第10話 両翼

 ラグスビーマッチ当日。

 レオが控室でユニフォームに着替えていると、アスカが到着した。レオは目を疑った。

「アスカ、何それ!?」

「どう? 女のユニフォームは無いから自分で用意しろってルイスに言われたから」

 アスカは丈の短いベージュのチュニックドレスを着ており、背中には『8 アスカ』と書かれている。

「どうって、スカート短くね?」

「だって動きやすいんだもん」アスカはそう言ってくるりと1回転して見せた。

 レオはスタメンで出場することになり、まだチーム練習を3回しか行っていないアスカは補欠となった。

 スポンサーであるマットはベンチへ同席させてもらえることになった。

「2人共頑張って!」マットがレオとアスカにガッツポーズを見せた。

「行くぞ!」ルイスがスタメンに声をかけた。

『今月のラグスビーマッチへようこそ! ゲームの実況を務めますのは、わたくしMCサントス!』

 お馴染みの声と共に観客が沸いた。

 レオは最後にマットとアスカとハイタッチをし、フィールド上へ勢いよく飛んでいった。レオは初めてスタメンでの入場を経験し、胸が高揚した。前回ベンチへ歩いて行った時とは大違いだ。

 国王の姿が今日もあるから政府チームは一軍だ。以前と違って国王の正体を知っているレオは国王に嫌悪感を抱いたが、試合を目の前にしてそんな感情をキープする心の余裕は無かった。

 試合開始の笛が鳴る。レオは初出場の前回と違って、それほど緊張せずにプレイが出来た。4ゴール中2ゴールを決め、前半を4対6と政府チームのリードで終える。

 レオはメンバーと共に控室に戻った。

「ナイスプレイ、レオ!」マットが声をかけた。

「いや、これ結構バテるね……」レオは既にヘトヘトだった。

「レオが入ると試合長引くよね。オフェンスのテンポ上げないと後半キツいよ? 相手は選手層厚いからどんどん交代出来るし」アスカがレオにタオルを渡しながら言った。

「アスカの言う通り」ルイスが横で言った。「アスカ後半レフトウィングな」アスカにそう告げ、水をグビグビと飲んだ。

「うそ! やば! アスカ頑張る!」アスカは飛び跳ねた。

「おいおいルイス! 俺の時は最後の最後だったのに!」レオが不満を露わにした。

「アスカの方が断然経験長いんだよ」ルイスはさも当たり前の様に言った。

「まぁそうか」レオはケロッと態度を変えた。「でも一緒にやるの楽しみだな!」

「アスカも楽しみ!」

 レオ達は控室からフィールドへ戻る途中で、ハーフタイムのパフォーマンスを終えたミュージシャンとダンサーの集団とすれ違った。

「アスカ?」

 ダンサーの1人がアスカに声をかけたが、アスカは無視して歩き続けた。

「今声かけられたけど?」レオがアスカに確認した。

「うん。別に知らない人だし」アスカが少し表情を曇らせて答えた。

 レオとアスカはチームメイトと共にフィールド上へ舞い上がった。

『さぁ前半は政府チームが2点リード! 後半もこのリードを守れるか!——そして平民チームは……おっとメンバーを入れ替えて来ました——何と女性プレーヤーだ!』

 観客がざわついた。

『8番アスカ・クリスタル! ガレシア出身で何と14歳という若さ! セクシーなユニフォームで登場です!』

 観客のざわつきは歓声に変わった。

 レオは右端、アスカは左端へと待機する。相手選手からフリスビーが投げられ、後半がスタートした。

『女性プレイヤーは過去にいたでしょうか? わたくしかれこれ10年この仕事をしておりますが、記憶にございません!——と、前回レオにも似たようなことを言ったかもしれません!』

 観客がドッと笑った。

『平民チームの両ウィングは非常に個性的なラインナップとなっております!——さー8番アスカがディフェンスを翻弄しているぞ! まるで空中でダンスをしているかのような体のしなやかさだ!——そしてフリスビーを受けた——ディフェンスをかわした! エンドゾーンまで持って行く!——パスはどうだ——レオ!——ゴーーーーール!』

