第4話 蜜月

 11月2日正午 

 外山は、区役所通り、ローソンの前で立ちつくし思う。  

 やはり俺には分からない。 

 結局、俺には他人の心は分からない。 

 子供の頃に比べれば、人の気持ちが推測できるようになったが、それは見て分かる表情、ふるまいの記憶履歴から推測するもので、直観的には未だに分からない。 


 だからさらった人間がどうなろうと心が動かない、そう思っていた。しかしボートと呼ぶあの少年は違う。あいつを連れ戻すことは必須だが、しかし殺すことにははっきりと抵抗を感じる。 


 俺はボートに対して、これまで味わったことのない奇妙な感覚を抱いてしまうのか、それが分からない。 あの、人の気配が消えた深夜の歌舞伎町を歩いたからだろうか、それとも、ボートがかつての俺と似ているからだろうか。 

 シンパシー、そんな思いが自分にあることが信じられないが、それでもそんな思

いを抱いていることを否定できない。 

 

 俺は冷酷な人間だと言われてきた…そう、もうあの頃から、俺は十分に冷酷だった…  外山は15歳の冬に短期保護施設に入り、その後2か月を経て施設を出た。 父は小さな投資会社を経営していたが、リーマンショックで破綻し、数か月後自殺した。父は最初の結婚で外山を授かったが、妻つまり外山の母と死別した。その後、二度目の結婚をしたが、会社が破綻直前に離婚し、継母は外山の引き取りを拒否した。 外山は、軽度の自閉症の症状があり、加えて、中学で荒れた生活を送っていた。継母は父の生前から外山を気味が悪いと蔑視し、父の死後は一切の関係を絶った。継母は金に目のない女だった。 


 確かに当時の外山は、物の並びに異様に固執し、ガラスの目を左右に揺らし、めったに言葉を発することなく、長身痩身猫背の姿勢で何を考えているのか分からない佇まいをしていた。  


 父が死に、継母が去り、係累がこの世に一人もいなかった外山は中学卒業まで短期保護の施設に入ることになった。しかし、その2か月という短い間に何度も施設を抜け出し、何度も指導の対象となった。だから中学を卒業すると、高校にも通わず、そのまま施設を出た。熱心で優しい職員たちが大半だったが、別の年長者用の養護施設に移り、高校に通う像が外山には全く浮かばなかった。高校には通わないという意志を、無言を貫くことで示したが、施設の職員はその頑なな姿勢を押し返すほどの関係を外山と築くことはできていなかった。 


 当時から養護施設は収容定員に対して入所待ちの状況が続いており、援助が必要な乳幼児を優先的に入所させる原則があったため、たった二か月の短期保護ですら、入る施設を探すことに苦労した。その渦中、外山は中学卒業までの数か月のために施設に入ることなどないと常に強く思っていた。地元の中学に通っていた外山には、すでに荒れた仲間が存在し、その仲間たちとのつながりを断ち切られることが、何よりも嫌だった。外山にとっては、仲間が人生の全てだった。いや、この仲間を仕切るグループのリーダー、竜こそが全てだった。  


 14の頃、盛り場の裏側で、恐喝の被害に遭った。しかし外山は、その三人組の恐喝者の一人に飛び掛かり、馬乗りになって手近な石で顔を殴打した。何度も何度も殴りつけているところを、腕をとって止めたのが竜だった。竜はたまたま現場を通りかかった傍観者だったが、ひょろひょろとした痩身の14歳が、狂気の目を宿して、殴打する様を見て、竜は関心を持った。 その日から外山は竜のグループに合流した。


 竜の一派は、カラーギャング、そう言われていた。他のギャングとの抗争に明け暮れ、パー券、恐喝、美人局で日々稼ぎ、金には困らなった。父母が健在の頃は家を抜け出し、施設に入れば施設を抜け出し、施設を出た後は仲間の部屋を転々とした。出会って3年の日々があっという間に過ぎた。  

 ある時、200万ほどの金を竜が美人局で稼ぐと、竜はその金で地元にBARを開いた。ドラゴンティアーズ、竜の涙、そう名付けられた店は、仲間で溢れ、ギャングに憧れる十代半ばの不良で溢れた。 竜は20歳になり、外山は17だった。  

