月降る夜の物語

夢崎 醒

第1話-1 そして、少年は出会う

 少年は、彼の日銭を盗んだ。



 灯りが、石畳を照らす。木造の三角屋根からは、ガス灯が爛々と輝いていた。


 街を行き交う人々は、談笑をし、過ぎ去っていく。


 その噴水広場の前で、人だかりができていた。


 ネズミのような少年は、人だかりを遠巻きに眺める。


 人と人との頭の間から、キラキラと閃光が輝く。それが小さな炎となり、パッと消えた。


 その美しさに見惚れていると、身なりの良さそうな紳士に、肩をこづかれた。


「孤児風情が、街を歩くんじゃあないよ。みっともない」


 唾を吐かれた。少年は、自分の身を見返した。


 痩せた体躯。ボロボロの布切れのような服。ノミの湧いた頭。伸びっぱなしの髪。


 頭の間の世界とは、程遠い。


 悔しかった。


 少年は、拳を握る。


 あのキラキラした人たちに、一矢報いてやりたい。


 邪な気持ちが、芽生える。


 キラキラは、霧となり、そして幻影を魅せる。人々の歓声がうるさかった。


 少年は、静かに人の波をかき分けた。


 孤児で、手癖の悪いこともたくさん行ってきた。汚い身とはいえど、得意技だ。


 長い人の波を越える。少年は目を見張った。


 同じくらいの年齢の少年が、人だかりの中心にいたのだ。


 黄緑色の眩しいその髪を揺らしながら、ボールの上でバランスをとる少年は、両中指の指輪を軸に、魔法を展開させていた。キラキラも幻影も、魔法のなせる技だった。


 黄緑色の少年は、観客を魅了することに夢中な様子だった。足元には、菓子箱が置いてあり、そこに皆が小銭を投げ入れていた。


 黄緑色の少年の、胸元の大きなリボンが、こちらを見つめているような気がして、少年はバツが悪くなる。


 ここまできたから、この集団に一矢報わねば。


 少年は、手を伸ばした。菓子箱を引っ張る。そして、盗んだ。


 黄緑色の少年が、ちらりとそれを見ていたのも知らず。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る