 観客が一気に盛り上がった。

『何と平民チーム、一瞬にしてゴールを決めました! 新星8番アスカからレオへのパスでした!』

「ナイスパス!」レオがアスカとハイタッチした。

『8番アスカ、後半開始早々アシストを決め、強烈なインパクトを我々に植え付けました!——政府チームはアスカの対応に困っているようです! ジェントルマンでいる余裕はないぞ!』

 観客から笑いが巻き起こった。

 その後相手に1点を返され、5対7。点差はまた2点に戻った。

『平民チーム次はどう攻める——やはりアスカにフリスビーを集めているようだ!——今度は……おーっと下へ行った!——エンドゾーンへ入る——レオへパスだ!—— ゴーーーーーーール!』

 MCサントスが汗を垂らしながらコメントした。

『アスカが体をらせながらディフェンスの下をかいくぐりました! あの体勢で飛び続けるバランス感覚! 体がやわらか過ぎる! やわらか過ぎるぞーー!』

「いいね! パターン出来てきたな」レオはまたアスカとハイタッチした。

「うん、ナイスキャッチ!」

 ギルドワークやHAMLハムルでアスカと過ごした時間がラグスビーでの相性の良さに繋がっていると、レオは確信した。今まで感じたことの無いシナジーに鳥肌が立つ。

『さあ政府チームが攻め込むぞ——ロングパス!——エンドゾーンに入るぞ!——ウィング同士が競り合う!——レオがセーブ!——ルイスに渡す!——ルイスが直接運んでロングパス! 政府チームのエンドゾーンはガラ空きだ!——何故アスカがそこにいるんだ! ゴーーーーーール!』

「よっしゃあ!」レオは反対側のエンドゾーンにいるアスカを見て拳を突き上げた。

「ナイスセーブだレオ! 前なら落としてたな」ルイスがレオを称えた。

『平民チーム、ディフェンスからオフェンスへの素早い切り返しで同点ゴールを決めました! これで7対7! 完全にマークが外れていたアスカが、トップスピードで追いかけロングパスをキャッチ! 速い! 速いぞアスカーー!』

 その後もアスカが華麗に相手をかわして得点に絡むが、レオの体力が落ちディフェンス力が低下。結果9対11で平民チームは負けた。

「お疲れ! すごい試合だったよ」マットはベンチに降りてきたレオとアスカに言った。

「いやーごめん。後半バテたわ」レオがアスカに謝った。

「ううん。レオはエンドゾーンからエンドゾーンまで目いっぱい動くでしょ? しかもディフェンスでの運動量も多いし、バテても仕方ないよ。アスカがもっとディフェンス出来ればいいんだけど、やっぱ大きい体と張り合わなきゃいけないから怖いんだよね」

「アスカはオフェンスに特化してるから、諸刃もろはつるぎだよな。でもディフェンス力の無さをオフェンスで充分カバー出来るって今日気付いたから、次はスタメンで行くよ」

 ルイスが冷静なトーンでアスカに言ったが、前回の試合後よりは少し顔が明るく見えた。

「マジで!? 嬉しい!」

「その方が試合のテンポ早くなるだろ? そうすりゃレオの負担が減って最後まで戦えるようになる。このチームは点の取り合いに持ち込んだ方が勝てるね」

「なるほどな」

 レオは次の試合でアスカと最初から一緒にプレイ出来ることにワクワクした。

 

