第八章 うしみつ君
「俺んとこに?」
飲み友くんは差しだされたうしみつ君を戸惑ったように見つめた。飲み友くんの体の周りにも黒っぽいもやのようなものがあった。
それが飲み友くんと助手、博士の三人でおさまっていたらうしみつ君の呪いだと言えそうだったが、実際には他の人にもそのもやはあった。飲み友くんの研究室に行くまでに、何人かの研究員とすれ違ったが、みな一様に黒いもやかかかっている。他の人も首をかしげて、一体なにが起こったのかわからないようだった。
ただ、身体的になにか不調があるわけでもないので、自分の研究に忙しい人たちは内心疑問に思いつつもそのまますごしていた。目の前の飲み友くんもそうだった。
「博士の気が済むまででいいんだ。なにも電源を入れてくれというわけじゃない。ただ、時がたって博士もこれで人は呪えない、て思えればいいんだ」
助手はさっきの博士とのやり取りを飲み友くんに話した。
「はぁ、あの博士そんなに恐がりなんだ」
「勇気、自制心、忍耐とかは生まれる時にどこかに落としてきた人だ」
わかった、わかったと飲み友くんは苦笑いをしつつ黒いもやがかかった手を振った。
「数日でいいんだったら、預かっておくよ」
「ありがとう。恩に着る」
こうして、うしみつ君は飲み友くんの手に渡った。
次の日、頬を腫らした飲み友くんが研究室に入ってきた。色捕り取りスプレーのせいで頬の色に変化こそないにしろ、痛そうに腫れ上がった頬をさすっているので、すぐに事情を察した。手にはうしみつ君がある。助手も博士も驚き、飲み友くんの膨らんだ頬を見つめた。博士は肝を冷やし、奇声を発しながらデスクの下に潜り込む。
「どうしたんだよ、その頬。しかもこのうしみつ君も」
「いや、さすがにこれを俺んとこの研究室に置いとけないから、彼女に壊れたお掃除ロボットだって言って、しばらく預かってくれるよう頼んだんだ。最初は軽くオーケーしてくれた彼女なんだけど、なにかの拍子にこの裏側を見ちゃったんだ。それで、彼女、私を呪う気か、て怒る、怒る。ほら、みんなこんな黒いオーラがでてきて、それで過敏になっていたんだろうな。ついでにいままでの浮気にも話が及んで、最後にはコレよ」
飲み友くんは自分の腫れた頬を指さした。いまではニュースでもこの黒いもやに人々が怯え、ストレスを抱えていることが報道されている。飲み友くんの彼女もこのまとわりついてくる黒い空気に疲弊しているのだろう。
「の、呪い……呪いだ……」
博士はデスクの下で、震えながら言った。その振動のせいか黒いもやも微細に動く。助手はいつものクセで博士の言っている事を否定したくなったが、それをぐっとこらえた。
「……飲み友すまなかった」
助手はうしみつ君を受け取りながら言った。飲み友くんはいいって、と言いながらそれでも痛そうに頬をさすりながら、部屋を出て行った。
「さて、博士。これで呪いがあることがわかったんだから、もういいでしょう。これを壊しましょう」
「ま、まだだぁ」
博士は叫んだが、デスクの下で縮こまっているので、迫力はいつもより半減している。
「なんでです? もう十分証明出来たでしょう」
これは本心ではなかった。ちゃんとした証明というにはほど遠い物だと助手自身もわかっていた。だが、この事態を早く収束させたいので、あえて自分の主張を曲げたのだ。
「助手よ。貴様はなんで無事なんだ? おかしいじゃないか。お前も誰かに殴られるべきだ」
「その程度でいいのかよ」
博士はデスクから這い出すと、助手からうしみつ君を奪い取った。助手が止める間もなく、部屋をでて奇声を上げながら走り去る。
博士は背後で助手が呼び止めるのを聞いたが、足は止めなかった。
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