 竜はその後、ギャンググループとしての勢力を太らせ、20歳を越えた竜は、振り込め詐欺に進出し、キャバクラを開店させ、ギャングのリーダーから裏と表を往還する人間へと急速に変貌を遂げた。 

 金は稼いだが、それと同じ速度の金払いを竜は誇り、毎日がきらきらと輝くような日々だった。竜は外山をかわいがり、外山にとって竜は、唯一ただ一人の信頼を寄せることのできる人間だった。  竜は二つの点から外山を評価した。 

 一つは、ひとたび喧嘩になると、躊躇なく限界なく相手をいつまでも痛めつける気質だ。仲間の、殺せ、やっちまえ、という掛け声はあくまでも比喩だが、しかし外山は仲間が殺せと言うならば、殺すまで痛めつけなければならないと思っていた。真実のメッセージと比喩の境界を理解できなかった。実際には、殺人に至る前に、その度仲間から引きはがされたが、その狂気を仲間は畏怖の目で見つめた。竜だけは興味深い目で見つめた。 殺せというならば、殺すものだろう、というのが外山の心境だった。  


 もう一つは、卓越した記憶力だった。直観映像把握能力…外山は目にしたものをすべて記憶することができた。その力に目をつけた仲間が、外山を競馬に誘った。はじめは単なる時間潰しの馬券買いだったが、3か月も過ぎると的中率は驚くほど上昇し、とある秋の古馬G1レースで、外山は竜の面前で、20万を350万に化けさせ、竜に何度も頭を撫でられた。  


 そんな日々が終わったのは、竜が23で、外山が20になった直後だった。竜の一派は、抗争事件の余波で、一斉に逮捕状がとられ、竜と外山は3年の懲役刑を言い渡された。BARも、振り込め詐欺も、キャバクラもすべて暴力団本職に喰われ、金に換えられることもないまま人手に渡ることになった。 

 

 2年半後、二人が時を置かず出所し、再会した時には、二人合わせて50万の金もなかった。その日暮らしのギャング時代に蓄えはせず、表の商売はすべて乗っ取られていた。 竜は26になり、外山は23になっていた。  


 なけなしの50万、頼ったのは外山の異能だった。かき集めた金を持って、出所したての坊主頭の二人が中山競馬場を訪れ、そこでその金を300万に増やした。外山は出所してすぐ竜の指示で馬券研究を重ね、渾身の的中をその日は繰り返した。その夜は、竜は際限なく笑い、その笑顔を外山はずっと見つめた。  


 300万を元手に竜はまた地元でBARを始めた。しかし今度は仲間を束ねず、二人でしのいで行こうと、竜は外山に何度も言った。竜は外山の記憶力を頼りにし、外山は竜のその信頼に応えようと必死に馬券研究に励んだ。 

 しかしあの日のようなバカな勝ち方は影を潜めた。外山は自分の記憶力が衰えていることを感じ、実際に、馬券を買うたびにその衰えに直面した。懲役に行く前とは感覚が違っていた。出所直後の大勝は、単なる偶然だと感じた。 

 結局、外山の馬券は、勝ちはするが大きくない、からやがて、負けはしないが、勝ちもしない、そんな結果へと着地した。次第に外山は馬券勝負に嫌気が差し、竜にある提案をした。      


 人を売れば稼げる、と…  外山は他人の心が分からない。 だから他人の痛みも分からない。 だから売った人間がどうなろうと何も感じない。  

 外山が刑務所で知り合った男は、女で喰っていた男だった。 男は、竹田という名だった。 竹田は些細な傷害事件が大事になって懲役を喰らったが、なぜか外山を気に入り、刑務所の運動場で自分の商売を自慢げに詳細に語った。中でも儲かるのが、身寄りのない若い男、女を海外に売る仕事だった。売春、臓器という言葉が、外山の耳に入った。 

 外山はそれを聞いても何の感慨も抱かず、それがそんなに儲かるのか、と思うだけだった。  外山はそれを思い出し、刑務所の中で聞いた竹田の連絡先を頭の中から取り出した。BARに呼び出し、竜と竹田と外山で、人間を仕入れる仕組みを話し合った。竹田はどの組織にも属さないフリーの悪だった。  