 平民チームはその後リアルトに移動し、更に今日の試合を振り返った。

「やっぱラグって大事だなって気付いたよ俺。今日これだけ僅差だったのはラグの功績が大きいね」レオがマットに言った。

「だろう? 僕も自分のラグがゲームで使われるのを見るのは嬉しいよ」

「ねぇマット、アスカにも作ってよ」アスカがねだった。

「アスカのは充分良いやつじゃん。やっぱ役人の娘は違うよな」マットが嫌味を言った。

「でもアスカもっと可愛いのがいいな」

「そこ?」

「うん、その方がテンション上がるじゃん」

「まぁデザインはいくらでもやりようがあるから、入れたい柄教えてくれたら入れるよ」

「マジ? やったー!」

「というか思ったんだけど、アスカのラグもっと良くなるかも」

「え、何で?」

「アスカ小さいじゃん。女の子としては普通だろうけどさ、男よりは全然軽いから、もっと小さくて軽いラグの方がスピード出るんじゃないかな」

「めっちゃそれいいじゃん。てかアスカ今のラグ10歳の時から乗ってるんだけど、何でもっと小さいの無いんだろう」

「小さい方がスピードは出るかもしれないけど、落ちやすくて危ないからね。普段の移動でトップスピード出す必要無いじゃん。それに小さいラグ買っても、成長して体重増えたら乗れなくなっちゃうし。そんな体重増える毎にラグ買い替えてたらお金かかるでしょ。だから150センチ×100センチのサイズしか出回ってないんだと思う」

「そういうことねー」

「アスカ体重いくつ?」

「ちょっとー! 皆がいる前で聞く必要無いでしょー! 今度店行った時に教えるから」

 アスカが頬を染めて声を張った。

「ああ、ごめんごめん」マットは笑いながら、悪気の無いトーンで謝った。

 レオ達がしばらく話していると、ヒナがリアルトに入ってきた。

「お疲れ〜」ヒナがHAMLの3人におっとりと声をかけた。

「あ、ヒナっち!」

「アッちゃんすごかったねぇ。私久々にラグスビー見たんだけど、やっぱ知ってる人が出てると楽しいね」

「えへへ。嬉しー」

「2人はいつから『ヒナっち』、『アッちゃん』になったの?」マットが2人に聞いた。

「う~んいつだろう? アッちゃんが家によく遊びに来るようになってから、いつの間にかかな?」

「ねー」アスカが親そうに同意した。「2人も『レオっち』、『マッちゃん』って呼べばいいじゃん」アスカはニヤけた表情でレオとマットに言った。

「それはキモいだろー」マットが顔をしかめて笑うと、レオも釣られて笑った。

「てかヒナ今着いたの?」レオが笑ったまま尋ねた。

「うん、歩きだと会場からここ来るのにこれくらいかかるよ」

「何か4人の内ヒナだけ乗れないと、ちょっと申し訳ないな」

「ヒナはラグ乗れるようになりたい?」

 マットがヒナに尋ねた。

「う~ん、勿論憧れはあるけど、グラグラ揺れて怖いんだよね。女性で乗ってる人ほとんどいないし、運動神経が良い男性が乗るものなのかな~って」

「ラグ屋としては寂しいなそれは」

「もっと簡単に乗れるようになんないの?」アスカがマットに聞いた。

「う~ん……グラグラ揺れるってどういうこと、ヒナ?」

「ちょっと傾くだけでバランス崩しちゃうの」

「でも傾けないと曲がれないんだよ」

「そっかぁ」

「でも考えてみたらさ、あんな傾く必要ないよな?」レオがマットに言った。「俺ぐるっと1回転出来るけど、普段移動するのにそんなこと出来る必要なくね?」

「レオのあれは異常だけど、まぁあれが出来ちゃうくらいのポテンシャルがラグにあるのは事実だもんな」マットが納得した。

「じゃあ、スピード出したり急に曲がったり出来ないけど、その分あまり傾かなくて乗りやすいものがあればいいんじゃない? 出来るか分かんないけど」

 アスカが提案した。

「ラグ本来のポテンシャルをわざわざ狭めることになるからそんなこと考えたこと無かったけど——それで初心者が乗れるようになれば確かに買う人いるかもな——ちょっとやってみるよ」

