現実主義のライターは超常現象に直面する~検証チャンネルの配信者と出会い、不可思議な事件を調査します~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家

男子大学生の取材

 人は自らの価値観を覆す場面を目の当たりにした時、どのような考えを抱くのだろう? 

 私の場合はオカルト的なものは一切信じないという、確固たる価値観があった。

 しかし、一連の出来事に直面したことで考えを変えざるを得なかった。


 書くことを生業にしているのに、自身が体験したことを言葉にまとめることは難しいと実感している。

 正確に捉えていないこともあるし、今でも真実が分からないこともある。


 これは私が感じたことを整理するため、いつか遠い日の出来事だと実感するために綴る手記である。 

 誰かがこれを見てしまうことに備えて、可能な限り地名や固有名詞を省略する。

 私自身の本音として、軽はずみな気持ちでこの件に近づいてほしくないからだ。



 仕事を請け負っている地方新聞で今年の夏にホラー特集をやるらしい。

 紙面で「不思議な現象に遭った人」を募集したところ、ちらほらと投書やネットからの問い合わせがあった。

 特集を企画したのは新聞社の記者のはずなのに、取材希望者の応対ができるほど暇ではないということで取材の出番が回ってきた。

 何でも屋のようにこき使われるライターになるのは複雑な心境だが、個人で働く上で仕事が振られるのはありがたいことだった。


 ――そして今、特集記事を書くために取材をしている。

 取材相手は新聞社にメールを送ってきた男子大学生だ。

 立ち入ったことをたずねる可能性もあり、新聞社の応接室を借りた。

 しがないライターと大学生が使うには立派すぎる気もするが、他にちょうどいい部屋がなかった。


 こうしてホラー特集のために取材をしているわけだが、私自身は幽霊や不可思議な現象は信じたら負けだと思っている。

 怪しい宗教やマルチビジネス然りで、一度信じてしまえば後戻りはできないと思うのだ。

 信じていないのなら怖くないというわけでもなく、そんな得体の知れないものが存在するのなら怖いに決まっている。

 ただ、確固たる証拠がない以上、信じていないというスタンスなのである。


「――あの、僕が体験したのはこんな感じでして」


 適当に話を聞いていたら、取材相手の男子大学生がまとめに入るところだった。

 途中から興味を持つことが難しくなり、ICレコーダーに録音した音声を確認すれば問題ないと思った。


「つまりその観光地では、かつて生きた人間が参拝するための道と亡くなった人間が運ばれる道の二つがあって、後者を冒涜するようなことをした……ということでお間違いないですか?」


「はい、そうです」


 向かい側の椅子に座る学生からはただならぬ様子が見て取れた。

 しかし、この話を真に受けていいものだろうか。

 死者――あるいはその土地の風習――を冒涜するような行為をして、地元に帰ってから奇妙な現象が続いていると。


「伺った内容としては、深夜にミュージックプレイヤーから音がする、室内の蛍光灯が急に点滅するということですね。こういった質問は失礼ですが、どちらも故障という可能性は考えられませんか?」


 世間話なら「それは超常現象に間違いない!」と調子を合わせればいいのかもしれないが、客観性を重んじるためにこの質問は必要である。

 可能な限り学生の神経を逆なでしないように注意したつもりだが、学生は両の目をカッと開いて身を乗り出した。


「記者さん! 僕の話を信じてくれないんですか⁉」


 思わぬ状況に焦りながら、学生をなだめるように手で制す。

 私は記者ではないのだが、そこまで説明するような余裕はない。


「まあまあ、落ち着いてください。業務上どんなことも記事にする時に鵜吞みにはできません。深刻に受け止めないでいただけると助かります」


「ううっ、そういうことでしたら」


 学生は机の上に置かれたグラスに手を伸ばした。

 麦茶をいくらか飲むことで、平静を取り戻したように見えた。


「それでは次のお話ですが――」


 目の前の相手がグラスを机に戻したところで続きを話そうとすると、天井のシーリングライトが何度か点滅した。

 無意識に天井に目を向けてから正面に視線を戻す。

 学生が青ざめた顔で落ち着かない様子になっていた。


「さすがに超常現象ということはないでしょう。ここは地方新聞社で大手の支局ではないですから、備品の購入をケチってるだけだと思います。あるいは接触不良とか」


 頭の片隅で今時のLEDは長寿命のはずだと考えるが、学生の話に感化されて怖がるのもバカらしいと思った。

 彼の話を聞いたばかりでなければ、驚くことすらなかっただろう。


「……そんな、家の外では起きなかったのに」


 学生にはこちらの言葉は届いていないようで、どこか上の空である。

 さらにそれは演技ではなく、本当に何かを恐れているように見えた。

 背筋が冷えるような心地になるが、彼の話を聞いたばかりというのも無関係ではないだろう。 

 やがてシーリングライトの点滅は収まり、学生はホッとしたような顔を見せた。


「……今みたいなことが起きるということですか?」


「昼間ならまだいいんですけど、ほとんど夜中なんです。レポートを書くために遅い時間でも起きてるので。ホント……気が滅入ります」


 現時点でミュージックプレイヤー、あるいは照明器具の故障の線は否定しきれないが、学生の憔悴しきった様子は気の毒に思った。

 私も学生時代に提出物で四苦八苦したことがあるし、蛍光灯の点滅で集中が妨げられるのは厄介だろう。

 途中までは自業自得という印象が強かったが、多少なりとも同情できる部分もあるようだ。


「それではお疲れ様でした。取材は以上です。伺った内容を記事にまとめて、編集局が採用すれば紙面に登場する予定です」


「そうですか……。失礼します」


 学生はゆっくりと立ち上がり、弱々しい足取りで部屋から出ていった。

 室内に何とも言いがたい沈黙が漂う。

 彼は紙面に採用されるかどうかよりも、身に起きた出来事への共感あるいは理解を求めていたように見えた。


「……どう応じるのが正解だったのやら」


 私はそんな独り言をこぼしつつ、ICレコーダーの停止ボタンを押した。

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