第七話 リベンジは展覧会で

 九月に入り、夏休みが折り返しを過ぎた頃、玄はクリニックを受診した。気温のピークは過ぎたが、まだ残暑が続いている。屋外は刺すような日光が襲ってくるが、診察室はエアコンが効いていて涼しかった。

「……そうだったんですね。亀川くんの夏休みが充実しているようで、私も嬉しいです」

 先月、サークルのみんなと朱村さんの家で作業したことを話すと、宇佐美先生はいつものように相槌を打ちながら聞いてくれた。

「音楽と歌は先月できあがって、今はメンバーの意見を参考に、僕の担当のイラスト部分を進めているんです」

 そう。あれから朱村さんと蒼谷さんのおかげで、『春の遺言』の音楽部分は仕上がった。九月に入ってからはイラストを進めているのだが、ストレスなく作業ができている。

「完成した作品は、どこかに出すんですか?」

「今月中旬に、県内の創作サークル同士で集まって、これまでの成果を発表し合う展覧会があるんです。各大学がひとつずつブースをもらって作品を売ります。いわば、コミケの大学バージョンで、僕たちは完成した動画のDVDを売ることになっています」

 この展覧会への参加は、蒼谷さんの提案で決まった。完成した『春の遺言』のMVをDVDに焼いて、展覧会で販売する。展覧会ではDVDだけでなく、朱村さんのボカロ曲や玄のイラストなど、個人の活動で制作したものも、一緒に売ることになっている。

「いろんな作品が見れて面白そうですね。私は行けませんが、後で完成品が見たいです」

 眼鏡の奥の、先生の両目が優しく笑っている。玄は「もちろんです!」と返事した。


 そして九月中旬。ついに『春の遺言』のMVが完成した。映像をDVDに焼く作業も終え、玄たちは展覧会当日を迎えた。

 玄たち四人は会場の体育館に入ると、自分たちのブースに長机やイス、衝立を準備した。衝立には『春の遺言』や朱村さんのボカロアルバムのジャケ写を貼り、長机にはDVDや玄のイラスト本を並べた。

 今日の展示会はこの大学のOBが、駆け出しクリエイターの発表の機会を増やす目的で、定期的に開催しているらしい。周りの大学も準備が整ってきたらしく、主催者がステージ上でマイクを握った。

「お集まりいただき、ありがとうございます。今日は創作サークルの皆さんに加え、一般のお客様にも来ていただきました。ただいまより、各大学の作品の購入を解禁します」

 アナウンスが終わった瞬間、隣のブースに大勢の人が駆け込んでいった。何があるんだろうと思ったら、蒼谷さんが説明してくれた。

「あの大学には、SNSのフォロワーが十万人の、人気イラストレーターがいるみたい」

 しかし一方で、玄たちのブースには全く人が来ない。ふと、虎山くんが「いい作戦思いついた!」と玄の腕を引いた。ふたりで大学の敷地内のコンビニへ走る。到着したら、虎山くんはサインペンとスケッチブックを手に、玄に作戦を説明した。

「俺、さっき隣のイラストレーター見てきたけど、向こうは時間をかけて描くタイプだ。対して玄の強みは、速さと正確さ。だから短期戦に持ち込めば、負けていない」

「つまり、僕はこのスケブを会場に持ち帰って、即興で何かを描けばいいってこと?」

「その通り! 近くを通った人たちに、リクエストしてもらいながら描けばいい。そのうち、面白いことしてる奴がいると話題になって、神無のブースにも人が来るようになる」

「いい案だと思う。僕は昔、いじめっ子にスケブを破られたんだけど、あれからたくさん努力した。会場に例のいじめっ子はいないけど、僕は今からの挑戦をリベンジとして、あいつらを見返してやる」

 コンビニのレジでスケブとペンを買う。玄は覚悟を決めた表情でうなずいた。


 玄が虎山くんと体育館の定位置に戻った頃には、隣のブースは、体育館内で断トツの大盛況を見せていた。玄は心が折れる前にスケッチブックを開き、さっき買ったサインペンを左手に、大きな声を出した。