「ありがとうマット君」ヒナが軽くお辞儀をした。

「ラグ持ってる?」

「うん、一応」

「じゃあ今度持ってきて。それ改良してみるから」

「うん」

「今市場に出てるラグって汎用的過ぎるんだよ」アスカが呆れたように言った。「ラグスビーに特化したもの無いし、初心者用も無いし、デザインもダサいし」

「これでヒナが乗れるようになったらめっちゃいいな!」

 レオは期待を膨らませた。

「そう言えば今日ラグスビー見てたんだけど、あれ危ないよねぇ?」

 ヒナがレオとアスカをキョロキョロしながら問いかけた。

「そりゃ危ないさ、スポーツだもん」レオが鼻で笑った。

「そうだけど、1回転倒した相手の選手いたじゃん? そしたらヒーラーの人が救護してたよね?」

「してたね」

「あの人は相手チームのヒーラー? それともこっちも両方見るの?」

「いや、多分政府チームの専属だよ」

「こっちにはいないの?」

「うん」

「何で?」

「何でって……ルイス、何で平民チームにヒーラーいないの?」

 レオは隣のテーブルで話してるルイスを呼んだ。

「ん? 単純にやる人いないから。雇ったりするお金無いし」

 ルイスはさも当たり前の様に答えた。

「あの〜、私で良かったらやりますよ」ヒナがルイスに言った。

「あ、本当? それは助かる」

「ヒナっち救護係してくれるの? 超嬉しい!」アスカがヒナに抱きついた。

 HAMLで話していると、グリーンアッシュのミディアムヘアの女の子がマットに声をかけた。

「お兄ちゃん」

「ソフィー、何でここにいるの?」マットが驚いた様子で尋ねた。

「今日のマッチでベンチにいるの見て」

「え、マットの妹?」アスカがソフィーを見てマットに聞いた。

「うん」マットがあまり嬉しくなさそうに答えた。

「お兄ちゃん、アスカとレオと友達なの?」ソフィーが尋ねた。

「そうだけど」

「オタク気質のお兄ちゃんがこんなクールな人達と友達だなんて不思議〜」

 マットはソフィーの言葉を聞いて溜め息をついた。

「マット、ちゃんと紹介してよ」アスカが促した。

「あ——うん。妹のソフィー」マットがHAMLの3人に妹を紹介した。

「初めまして〜! 何歳?」アスカが聞いた。

「13歳。アスカ今日カッコ良かった!」ソフィーがキラキラした目で言った。

「ありがと〜」

「レオです。よろしく!」レオが握手した。

「よろしく! レオもすごかった!」ソフィーはそう言った後、ヒナを向いた。

「あ、ヒーラーのヒナです」ヒナがペコリとお辞儀した。

「ヒーラーなんだ。ヒナもお兄ちゃんの友達?」

「うん」

「やっぱりお兄ちゃん変だよ、こんな可愛い女友達2人もいるなんて」

 ソフィーが真顔でマットに言うと、マットは溜め息をついた。

「マットの妹面白いね」アスカがケラケラ笑った。

「本当に変だよ。お兄ちゃんずっとラグばっか触って生きてきたんだもん。あたしがいなかったらコミュ力今以下になってたよ」

 ソフィーの兄イジりは続く。

「皆の前で言うことじゃないじゃん……」マットが縮こまった。

「でもマットってスゲ〜ラグ職人だよな!」

 レオが頑張ってマットの株を上げようとした。

「すごいと思ったこと無い。ただのオタク」ソフィーが完全否定した。

「もういいでしょ。恥かかせるくらいな帰ってよ」マットが苛立ちを見せた。

「分かった——じゃあね!」

 ソフィーはヒナ、レオ、アスカに手を振ってリアルトを出た。

「マットの妹全然性格違うな」レオがソフィーの後ろ姿を見て言った。

「ただの生意気だよ」マットはまだ気分が悪そうだ。

「でも会えて良かったよ」

 レオは今日1日で沢山の収穫を得た気分だった。


 レオはヒナと薬草採りに定期的に出かけ、着々と採れる薬草の種類を増やしていった。

「マットにラグは預けたの?」レオが薬草採りの旅路でヒナに聞いた。

「うん。1回改良したのを私がマットファクトリーの横の広場で乗ってみたの。それ見てマット君が更に改良するって言って、また預かったんだ」

「そっか。てかヒナは誰にラグの乗り方教わったの?」

「誰にも教わってないよ」

「あ、そうなの!? そりゃ乗れないだろうな」

「『君も空を飛べる』っていう本読んだだけ」

「——あの本はゴミだよ」レオは鼻で笑った。

「そうなんだ……お母さん1人で何とか私を養ってたんだけど、どうしても生活が苦しくなって政府のヒーラーの仕事をすることにしたの。お母さんはラグ乗れたけど、私が10歳の時に政府の仕事始めたから、私はラグの乗り方教わるタイミング無くて——そうでないにしてもお母さん仕事で忙しくて教える暇なんて無かったと思う」

「そっか……」レオは以前ヒナからたっぷりと大変な過去を聞いたので、また新たな過去を知り胸が苦しくなった。生活が苦しかったのはレオも同じだが、少なくとも両親はいたしラグの乗り方も教わった。