 スカウト全盛の時代で、男が女を誑かし、女をポルノや売春、キャバクラに売ることが流行っていた時代だった。 

 歌舞伎町でも渋谷でも上野でも錦糸町でも、スカウトの一団が縄張りを主張し、女を仕入れ、売り飛ばしていた。 

 路上に出るスカウト集団の中に割り込む隙はなく、ゆえに外山は養護施設に目をつけた。たった二か月とは言え、そこで目にし、耳にした、少年少女の煮詰まった様を克明に覚えていたからだ。  


 この国の養護施設に対する扱いは、無関心という言葉に集約される。 職員は少なく、定員は目一杯埋まり、15になると施設を出る者が少なからず存在し、18になるとよほど優秀な人間でない限り、何も持たないまま施設を出された。ゆえに中学を出た後、施設を出て行方をくらます者、高校生対象の施設を出て、面白くもない仕事に就いて、腐っていく者、そんな十代が男も女も少なくない数で存在した。  

 外山は目についた施設に寄付を重ね、クリスマスや正月などのイベントにはこまめに差し入れをした。どの施設の職員も、はじめは警戒したが、次第に、施設出身でありながら若き飲食店経営者となった外山を歓迎した。実際に寄付や差し入れは施設にとってありがたいものだった。 

 狙いをつけたのは、粗暴な男と知性に問題がある女だった。実際に保護されている子供と接触することは難しかったが、施設の職員を取り込み、入所者の情報を手に入れることができた。目星を付けた者には、施設を出た後の所在を追跡し、連絡先を渡し、困ったことがあれば連絡するようにと告げた。 

 連絡先をもらった者たちすべてが、外山の連絡先を受け取った。誰もが、外山の差し入れを手にしていたからだ。 

 施設出身で身寄りがない、それでいて若き成功者として気前よく寄付をし、イベントを盛り上げるための差し入れを次々と持ち込む、それが外山のイメージだった。粗暴な男は外山に憧れ、知性に劣る女も外山に憧れた。  


 外山は、狙った人間に連絡先を渡した後は、進んで接触するような雑なことはしなかった。粗暴な男は、夜の街で無茶なふるまいを重ね、行き詰ることを知っていたからだ。 身寄りがない、知性に問題がある女は、結局男の食いものになることが多いことを知っていたからだ。  


 行き詰った男には、行き詰った頃に、外山は救世主として姿を現した。そして元にいた施設、それまでの仕事、人間関係を断ち切らせ、手元に置いた。 

 知性に劣る女は、男に喰いものにされる時を待った。女の動向に目を光らせ、性質の悪い男にひっかかったところでナイトさながらに外山は現れた。 

 粗暴な男は、気に掛ける係累がないことを慎重に確認し、竜に惚れさせ、BAR経営の手ほどきをすると甘い言葉を重ねた。研修と称して、海外に行けと命じ、そして竹田に渡した。 女には遠方での仕事を提案し、新たな携帯を持たせ、移住を勧め、受け入れた女から順に、竹田に渡した。  


 年間で10人、それで竹田から手渡される金は億を超え、2億に迫った。 一切税金のかからない金だった。  

 竹田の紹介で、物分かりのいい有能な税理士を起用し、表の金を海外の口座に送金する仕組みを作った。 集まった金を表の金に換え、その金でキャバクラを買った。内装を豪華に作り替え、店名をティアーズとした。警察と税務署を警戒し、表の金も裏の金も目立たぬように海外に送った。  

 そんな中で見つけたのが、後にホースと名付けられる少年だった。言葉を発することができず、おどおどとした佇まいで、中学卒業後施設を出て、工場で働くことが決まっていた。人との交わりが難しく、高校に進む道はなく、何もないまま外の世界に放り出されることが決まっている少年だった。 

 少年には係累がなく、工場に友達も出来ず、零細工場の工員仲間から怒鳴りつけられる姿を確認し、外山はこの少年を工場の寮から失踪させ、囲った。 かつて施設のバザーでこの少年と出会い、自分と同じ異能を持つ者だと分かった時から目を付けていた。この青年がギャンブルで勝ち続ける絵が浮かんだからだ。使い物にならなければ竹田に渡せばいい、外山はそう考えて少年を囲った。  

 マンションを用意し、大画面のテレビ、グリーンチャンネル、パソコンを用意した。少年は外山にホースと名付けられた。3か月後、競馬で月に100万、半年後には300万を超える上がりを二人に提供した。始めはインターネットで馬券を買っていたが、度重なる払い戻しに備え、竜が競馬場で待機し、マンションからの買い目を受け、馬券を買い漁るまでになった。 

