ブラック・ブレード・バスタード

べっ紅飴

第1話 理想郷への切符

「あんたから連絡があるなんて珍しいこともあるんだな」


そう言って俺はカウンターテーブルの椅子に腰をかけた。


「ああ。お前が欲しがっていた情報を教えてやろうと思ってな」


その声音は落ち着いていながらも、店内で聞こえている、ラーメンをすする音や、炒飯を炒める音がある中でも厳かに、確かな存在感を持って響いてしまうような逞しい声だった。


「この街にあんたほどの情報通はいないだろうが、秘密の話をするのにあんたほど向かない声をした奴はいないだろうな」


「ふん、余計なお世話だ。それに、今回は秘密って程でもない」


軽い冗談を交えながら、俺は隣で炒飯を喰らう男、佐倉雄一郎が本題を話すのを待った。


「ラーメン2丁お待ち!」


ごとりと、無造作に、カウンターと厨房の境目の台に2杯のラーメンが置かれた。


佐倉は片方を受け取ったあと、割り箸を俺に差し出してから次のように言った。


「俺のおごりだ。お前、その調子だとまたゼリーばかり食べていたんだろう?たまには温かいものを食べろ。それが人間らしい生き方ってやつだ」


「毎日ラーメン食べてるよりマシさ。だが、ありがたくいただくよ」


「そうしろ」


不愛想に佐倉は言うと、彼はずるずるとラーメンをすすり始めた。


俺も彼に倣って、熱々の豚骨ラーメンを冷ましながら、慎重にすすった。


「ときにお前、VRゲームってやったことあるか?」


「VRゲーム?藪から棒にどうした」


お互いにラーメンを食べながらそれぞれのタイミングで応答する。


「案内人だ。案内人がそこにいるんだとよ」


「なんだって?」


案内人がいるという話に俺は驚いて、湯気が立ったラーメンを摘まんだままにして佐倉に向けて首を真横に捻った。


「たしか、あー、スタージェネシスだったか?そんな名前のVRゲームに案内人がいるかもしれないって話だ」


「本当なのか?」


「いや、あくまでも噂らしいが。だが、開発元のオービット社と言えばクリティアスでも有数の企業だ。なにかしら繋がりがあってもおかしくはないかもな」


そう言うと、佐倉はどんぶりを口につけてスープを飲み干した。


俺は少し間の考えこむようにして目を細めた。


「おい、麺が伸びるぞ」


熱さをものともせずに豪快にラーメンを喰らった佐倉は、俺がラーメンを半分食べた頃には既に食べ終わっていた。


「うるさい。俺は猫舌なんだ」


そうして、舌を火傷しないようにラーメンをすすっていくと、いつのまにかレンゲを使って探さなければ麺が見つからないほどにその量が減っていた。


俺がラーメンをもう半分食べている間に佐倉は餃子を2皿平らげていた。


「まぁ、それくらいの情報ならチャットで済ましたっていいんだがな。政府はクリティアスの情報を規制しているからな。念には念をだ。分かるな?」


「たしか、昔それで暴動が起きたんだったか?」


「あれは殆ど革命みたいなもんだったな。失敗したが。みんなクリティアスが羨ましかったのさ。当時はおかしな検閲もなかったから余計にな」


佐倉は昔を懐かしむように、遠い目をした。


「そういうわけで、今の日本じゃクリティアスに関わろうっていう人間は反乱分子とみなされるわけだ。それから色々あってラーメン屋で耳にした話は口外無用って文化が出来た。ここが会員制なのもそういう経緯だ」


「大変だったみたいだな」


「まあな。しかし、分かってるのか?そういうお前も今大変な橋を渡ろうとしていることを。スタージェネシスをするためにお前は現物を入手しなければならん。それがばれたら間違いなく更生施設送りだ。VRゲーム自体日本でもできるとはいえ、クリティアスの最新の奴なんかはおま国されてるからな。普通は入手困難だ」