「だから1人で暮らし始めてからお母さんのラグで練習してみたんだけど、中々コツ掴めなくて——しかも1人で練習するの恥ずかしくてさぁ」ヒナは苦笑した。

「じゃあさ、俺が教えてやるよ」

「本当? 嬉しい」

「今度マットファクトリー行く時一緒に行こう」

 後日レオとヒナはマットファクトリーへ歩いて行った。

「こんくらいの距離なら2人乗りしてもいいんだけど、やっぱ危ないからな」

 レオが前を向いたまま言った。

「たまにカップルでしてるの見る」ヒナがレオに向かって言った。

「そう、抱き合う格好になるからカップルくらいじゃないと出来ないよ。親子だと身長差あり過ぎるから無理だし」レオは苦笑した。

 2人はたわいも無い話をしているうちにマットファクトリーへ到着した。

「ヒナ、いいタイミングで来たね。更に改良してみたよ。外で試してみようか」

 マットはそう言って、改良したヒナのラグを裏から持って来た。

 3人は外へ出た。ヒナがバサっとラグを空中に広げると、ラグがぴーんと広がり空中で静止した。

 ヒナはぎこちないジャンプでラグへ飛び乗り、レギュラースタンスの構えを取る。

「左右に傾けてみて、感触どう?」マットが尋ねた。

 ヒナはつま先とかかとに交互に力を入れ、ギザギザとラグを左右に傾ける。

「前より硬いと思う」ヒナはラグを見ながら言った。

「じゃあ前に進んでみようか」

 マットがヒナの正面側に立ち、レオは背面側に立った。ヒナが転んでもキャッチ出来る様に2人は構える。

「ふわぁぁぁ」ヒナが怖がる声を出しながら、ゆっくりと前進していく。両手を軽く広げバランスを取っているが、これ以上無いぎこちなさだ。

「お尻が出過ぎちゃってるから、引っ込めて。うん、そんな足曲げなくて大丈夫」

 レオが背後からアドバイスを送る。

 ヒナは5メートルほど進んだところで停止した。

「いいんじゃない? じゃあ曲がってみて」マットが指示した。

 ヒナは前足のかかとに力を入れて、ゆっくりと左へ曲がっていった。

「いいねいいねー。まぁ角度はゆるくなっちゃうけど、仕方ないな」

 ヒナがあまりにも緩やかに曲がるので、スペースが無くなった。

「もうスペース無いから、スイッチしてみて」

 マットの指示で、ヒナはペタペタとペンギンの様にゆっくりと足を動かしながら、両足を入れ替えた。レオの様に飛びながら瞬時にスイッチすることは当然出来ない。

「オッケー。じゃ来た道をそのまま戻ろうか」

 ヒナはゆっくりと旋回していった。

「オッケー。あとは上下動だね。上がってみて」

 ヒナは気持ちを込めるが、ラグは動かない。

「体全体で息吸うような感覚だね。多分上がるのが怖くて力んじゃってるから、俺が向かい合って一緒に飛ぶよ」

 レオがそう言って、自分のラグに乗ってヒナの正面に立った。

「全身リラックスさせて、体の全細胞で息を吸う。大丈夫、落ちそうになったら捕まえるから」

 レオのアドバイスを元にヒナがトライするが、まだ上には上がらない。

「改良失敗したかなぁ」マットが顔を曇らせた。

「ヒナ、ちょっと降りてみて。俺が試してみる」

 レオに言われ、ヒナはぴょんと飛び降りた。レオは自分のラグからヒナのラグへと飛び乗ると、軽々と上下に移動した。

「上下動は普通のラグと感覚変わんないな。ラグ傾けるわけじゃないもんね」