「今から即興創作を始めます。リクエストされたキャラクターを、何も見ないでその場で描いてみせます!」

 すると、近くを歩いていた男性が興味を示した。バンダナを頭に巻いた眼鏡の男性。彼はオタクっぽい見た目からも想像できるように、流行りの深夜アニメのヒロインを頼んだ。玄は自分の記憶を頼りにキャラを描き、彼に完成したイラストを見せた。

「美しい! 感動したので、会場の人に亀川殿の魅力を広めさせていただく!」

 スケブの描いたページを切り離して渡すと、そのオタク男性はハイテンションで受け取ってくれた。そして、長机に並んだ他の作品も全種類、もれなく買って去っていった。

 それから十五分後、玄のブースには長蛇の列ができていた。恐るべし、さっきのオタクの拡散力。玄は猛スピードでお題のキャラを描きまくり、売り子をしている三人は、「ご一緒にDVDはいかがでしょう?」と宣伝した。

 午後四時になり、チャイムの音とともにイベントが終わる。玄たちのブースでは『春の遺言』はもちろん、その他の商品も全て完売していた。長机や衝立を片付けていると、後ろから声を掛けられた。振り向いたら、さっきのオタク男性が立っていた。

「亀川殿、先ほどは素晴らしい作品、大感謝でござる。拙者の姉上もオタクなので、このイラストは喜びそうでござる!」

 心の底から嬉しそうなオタクさんを見ていたら、ふと眼鏡越しの彼の両目が、玄の知るとある人物とそっくりなことに気付いた。

「違ったら聞き流しても構いませんが、もしかしてお姉さんは『有麒麟凛』っていうRPG、お好きですか?」

「左様でござる! 姉上は『有麒麟凛』のファンで、休みの日は拙者とも、協力プレイで遊んでくださる。バトルが売りのゲームなのに、カンテラ必須な洞窟探検が好きで、よくダンジョンに潜り込んでおられる」

 オタクさんは途中から息継ぎも忘れ、信じられないほど早口で語った。

宇佐美・・・さん、僕の作品を気に入ってくださってありがとうございます!」

「どうして拙者の苗字を⁉」

「僕の知り合いと姉弟な気がしたので。今日はお買い上げ、ありがとうございました!」

 宇佐美さんは満足げに去っていった。玄が自分のブースを見ると、解体作業が終わったところだった。

「ごめんね、任せちゃって。さっきの人、僕のクリニックの先生の弟さんみたい」

「あの人のおかげで売り上げがよくなったし、感謝しないとだね」

 朱村さんは荷物をまとめて、「撤収するよ?」と虎山くんたちに声を掛けた。


 帰り道、ひばりは「この後、お店で打ち上げしない?」と提案した。すると、美咲は「その前に、大事な話がある」と立ち止まった。

「ひばりに隠し事しているのがバレて、近いうち明かすように言われていてね」

 美咲の真剣な声。三人は歩くのをやめて、美咲と向き合った。

「私、実は余命宣告されてるの。すい臓の病気を持っていて、どれだけ長くても年内には死ぬって、医者からは言われてる」

 ひばりは彼女が何を言っているのかわからなかった。虎山くんと亀川くんも、受け止めきれないという顔をしている。

「病気がわかったのは、高校三年春の健康診断だった。精密検査が必要だという通知が来たときは、私も家族も驚いたな。そして突然、重度の病気が発覚して、余命宣告もされた。今のところは入院なしでも生活できているけど、いつ動けなくなるかわからないんだ」

 ふと、初めて美咲と話したときのことを思い出す――もし明日死んだら、それが一生だから、若いから未来があるという考え方はおかしいと思ってさ。美咲が「ごめんね」と謝る。すると、今度は亀川くんが息を吸った。

「正直、信じられないけど、もし本当なら、死ぬまでに何をやりたいのか明確にして、優先順位をつけていったほうがいいと思う。蒼谷さんが一番やってみたいことは何?」

「文化祭ライブで『春の遺言』を歌いたい」

 美咲は凛とした声で答えた。

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