 外山も竜も、異能の人間の破壊力に目を瞠り、同じような人間がいれば、さらに迎え入れようと話し合った。  


 続いて手にしたのが、後にボートと呼ぶことになる少年だった。施設まわりをする中で、見出した少年は、マスコミに露出する事件の被害者とも言える存在で、外山の目を引いた。外山は、身寄りを装い、少年の目と絵を見て、この少年を直ちに手に入れたいという衝動を自覚した。だから少年を強引に連れ去った。

 少年の失踪は、一時マスコミが騒ぐ事件となったが、時を置いてそれは沈静化し、結局、外山の予定外の衝動的行動が露見することはなかった。 

 絵を見ればギフテッドだと分かり、目を見ればかつての自分と同じ、いやそれ以上の異能を持つだろうと外山は確信したが、それでもなぜ強引な手を使って少年を連れだそうとしたのか、自分でも分からなかった。 外山は、出会ったその瞬間から少年に何とも言えない魅力を感じていた。  


 ホースがマンションに入って1年を経て、そこにボートが加わり、25歳の外山、16歳のホース、そして9歳のボートとの共同生活が始まった。7年前のことだった。 二人とも、ルーティンに極度にこだわり、人との接触がないマンションの生活をむしろ好んだ。ホースはめったに言葉を発しないが、ボートはそれを奇妙だと思う感性を持っていなかった。 ボートは言葉を発することができたが、文字を読むことができなかった。外山が文字を教えたが、2日で匙を投げた。ボートは、文字を認識する目を持っていなかった。 それでもホースの馬券は当たり、1年後10歳になったボートがボートレースに乗り出すと、舟券も当たった。月の上がりが600万を超えることもしばしばだった。 そこから3年は極めて順調だった。BARには昔の仲間が集い、キャバクラには客が入り、馬券舟券の的中が続いた。  

 しかし2年前、COVID-19によって競馬場、競艇場の観客席が閉鎖された。無観客でレースは行われたが、この措置で、派手な馬券買い舟券買いが出来なくなった。インターネットで馬券舟券を買えば、履歴が残り、税務署の目に付く可能性があったからだ。 竜、外山、そして竹田から入手したスマートフォン三台で、慎み深く馬券舟券を買い、慎み深く儲けた。街は眠ったようになり、竜のBARもキャバクラも閉店し、外山とホース、ボートは共に寝起きし、竜はマンションに顔を出さなくなった。  


 外山とボートは、時に、人気のない夜の歌舞伎町を歩いた。ホースは外出を嫌い、マンションから出ることはなかった。 目的もなく歩くそんな夜は、世界に外山とボートしかいないようだった。時に、コンビニでバカげた買い物をし、時にアスファルトの上で並んで寝ころんで月を見た。  

 静かな暮らしの中、竜と外山は、竹田と疎遠になり、人身売買は立ち消えになった。夜の街は沈み、海外への渡航が難しくなったからだ。それでもタックスヘブンの竜の海外口座には、4億を超える金がプールされていた。 竜は、給付金の申請はせず、ひっそりと静かに馬券舟券の上りでしのいだ。外山にとっても、ホースにとっても、ボートにとっても、静かで快適な日々だった。さながら繭の中で孵化を待つ、いつか夜に舞う蛾の幼虫のようだった。  

 三人の生活が7年を超え、静かな暮らしが2年を超えた頃、二つの異変が起こった。競馬場にも競艇場にも観客が戻り、竜と外山が馬券買い舟券買いに再び積極的に手を出し始めた頃だった。 BARはあきらめ、キャバクラを再開させようと画策し、竜が、また派手に稼ごうぜ、と外山に告げたある日、予告もなく、竹田が姿を現した。竹田は、二人を誘い、歌舞伎町のビルに誘導し、前田興業と看板を掲げた事務所に連れ込んだ。そこで、竹田は、多くの舎弟に囲まれて泰然と座る、上品な出で立ちをした男を、二人に引き合わせた。男は前田と名乗った。  

 竹田は40を越えていた。数年ぶりに会って老け込んだと外山は思った。 

 竹田は死んだ仲間から、人を運ぶ利権を受け継いだだけの男だった。度胸はあるが、きれる頭はなかった。  外山と出会う前は、夜の闇に沈められた女を海外に運ぶ仕事で稼いでいたが、外山が加わると、売る人間の仕入れは外山に依存した。   