 レオがマットに確認した。

「うん、そこは何もいじってない」

 再度ヒナは自分のラグに乗り、何度も上がろうとした。

 そして遂にゆっくりと上がり始めた。

「ふわぁぁぁ」ヒナがまた怖がる声を出した。レオはヒナと一緒に上がっていく。

「いいよいいよ!」レオが嬉しそうに声をかけた。「そしたら普通の状態に体の意識戻して」

 ヒナはゆっくりと止まった。

「上がれたー!」

 ヒナは喜んだが、上空3メートルにおり、まだ顔は半分強張っている。

「やったな! じゃ下がろうか。体の全細胞で息を吐く」

 ヒナは上がった時よりも短時間で下がることに成功した。地面近くまで下がり、ジャンプして地上へ降りた。

「すごいすごーい!」ヒナは手を叩きながら跳ね上がった。

「出来たじゃん! あとは建物の上まで上がっても怖くなくなれば、乗れるようになるよ。風の無い日選べば大丈夫」

 レオは笑顔でヒナを褒めた。

「レオ教えるの上手いなー」

「うん、レオ君すごい」

「へへっ」マットとヒナに尊敬の眼差しを向けられ、レオは頭を掻いて照れた。

「このラグは前後に傾けることは完全に出来なくしたよ。普段乗りでは必要無いからね」

 マットが補足した。

「確かに。あとは何だ、バックか。まぁバックは出来なくたって最悪スイッチすればいいからな」

「そうだね。一応バック機能は残してるよ。外したところで乗るの簡単になるわけじゃないから」

「また練習したくなったらいつでも付き合うよ」レオがヒナに言った。

「ありがとう」ヒナはレオに礼を言った。「マット君、料金いくら?」

「まさか、要らないよ! 新プロダクトのテスターしてくれたわけだから」

「本当? 申し訳ないなぁ。じゃあ今度薬あげるね」

 マットはヒナのオファーに笑顔で応えた。

「マット、これ売れたらすごいことになるぞ。ラグ乗れる人なんて5%くらいしかいないんだから、これで乗れる人増えたらめっちゃマーケット広がるじゃん!」

 レオが興奮して言った。

「そうだといいなぁ」マットはどこか自信なさげだ。

 レオはその後ヒナの練習に何度も付き合い、ようやくヒナは空を自由に飛べるようになった。

 ヒナは「これで薬を薬屋に届けたりする時間が省けるよ」と喜んだ。

 レオはある日アスカに呼ばれ、一緒にマットファクトリーへ行った。

「じゃじゃん!」

 アスカはマットがテーブル上に広げたラグを指差してレオに言ったが、柄が緑なだけで普通のラグにしか見えない。

「初心者用ラグの製品版だよ」マットが言った。

「名前はイージーラグ! 価格は何と7万リタ!」アスカが嬉しそうに発表した。

「7万リタ!? 兵士のラグより高いじゃん!」

「そうだよー! でも売れるんだこれが。マットが5万で売ろうとしてたんだけど、バカじゃないのって言って。機能削ったから高く売れるわけ無いと思ってんの。これだから職人は」

 アスカが呆れるように言うと、マットはムスッとした。

「レギュラーモデルと工数は変わらないから、圧倒的に利益率がいいよ。防水ラグよりいい」

 マットが機嫌を取り直して言った。

「スゲーな!」レオはマットとアスカに感心した。2人のコンビは絶好調のようだ。

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