電話の内容
翌朝。
アパートの自室で立ち上げたノートパソコンを前にして、落合さんとの会話を思い返していた。
落合さんは明らかにいつもと違っていて、お互いの近況を話す間もなく、私の仕事のことをたずねてきた。
ライターとしてオカルトめいた題材を取り扱ったり、都市伝説のようなテーマに触れたり――そういったことについて振ってきた。
今までにライターの仕事について話すことはあったが、落合さんがそれらに関心があることは一度もなかった。
私は元先輩で少し年上の落合さんに失礼を承知の上で、何か話したいことがあるのではと繰り返したずねた。
すると、重い口を開けるように「本題」についてポツリポツリと話し始めた。
落合さんの言葉を借りるならそれは「変な感じ」あるいは「妙なこと」となる。
それが始まったのは中古住宅を購入して引っ越してからとのことだ。
入居当初、落合さん自身はその異変に気づかなかった。
妻である佐恵子さんも同様で、二人はようやく手に入れたマイホームに満足していた。
最初に気づいたのは五歳になる娘の加菜ちゃんだった。
加菜ちゃんが夜にトイレに起きた時、リビングにいた佐恵子さんに泣きついた。
佐恵子さんは新居に慣れていないからと気に留めず、そのうち慣れるだろうと思ったらしい。
しかしそれは日を追うごとに顕著になったようで、加菜ちゃんが家の中の一室を怖がるようになったという。
落合さん自身も小さな我が子が環境の変化というストレスで、一時的に変調をきたしていると判断したそうだ。
だがあまりにも加菜ちゃんが気にするものなので、住宅を購入した不動産会社に問い合わせてみた。
そもそも落合夫婦は購入前に入念な下調べをしているので、購入後に何らかの不具合が出てくる可能性は低かった。
当然ながら担当者の口から購入前に知ることのできなかった情報が出てくることはなかった。
あるいはその時に落合さんが異様なことをたずねるのをためらわなければ、新たな事実を知ることができたのか。
今となっては分からないし、落合さん自身も戦慄するようになった状況では真実を知るのは恐ろしいらしい。
――丁寧に説明されたものの、結局のところ落合さんが何を恐れているのかは分からなかった。
一つだけ確実なのは内容が内容だけに、話を聞いた私に頭がおかしくなったと思われたくないということだ。
ライターの仕事について話題にしたのも、オカルトめいたものに接していれば少しは偏見を持ちにくいという理由からだろう。
落合さんの話したことを鵜呑みにはできないが、人から頼られるのは悪くない気がした。
電話で話した日から数日後。
愛車のSUVに乗って、落合さんの自宅に向かった。
教えられた住所をカーナビに入力すると候補が表示される。
大まかにルートを確認してみると迷わずに行けそうだと分かった。
運転を開始して少し経ったところで、考えごとが浮かんできた。
電話越しではただならぬ様子を感じたが、どんな顔で会えばいいのか。
天気予報は晴れで青空は見えているのだが、上空を覆う雲の量は多かった。
自宅のアパートを出て二十分ほど移動すると、カーナビから目的地周辺であると音声が流れた。
街の中心部から離れており、周囲には水田が広がるのどかな場所だった。
周囲にはいくつか一軒家が建っているものの互いの距離が離れているため、すぐに落合さんの家を見つけることができた。
交通量が少なく停めやすい位置だったので、道路脇の空いたスペースに車を停めた。
「……ここなら大丈夫だよな」
取材のための訪問で駐車場に停められないこともあるが、うっかりしていると駐車禁止のところに停めてしまう可能性がある。
誰にでもペナルティを課すことができるという意味で、超常現象よりも国家権力の方が恐ろしかった。
そこからいつも使っているショルダーバッグを提げて歩いていくと、落合さんの家が目に入った。
マイホームを建てることも検討しているとは聞いていたが、最終的に中古住宅にしたのだろう。
落合さんの家は中古とは思えないほどきれいな外観で、郊外で多少土地代が安いのか広めの庭もある。
私が家に近づいたところで玄関から誰かが出てきた。
「やあ、久しぶり」
「……お久しぶりです」
電話で話すことは何度かあったが、実際に会うのは数年ぶりだった。
私と落合さんはそこまで年齢差はないはずなのに、ずいぶんと老けて――あるいは疲労がにじんで――いるように見えた。
「忙しいのに急に呼びつけてすまないね」
落合さんは心から申し訳ないという様子で言った。
「いえ、今日は休日ですし、落合さんにはお世話になりましたから」
私が会社勤めをしていた時、落合さんは先輩として親切に接してくれた。
仕事のフォローをしてもらったことも覚えている。
「さあ、中へどうぞ」
落合さんの出迎えを受けて、玄関の中に入った。
仮に聞いていた話を信じるのなら、目に見えて何か異変が起きているのかと思ったが、取り立て気になることはなかった。
私は靴を脱いで用意してあるスリッパに履き替えた。
「外もそうですけど、中もきれいですね」
「……まあ、そうだね」
落合さんの返事は歯切れが悪く、連絡してきた件が影を落としているようだ。
私はそれ以上言葉を重ねず、案内されるままにリビングに入った。
「適当に座ってもらって」
「はいどうも」
ソファーに腰を下ろすと、カーテンの開いた窓からは陽光が差しこんでいた。
ここまでは明るい雰囲気の家なのに、どのような異変があるというのか。
まずは落合さん本人から聞いてみないことには分からなかった。
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