「おま国?」


「お前の国じゃ売らねーよの略だ。スタージェネシスは日本だと買えないゲームなのさ」


それを聞いて俺はため息をついていた。


「それだと意味ないじゃないか。案内人に会いたくても日本からだと無理ってことだろう?」


「まぁ待て。結論を急ぐな。方法がないわけじゃないんだ。いいか、ラーメン屋ってのはな、反おま国のメッカなのさ。」


「はんおまくにのめっか」


言っている意味がよく分からない俺を尻目に佐倉は話を続けていく。


「昔ラーメンは健康に悪いっていう風潮が広まった時期があってなぁ。その時は日本のそこら中にあるラーメン屋がどんどん廃業に追い込まれた。俗にいうラーメン憐みの令ってやつだな。ラーメン自体がアングラな文化に成り下がっていったのさ。そして、ラーメン屋には社会の風潮を全く気にしない奴らだけが客として残ったんだ。」


「それがどうしてはんおまくにのめっか?の話につながるんだ?」


「それが俺も不思議なんだが、そういう客が集まっていくうちにラーメン屋が禁制品の取引場みたいになってな。客同士の取引だったのが、いつからかラーメン屋がブローカーをするようになっていったらしい。大麻ラーメン、ヒロポンラーメン、モルヒネラーメン...。違法薬物をトッピングに使った麻薬ラーメン屋なんてのも流行る始末でな。当時は政府当局に喧嘩を売るような挑発的なラーメン屋が本当に多かったんだ。そして、当然のように政府から取り締まられたわけだが、そうした過激な連中を隠れ蓑にして生き残ったラーメン屋があった。それがクリティアス製の違法ソフトウェアを卸していたラーメン屋だったというわけさ。それが転じて、日本では売られないクリティアス製品を隠れて入手するための取引所としての側面をラーメン屋が持つようになった。だから、ラーメン屋ならクリティアスの話をしたって密告される心配は少ないんだ」


「なるほどな。よく分からんが、分かった。つまり、ここにスタージェネシスが売っているってことだろ?」


「まぁ概ねそうだな。いくらクリティアス製の物品を規制していると言っても、入手さえできれば政府に見つかることもない。結局日本の通信網はクリティアスに握られているんだからな。日本からクリティアスのゲームサーバーにアクセスしようがそれを取り締まることは不可能だ。それを容易くしてくれるのがラーメン屋ってわけだ。ここを待ち合わせ場所に指定したのもそれが理由だ」


「概ね?ここで買えるわけじゃないのか?」


「当たり前だ。今時店の中で禁制品を管理するラーメン屋はどこにもない。あくまで、ラーメン屋ってのはブローカなんだ」


佐倉は呆れた顔をする。


「とりあえず、どんぶりのスープを飲み干してみろ。底に地図が見えるはずだ」


「これを全部飲めって?」


「ああ。ラーメン屋での作法だ。」


茶化す素振りもなく、真剣な顔でそう言われてしまうと何も言い返すことはできなかった。


話している間に少し冷めてしまったスープを一思いに飲み干して、そこを確認するとQRコードが記されていた。


俺は外していたARゴーグルを装着して、QRコードを読み取った。


するとゴーグルに表示された地図アプリが目的地への案内を提案した。


「VRゲームは俺の専門外だからな。俺が教えてやれるのはここまでだ。あとのことは行き先で聞くんだな」


「一緒に行かないのか?」


「こっから先は自己責任だ。お前が一人で行くしかないんだよ」


「そうか、分かった。案内人についてまた何かわかったことがあったら連絡をくれ」


「ま、捕まらないように気をつけな」


「捕まる前に逃げるとも」


俺は少しばかりの軽口を返し、最後にごちそうさまと言ってから、地図アプリの行き先に向けて店を後にした。




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ブラック・ブレード・バスタード べっ紅飴 @nyaru_hotepu

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