 

 COVID-19で仕事が止まるまで、数億は稼いだはずだが、その金をCOVID-19蔓延の間に、投機で失い、竹田は金に窮した。  多額の借金を負った竹田は追い込まれ、結局、関西に本拠を持つとある暴力団に身柄を取られた。そして、仕事を洗いざらい話すよう迫られ、そして洗いざらい話した。 組長の前田は、その地位にふさわしい切れ者で、竹田の話が使えると踏んで、竜と外山に会わせるように竹田に圧力をかけた。  

 前田は、仕立ての良いスーツに身を包み、二人の前で、コヒーバの葉巻に火をつけた。そして、かすかに関西の訛りを交え、二つの提案をした。にこやかな表情とは裏腹に、それは提案というより、命令だった。  

 一つは、竜の仲間を再度集め、ギャンググループの再興を求めるものだった。特殊詐欺、出会い系サイトの運営、ポルノサイトの運営、売春、キャバクラ、こういったギャンググループの典型的な仕事を遂行するためだと言った。 いま一つは、竹田の人身売買業を拡大する手助けを求めるものだった。外山の人の仕入れの手法を全国に拡大するために手を貸せ、というものだった。  

 後に竹田の話から分かったことは、前田は、広域暴力団の分裂騒動で割を食う側に立ち、東京での仕事を手放さざるを得なくなった。東京に再進出を目論んでいたが、組織として自らが表に出れば、抗争に拍車をかけることになる。そこで、竜のグループに、東京での利権を確保すべく、仕事を肩代わりさせ、立て直すつもりだった。薬物以外の仕事、その全てを竜に押し付けた。前田は、長引く抗争の中で、手下の裏切りや離脱が相次ぎ、金に窮してもいた。  

 前田の提案を、竜は跳ねつけることができなかった。かつてギャング時代に築いた財産が、懲役に服している間に、すべて喰われてしまったことを忘れていなかったからだ。前田が落ち目なことは分かっていたが、暴力団との伝手を作ることは、派手に稼ぐうえで、悪いことだとは思えなかった。前田が潰れるならば、また別の組織に乗り換えればいい、竜はそう考えた。 実際、前田の組織は竜のサポート役としては、うってつけのように見えた。かつて構築していた闇と裏のビジネスのノウハウは、竜にとってプロの手腕を感じさせるものだった。 竜はこうして、前田とのつながりにのめりこんでいった。外山は、そんな竜を見て、蜜のような時間の終わりを感じた。  


 春から初夏にかけて、人の流れが戻り、竜は昔の仲間で、まだふらふらしている者を呼び寄せた。暴力団本職の要求を跳ねつけることなどできず、前田の要求を受け入れざるを得なかった。本職のサポートの下、詐欺の仕組みを作り、怪しげなサイトを設営し、女の管理を洗練化させた。一方で、十代の男と女を仕入れる流れを、すべて本職の人間に明らかにした。  外山はこれに納得しなかった。その意を竜に示すことはしなかったが、納得できないという強い思いを拭い去ることができなかった。 

 ホースとボートの存在が、本職に露見していないことだけが救いだった。  夏の盛りの頃になると、竜は仲間に社長と呼ばせ、仕事に邁進した。外山は不満を飲み込みながら、竜の傍らで働いた。 前田は、要求はするが、所々で投資をしぶり、竜は利益の配分で意地を見せることで、前田の投資額を凌駕する資金を投下していった。詐欺もポルノも風俗も、本職の知恵は、竜にとって金を集める確信を高めるものだった。 竜は、外山の知る竜でなくなり、日を追う毎に企業舎弟と化すことすらためらわなくなった。 気が付けば竜は35、外山は32となっていた。 

 ギャンググループのリーダーと言うには、年を取り過ぎていた。 年齢を重ね、COVID-19の逼塞に飽きていた竜は、それなりの仕事と地位を欲していた。 外山は、仕事に忙殺される中で、人気の消えた歌舞伎町をボートと歩いた日々を思い返すことが多かった。外山が欲するものは、あの平穏な日々だった。 そして夏の終わり、ホースがその異能の力を失っていることが明確になった。外山にとって、それは終わりの始まりを告げる鐘だった。

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