


「たしか、先週からということでしたね。きっかけに思い当たる節はありますか?」


 三沢の話し方を気にする様子もなく、本条は事務的な態度でヒアリングを進めた。

 そんな本条の様子に少し寂しげな表情を浮かべながら、三沢は質問に答える。


「うーん、どうだろう。特にない気がするかなー。ああでもオフ会……ううん、何でもないですー」


 私は三沢がこぼした「オフ会」という単語を聞き取った。

 もしかして、ホラー特集に投稿した三人と同じグループなのではないか。

 だが、今の時点で確証は持てず、口を挟むことは控えておいた。


「思い当たることがないのなら、この部屋自体に何かあるかもしれませんね」


「ええー、そうなんですか」


 三沢のリアクションが少しわざとらしいものに見えた。


「奥にもう一部屋あるみたいですけど、何か起きるのはどっちです?」


 本条は三沢との会話を続けているのだが、木下はこうした話を聞き飽きているようで、退屈なのをどうにか隠そうとしているように見えた。

 今のところ私にとっては興味深い状況だった。

 もしかしたら、似通った話を何度も聞くうちに飽きがくるのかもしれない。


「どっちもですー。あと、昼間は何も起きないので、夜だけかな」


「そのうちに日が暮れますね。長居させてもらうことになりますけど、しばらく様子を見てもいいですか?」


「はいー、もちろんです!」


 やはり、三沢は本条に気があるようで、あからさまに喜んでいた。

 成り行きに任せて、私もしばらく同席することにした。

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